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孤児でも私は勝ち取りたい  作者: 水山みこと
14/45

14 山

 馬車は途中で何度か休憩を挟み、昼前には山の麓の村に着いた。ここからは徒歩になる。山の道はぬかるんでいるが、幸いまだ雪が積もっている様子はない。

 黙々と歩を進めるラーニャに、ファイサルが声を掛ける。


 「緊張しているのか。」

 「…そうですね。」


 ラーニャは目を伏せた。


 「本当は、まだ来るつもりじゃなかったんです。偶然が重なって、こんなことに。でもちょうど良かった。きっと自分ひとりだったら、ずるずると先延ばしにしたでしょうから。」


 そのまま登り続けると、道の脇に薄っすらと雪が積もっている箇所がでてきた。だんだんと道が悪くなっていく。

 

 「ずっと、胸に大穴が空いている気がしているんです。」    


 小さく呟く。


 「孤児院しか知らない頃は、何も思わなかったのに。外ではみんな親がいて、私にはいない。それに気づいた時から、ずっと。ずっと満たされなかった。」


 ファイサルは何も言わない。きっと隣を見れば、穏やかな眼差しがあるだろうと思った。

 はあ、と白い息を吐く。熱くなってきた体に冷たい空気が心地よい。


 「外の子たちが羨ましかった。孤児院の子だってそう。マリアムは親に愛されて育ってから孤児院に来たし、サナだって私より長く孤児院にいるのに親が誰なのかを知ってる。面会に来たこともある。私だけ、本当にひとり。それがとても悔しくて、なんとか他の子に勝ちたかった。ただ他の子に張り合うために、文字を覚えて、たくさん練習して、ナジャー家を目指しました。みんなを見下してやりたかった。私には何もないから。」


 今まで見て見ぬふりをしてきた感情が、次々と言葉になっていく。


 (ファイサル様に、なにを話してるんだろう。)


 想い人にこんな醜い胸の内をさらけ出すなんて、なんて愚かなのか。頭の隅で理性が働くが、言葉は止まらない。


 「努力して、色んなものを手に入れました。頑張ったんです。侍女になっても、たくさん学びました。1000年前に死んだ人の言葉とか、古代の戦争なんかどうだっていいけど、ちょっとずつ覚えていってるんです。でも、結局満たされないまま。胸の穴が埋まらない。孤児院を出るとき、院長から初めて私自身のことを聞きました。それからずっと、ここに行かなければと思ってた。ここなら、私の手掛かりがあるかもしれない。穴を埋められるかもしれない…。」


 涙がこみ上げてくる。溢れない用に目を見開くが、時間稼ぎにもならない。


 「怖いんです、ファイサル様。期待ばかり膨らんで、何も分からなかったらどうしよう。でも、何か知るのも怖い。」


 ぼたぼたと、涙が服に落ちていく。ファイサルに涙を気付かれないようにと、必死に前を見続けていると、大きな手が、強張るラーニャの背に回った。


 優しい温もりに、いよいよ我慢が利かなくなる。


 「ファイサル様、私、私の親は、私をここに捨てたんです。小さな私を、雪に覆われたこの山に。」


 耐えきれなくなって、歩みを止めてしまった。導かれるまま、ファイサルの胸に顔を寄せる。


 「ラーニャ、つらかったな。よく頑張った。」


 ファイサルの低く穏やかな声が、心地よく耳に響く。お互いの体温が混ざり合うような気持ちがした。

 頑なにファイサルに顔を見せないようにしながら、しばらくすすり泣くと、次第に気持ちが収まってきた。

 体の強張りがほどけてきたのを感じ取ったのだろう、ファイサルが笑った。


 「いい加減こっちを見ろよ。首がおかしくなるぜ。」

 「…ひどい顔なので向けません…。」

 「分かってるから、大丈夫だって。ほら。」


 促され、しぶしぶ正面を向くと、ファイサルはまた笑った。腹を抱えながらハンカチを差し出してくる。ラーニャはカチンときて、顎まで垂れた鼻水もしっかりと拭ってやったのだった。


 ****


 しばらく進むと、煙の匂いが漂ってきた。やがて、数軒の家が見えてくる。その内の1軒の脇で、一人の老いた男が鹿の毛皮を燻していた。

 ラーニャはファイサルと頷きあうと、意を決し声を掛けた。


 「こんにちは!ヤザンさんでしょうか!」


 気合が入ってしまい、大きな声になる。隣のファイサルが驚いてたじろいだ。

 作業をしていた老人も、びくっと身を震わせてラーニャを見た。


 「だ、誰だね。」

 「突然すみません。ラーニャと言います。あなたは、狩人のヤザンさんですか?」

 「そうだが…。」

 

 ヤザンは、いぶかし気に眉根を寄せた。ここで警戒させてはいけない。ラーニャは矢継ぎ早にまくし立てる。


 「お話を聞きたくてオミウから来ました。10年以上前、子供をオミウのファラウラ孤児院に預けませんでしたか?私がその子供です。昔のお話を聞きたいんです。覚えていませんか?ラーニャです。」

 

 一息に言うと、ヤザンは気圧されながらも、思い当たるところがあったようだ。ああ、と声を上げる。


 「ラーニャ。ラーニャなのか。随分とまあ、立派になって。寒いだろう、お上がり。少し煙臭いが。」

 「ありがとうございます。」

 「君は?」

 「ラーニャの友人です。」

 

 しれっと答えるファイサルにちらりと視線をやると、得意げな笑みを返してきた。


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