10 役目
新しく与えられたお仕着せは、動きやすさを重視する女中のそれとは異なり、いささか窮屈に感じられた。たっぷりと布が使われた、裾の長い黒いスカートは、動くとすぐに広がってしまうし、片付けや掃除には向かないだろう。
「なんだか変な感じ。」
姿見の前で体をひねりながら口を尖らせると、お仕着せの大きさを見繕っていた娘がくすくすと笑った。エバの侍女のひとりで、アミナという。たしか、ナジャー家と付き合いのある大店の娘だ。以前から、よく食堂などで話をすることがあった顔なじみだ。
「これで良さそうね。同じ大きさの物はまだあるから、何着か持っていくといいわ。」
「ありがとう、アミナ。」
「いいのよ。それにしても、まさかラーニャと一緒に働くことになるなんて思わなかったわ。まだ1年も経っていないのに、大出世ね。」
「ありがとう。でも、他の侍女の子達みたいに出来るか不安なの…。皆みたいに育ちが良い訳じゃないから。」
ラーニャが苦く笑う。アミナが慌てたようにラーニャの顔を覗き込んだ。
「卑屈になっちゃだめよ。うまくできないことは、私たちがちゃんと教えるわ。それに、家政婦長に叩き込まれたことが出来ていれば後はちょっとした違いだけよ。ラーニャならすぐ慣れるわ。孤児院から来たばかりの頃は姿勢すら毎日注意されてたくらいだったのに、今じゃ綺麗に振舞えてるじゃないの。同じことよ。」
アミナの優しい言葉に、ラーニャは照れくさくなり小さく笑った。アミナも微笑みを返してくれる。
「ラーニャ、それにね、ほとんどの仕事は私達に任せてしまっていいの。ラーニャは、その文字を買われたのよ。もちろん基本的な仕事は必要だけど、でも一番優先するべきことはそっち。」
「どうして?そんなに奥様は手紙をたくさん出されるの?」
言葉の意図が分からず、ラーニャは眉をひそめてアミナを見た。
アミナはわずかに瞳を揺らしたのち、ラーニャの両手を握ると、長椅子にラーニャを誘い、並んで腰かけた。そして、真剣な眼差しでラーニャの目を見つめた。
「ラーニャ。このことは、旦那様とご家族、あとは侍女と、上級使用人しか知らないことよ。心して聞いてね。」
ラーニャは肩に力をいれて頷く。
「奥様がご病気なのは知ってるわね。」
「うん、随分長く患っていらっしゃるとか。」
「そう。それでね、ここ最近、奥様の病状は思わしくないの。日に日に起き上がれる時間は減っているわ。もう、ご自分で物を書くのも難しい。…お医者様は、冬を越えることは出来ないだろうと。」
「そんな…。」
ラーニャの脳裏に、ファイサルの笑顔が浮かんだ。彼が突然オミウを訪れたのは、きっとそういうことだったのだ。
アミナがラーニャの手を握る力が、ぐっと強くなる。
「奥様は交友関係の広い方よ。大切なご友人それぞれに、遺書のつもりで最後の手紙を送られていらっしゃる。私や他の侍女もお力になろうと貴族流の字を練習したけれど、そのお役目を任せていただくことは出来なかった。時間が足りない、全員に言葉を残せないと嘆かれる奥様をお慰めするのは、本当につらかったわ。」
アミナの目に涙が光った。
「ラーニャ、あなたの仕事は、名高き女傑エバ・ナルジスの最後の社交を完遂させることよ。あなたはそのために選ばれたの。どうか、力を貸してね。」
ラーニャは、アミナの手をぎゅっと握り返した。水仕事を知らない、柔らかい手だ。
「分かった。私は奥様のお人柄をまだ知らない。でも、アミナ、私は必ずやり遂げるよ。奥様の名声に恥じない仕事をしてみせる。」




