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孤児でも私は勝ち取りたい  作者: 水山みこと
15/45

15 手掛かり

 ヤザンの家は暖かかった。何か鼻をつく、不思議な薬の匂いは、どこか懐かしいものを感じる。ヤザンは暖炉に薪を足すと、温かいお茶を入れてくれた。体の芯から温まる感覚に、ほっと息を吐く。


 「うん、大きくなったもんだ。最後に会ったときは、俺の膝にしがみついてたってのに。髪の色も変わったから誰かと思っちまった。」

 

 ヤザンの言葉に、ファイサルがラーニャの髪を見る気配がした。ラーニャは、「小さい頃は明るかったんです。」と、黒に近い髪をつまんだ。室内だとより黒く見える。

 それよりも、とラーニャはヤザンに向き直る。

 

 「ヤザンさん、あなたが私の命を救って下さったと院長から聞きました。本当にありがとうございます。」


 頭を下げると、ヤザンは照れくさそうな顔をした。


 「いい、いい。あれを放っておけるほど、落ちぶれちゃいなかっただけだ。」

 「…ヤザンさん、私を拾ってくださったときのお話を、聞かせてもらえませんか。」

 

 ラーニャが真剣な顔で問うと、ヤザンは少し困った顔をした。

 ごつごつとした太い指を、何度か組み直す。


 「いいが、この年だ。あまり大したことは覚えていないぞ。」

 「構いません、教えてください。」


 ヤザンは、「そうだなあ。」と少し考える顔をして、ゆっくりと言葉を口にする。

 

 「…罠を、見に行ったんだ。その途中に、お前がいた。一人で、周りに人の気配は無かった。凍え切っていたから、慌てて家に連れ帰って、湯を沸かして温めてやった。てことは冬だな。うん…悪いが、それくらいだ。」

 「そうですか…。」


 ラーニャは俯いた。結局、院長から聞かされた以上の収穫はない。

 

 「彼女が身に着けていたものは、残っていませんか?」


 ファイサルの言葉に、顔を上げる。ヤザンは、うーん、と唸った。


 「服は…無い。そう、すぐに燃やしたんだ。」

 「燃やした?なぜですか?」

 

 思わず悲痛な声が漏れる。ヤザンは遠くを見る目で続けた。


 「…これは、先に言っとくべきだったな。お前は、血まみれだった。服が血に染まっていて、雪の中でポツンとひとつ目立っていた。だからお前を見つけられた。大怪我でもしたのかと、慌てたが、お前に怪我はなかった。体全体にすっぽりと大人の服が巻き付けられてた。その服は血まみれで、お前の服にも血が染みていた。もともと掛かってたのかもしれん。俺は人間の血に動転して、燃やしちまったんだ。狩人なんだから血は見慣れてるってのに。まあ、物騒な時代だった。…うちで育ててる間にお前に着せていた服なら、ばあさまの棚にあるかもしれん。こっちだ。」

 

 ヤザンはバタバタと部屋の奥に向かう。ラーニャはファイサルと顔を見合わせた。


 (血?大人の服?)

 

 思考がまとまらない内に、奥から「あったぞ。」と声を掛けられた。慌てて向かうと、埃の積もった棚の引き出しに、小さな服が収納されていた。取り出すと、少しかび臭い。

 古着から作ったと見える服は、きっとヤザンか、その母親が作った物だろう。感慨深いが、ラーニャの手掛かりにはならない。

 小さな服は、あちこちにシミがあった。食べ物でも零したのだろう。自分の痕跡を、指でなぞる。引き出しの中身を全部出してみると、大きさの異なる服が、小さなラーニャの成長を表していた。

 ふと、ひとつの肌着が目に付いた。明らかに布地が他と違う。広げると、随分と小さかった。他の服と同じように、食べ物のシミがある。


 「これは?どなたかに頂いたんでしょうか。かわいい刺繍まで。」

 「いやあ、そんなことは無いと思うが。あの頃には、もう集落には俺とばあさましかいなかった。」

 

 ファイサルが、「ちょっと見せてくれ。」とラーニャから肌着を受け取った。撫でたり、裏返したり、真剣な眼差しで検分する。


 「良い綿を使っているな。作りも良い。見ろ、明らかに他のとは仕立が違う。」


 心臓が、大きな音を立てた。信じられないといった顔で、ファイサルを見上げる。


 「…私が元々身に着けていた物?」

 

 ファイサルが肌着をラーニャに返しながら頷いた。


 「貰いものではないのなら、きっとそうだ。」


 それならば、間違いなくラーニャの手掛かりだ。

 震える手で肌着を広げなおす。じっと見つめていると、違和感を覚えた。


 (小さすぎる。)


 「ヤザンさん、私を拾われたのは、2歳くらいだったと聞いていますが、何故そう思われたんですか?」


 肌着から目を離さずに尋ねる。ヤザンは、唸りながら記憶を辿っているようだった。


 「何故って…乳が要らなかったからなあ。粥やなんかをよく食べたよ。よちよち歩いたしなあ。」

 「…歯はどうでした。生えそろってましたか。」

 「いや…前歯はあったが、横はなかったなあ。匙を横からねじ込んで食わせた記憶がある。」


 一つの確信が形を成していく。ラーニャは、柔らかな肌着を撫でた。

 そのままいくつか質問を重ね、想定した通りの答えを得ると、ラーニャはそっと微笑んだ。


 「…ありがとうございます、ヤザンさん。充分です。」


 最後に、いまや答えの分かり切っている質問を投げかける。


 「このラーニャという名前は、ヤザンさんか、お母さまが付けてくださったんですね?」

 「ああ、俺の死んだ女房の名前だ。」

 「そうですか。…素敵な名前を、ありがとうございます。」


 その後、ヤザンと二人は、暖炉の前に戻り、様々な話に花を咲かせた。集落では一人になったが、行商人が皮や肉を買ってくれること、たまに友人の孫も訪ねてくれること、小さなラーニャのいたずら、よくしていた遊び…話は尽きなかった。

 ヤザンは、しきりに泊まっていけと誘ってくれた。ラーニャも後ろ髪引かれるところはあったが、馬車を待たせているからと丁寧に断り、別れを告げたのだった。

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