どうしてこんなことに
学校や清水村役場、政府や自治体の働きもあって、創造主様の夢のお告げと動画の混乱も、日が経つにつれて少しずつ沈静化していった。
流石に夏休み前と全く同じとはいかないが、半月も過ぎればそれなりに平穏な日々が戻ってきたと実感する。
「テレビの各局は、相変わらず私の話題で持ちきりだね」
「小坂井さんが嫌なら放送を中止しますが?」
「うーん、…このままでいいよ」
清水村役場の公務員を辞職して私の専属になった大西さんが軽乗用車を運転する。自分は助手席に座ってスマートフォンを操作し、本日のニュース記事を閲覧していた。
中学生二年生の自分は年齢的に保護の対象であるため、大っぴらには報道されないが、どうせモザイクや匿名を使ってバンバン流される。
ならばお金を払ってもらい、実名報道をさせたほうがマシである。
どうせ創造主様の作成した動画に出てくる人物といえば、該当は一件しかないので、隠しても正体はバレバレだ。
「未成年の小坂井さんの気持ちも考えて欲しいものですが、ああ言う輩は禁止しても報道の自由と叫び出しますからね」
「うん、まあ…お疲れさま」
「いえ、これも仕事のうちですので気にしないでください」
外部との交渉は全て大西さんに任せているので、実際いくら払われているかは、大雑把にしか把握していない。
どうせ自分と祖母の一生分のお金は既に稼いでいるのだ。なのでこれ以上無理に働かなくてもいいが、専属の大西さんと警護の人たちの給料はいくらあっても困らない。
それに創造主様がダンジョン攻略がお望みならば、報道関係でも活動的であるとアピールする必要がある。
「そう言えば、今日攻略するダンジョンのランクは?」
「Aランクです」
「えっ? …Aランク?」
大西さんの返答に私は思わず口を半開きにして硬直する。…と言うのも、ダンジョンのランクはEからAまであり、夏休み中に攻略したのはBが最難関だった。
ちなみにこれまでは辞職後の移籍手続きと、新事業の立ち上げで忙しかったらしく、私は休日はずっと家でゴロゴロさせてもらった。
だが流石に九月の連休は潜らないと不味い気がするのだ。
「でっ…でも、Aランクダンジョンって! 上位ランカーがパーティーを組んでも、完全攻略は不可能って話じゃ!」
「小坂井さんなら大丈夫です」
笑顔で太鼓判を押す大西さんの信頼が、これ程までに辛いと感じる日が来るとは思わなかった。
てっきり夏休み中と同じように、未踏破で氾濫危険域に近いダンジョンから順番に攻略していくのだと思っていたのに、これは予想以上の大物チャレンジだ。
清水村の分布図を閲覧した時に、Aランクが一つだけ存在することは知っているのだが、できたばかりで魔物が溢れるのはずっと未来の話だ。
もし挑むことになっても何年も先のことだと、そう信じていた。
「Aランクの攻略を決断した理由は、現在清水村の未踏破ダンジョン、ランクEからBは、ハイエナが徘徊しているからです」
「…どういうこと?」
首を傾げて質問する私に、大西さんは丁寧に教えてくれた。
最深部へのRTAを行うと、ダンジョン内には手つかずの魔石や宝箱のみが残る。そしてそれを狙ったハイエナ冒険者が出没中とのこと。
冒険者証を持った者が管理人に入場料を払えば自由に探索できるので、予算に余裕ができて未踏破のダンジョンも解放している今、楽して一山当てようと機会を伺っている輩が大勢居るらしい。
「ですがAランクは個人や自治体ではなく、日本政府の管轄です」
Aランクダンジョンは危険度が段違いで、上位ランカーでさえ命の危険が伴うため、国が厳重に管理している。
なので内部に入るには、政府関係者からの特別許可証が必要になるのだ。
「つまりハイエナを冒険者避けるために、私はAランクのダンジョンを攻略するんだね。
理屈はわかるけど、それ何て無理ゲー?」
上位ランカーがパーティーを組んでも攻略速度が亀の歩みの高難度ダンジョンを、単独で踏破しろと言うのだ。
これなら自動追尾弾と超重力砲を封印し、Bランク以下の安全圏内を近接縛りで、のんびり攻略していったほうが気楽そうではある。
「あのー…大西さん。私はまだ中学二年生だし、Aランクのダンジョンに挑むのは、やっぱりまだ早いんじゃ…」
「そうですか……あっ、申し訳ありません。到着してしまいました」
いつの間に現場に到着したのか、大西さんは軽乗用車を運転し、有料駐車場の空いている場所にスムーズに停める。
清水村駅から徒歩数分で、もっとも人の集まっている地域である。
彼女は駅に近い場所にコンクリートの壁で囲まれた施設があり、そこがAランクダンジョンの入り口になっているのだと説明してくれた。
「小坂井さん。ここまで送迎した私が言うのも何ですが、…止めますか?」
駐車場に車を停めた大西さんが扉を開けずに、ハンドルを握ったまま私に尋ねる。もし断ったら低難易度のダンジョンを貸し切る手続きをして、単独攻略をさせてくれるらしい。
当然ハイエナ冒険者から不満が出るが、彼らが束になっても自分の収益の足元にも及ばないので、少しでも気分良く探索してもらい、今後も協力関係を続けるにはこれが一番とのこと。
今回Aランクを単独で踏破するのは逆立ちしても無理だとは思うが、もう現場に到着してしまった。
それにたとえ攻略が無理でも、入口近くで間引きをすることで氾濫を未然に防げるし、ハイエナ冒険者たちも、ぐぬぬ…と唸るだけで、日本政府の決まり事には逆らえず、不平不満もでにくい。
変身している私ならともかく、もし自然に沸いた魔物とバッタリ遭遇すれば、彼らにとってはその時点で逃走も許されずに、死あるのみだからだ。
それらのことを腕を組んでウンウンと考えた結果、私は半ばヤケクソになって口を開いた。
「だっ…ダンジョンの様子を見るだけだから!」
もしこんな人の多い場所で氾濫が起きたら、一体どれだけの犠牲者が出るのかわからない。
放置してもそれが起こるまでは早くても数年先だろうが、高ランクのダンジョンを間引きできる冒険者は限られているので、いざという時に集めても間に合わないかも知れない。
物心がつく前から住んでいた故郷が魔物に蹂躙されるのは見たくないので、この際駄目で元々である。
ここまで来たら一匹でも多く魔物を狩ってから、何の成果も得られませんでしたぁ! …と大西さんに堂々と報告しよう。
その場の勢いでメイドフォームに変身した私は、そう心に決めたのだった。
コンクリート作りの分厚い門の前には、ダンジョン産の装備で身を固めた自衛隊の人が数名立っていたので、ペコリと会釈してすぐ横を通らせてもらう。
ボディーチェックや特例許可証が必要とのことだが、メイドフォームで登山用リュックサックを背負った私と、パリッとしたOLの制服を着こなしている大西さんは、何ら止められることなく顔パスで通過した。
「これも創造主様のおかげでしょうか?」
「私だけじゃなくて大西さんも普通に映ってるからね。…例の動画」
「正直恥ずかしくて赤面ものなのですが、日本政府の許可が下りやすいのは助かります」
高い壁だけでなく天井も全てを頑丈なコンクリートで覆われていて、四角く分厚い箱の中に、危険なダンジョンを閉じ込めているよう印象を受ける。
だが氾濫が起きた時には気休めでしかなく、Bランクダンジョンのフロアボスなら、きっと一撃で粉砕してしまうだろう。
「ここまで許可が早いのは、小坂井さんの動画を見て危機感を持ったのでしょうね」
「…危機感?」
「電気で動く道具はダンジョンでは使えないのです。
なので内部がどのようになっているかを知るには、旧時代の道具に頼らざるを得ませんでした」
電灯に照らされる長い階段をゆっくり降りながら、私は大西さんの説明にフムフムと頷く。
ダンジョンのマッピングをするためにはスマートフォンの地図作成アプリではなく、きちんと方眼ノートを使わないといけない。
灯りも懐中電灯ではなく松明やカンテラが必要になるので、電化製品なしでの探索は大変なのだ。
そしてテレビカメラでの撮影はできないので、ダンジョンに入ったことのない人にとっては、写真や絵で見るしかなく、自分とは関わりのない遠い世界の出来事だと、今まではそう感じていた。
しかし創造主様が作成した十二+二時間のノンフィクションの大長編動画は、これまで縁遠かったダンジョンの様子を、世界中の人々に身近に感じさせるには十分だった。
それと一緒に、魔物や罠の危険性や攻略法、魔石や素材のもたらす利益等により、冒険者は元より、探索を行わない魔法使いや一般人、果ては政治家までもを、ダンジョンという未開拓の金鉱に惹きつける結果になった。
そして凶悪な魔物による氾濫と金鉱脈を発掘せずに眠らせているという、その二つの危機感を覚えてしまった。
今は火付け役となった清水村を中心地にして、世界中の人々がダンジョン探索へと乗り出しているらしい。
「六十年前の夢よ再びといった感じでしょうか」
「なるほどー」
かつて世界中にダンジョンが現れ、人類が魔法の力を与えられた時と同じだ。皆が先を争うように自らの命を賭け金として、未踏破で危険な金鉱に乗り込んでいく。
だが今ではダンジョン探索用の装備や便利グッズ、さらに学校の授業で最低限の経験を積んでいるので、パーティーを組んでEランクから慣らしていけば、そう簡単に死ぬことはない。
ちなみに私のようなへっぽこ冒険者は、不意打ちに驚いて目を閉じた時点で、普通は死んでいた。
メイドフォームが強力なので単独踏破できて、今も何とか生き延びているだけだ。
そうこうしているうちに階段を下りきったようで、入り口に置かれた白い感知石の前で足を止める。
私はやや緊張した面持ちで、大西さんに連休分の食料と飲料水、Aランクダンジョンの参考資料等を渡される。
それだけではなく、何故か後ろから付いて来ていた自衛隊の人たちに真面目な顔で敬礼を受けたので、怪我なく生きて帰って来たいです…と、遺言っぽい言葉を残して礼を返す。
そして大きく息を吐き、暗くて先が見えない未踏破ダンジョンに向き直り、緊張しながらゆっくり足を踏み入れたのだった。