世間の動きとか
創造主様の小窓に投稿された動画は、爆発的な再生数を叩き出していた。もちろん開設時から張られている、ラジオとテレビと高画質のダンジョン攻略QアンドAには負ける。
それでも十二+二時間という大長編であり、細部までこだわった編集技術は、迫力満点のアクション映画を見ているようだ。
しかも自分の知らないところで倒された魔物にまでスポットライトが当たり、特徴や素材、弱点や行動パターン等の詳しい説明の字幕が表示されていた。
絵や文字だけで動きがないダンジョン攻略QアンドAのような、チュートリアル動画とは大違いだ。
「うーん、早くも一億再生を越えてるし、正直ちょっと怖いよ」
大西さんに買ってもらった最新のノートパソコンを居間のちゃぶ台の上で開き、私の動画を閲覧する。
正直自分の目で見るのは恥ずかしいが、当の本人が知らぬ存ぜぬでは不味い気がするので、せっかくのお休みということで、適度に休憩を挟みながら視聴する。
「次回動画予告にフロアボスの黒いシルエットが出るのは、何だかワクワクするね」
現実にはフロアボスとの戦闘よりも、歩きながら石拾いをしている時間のほうが長いのだが、その辺りは上手にカットしてあるのか、ストレスなく見どころや最深部に移行している。
一本辺り十五~三十分近くにまとめられており、スロー再生から五倍速まであり、前回の続きからの視聴はもちろん、音声とSE、BGM等の調整も可能という、痒い所に手が届いている。
本当は一日ふて寝するつもりだったが、夏休み中はいつも早朝からダンジョン攻略に行っていたので、今日も定時に目が覚めてしまった。
大西さんが作り置きしてくれていたご飯と味噌汁、煮物や卵焼きをいただき、居間で自分が活躍する動画を見ていたが、気づくと時刻は昼を過ぎていた。
「どうしようかな。昼の分も作り置きはあるらしいけど」
思えばここ最近朝から晩まで働き詰めで、ろくに休んでいなかった。メイドフォームは苦痛や疲労と無縁なのは良いが、精神的なストレスは無効化できないのだ。
良い機会なので気分転換に何処かに食べに行こうと、連絡用のスマートフォンから大西さんを呼び出す。
「はい、大西です」
「あっ、大西さん。お昼はもう食べた?」
「いえ、これからですが」
ならば都合が良い。私は外に食べに行きたいことを伝えると、今から車を出して迎えに行くので、少し待つようにと告げて、スマートフォンの通話が切れる。
清水村役場の魔法科職員を顎で使っているが、彼女は小坂井彩花の専属担当であり、いつの間にやら私と大西さんは二人一組になっていた。
それにダンジョン攻略と道中で入手した物品を卸すことにより、清水村役場に多大な貢献しているので、このぐらいのワガママは笑って許してくれる。
むしろもっと何か要求してくれと事あるごとにせっつかれるが、私個人の通帳残高は既に一千万円を越えているのだ。
さらに後日、宝箱から入手したアイテムや、フロアボスの巨大な魔石や素材を、オークションに出品することに決まっている。
それプラス、清水村役場からのダンジョン攻略達成報酬も振り込まれるので、この後にどれだけ膨らむか予想がつかない。
なのではっきり言って既にお腹いっぱいであり、大西さんが私の専属担当として生活のサポートをしてくれるだけで、自分にとっては十分ありがたいのだった。
運転しているのは大西さんだが所有しているのは私という、最新の軽乗用車の助手席に乗ったまま、窓から外を眺める。
向かっているのは清水村駅の近くで、数は少ないがスーパーや飲食店が固まっているので、自分も何度もお世話になっている。
「小坂井さんには伝え忘れていましたが、一週間後に私は清水村役場を辞職します」
「えっ? 大西さん、それは…どうして?」
「いえ、二足の草鞋が辛くなってきたので。この機会に専属担当一本に絞ろうかと思いまして」
私が驚いて大西さんのほうを振り向くと、何ともさっぱりとした表情ではっきりと口に出す。
つまりこれからは、彼女の給料は自分が払うことになるのだろうか。確かに通帳を見れば、そのぐらいの余裕はある。
だがまだ中学二年なのに、車を買ったり人を雇ったりと、挙句の果てに世界的な有名人だ。
夏休みが始まる前とはまるで違う人生を歩き始めているが、そんな荒波の中で彼女の助力は本当にありがたかった。
「こっちとしては大西さんが手伝ってくれるのはありがたいけど。本当にいいの?」
「はい、清水村役場の給料と今の仕事量では、全く釣り合っていませんから」
「そっ…そうなんだ」
公務員の給料は安定しているが、急な増収は難しい。さらに大西さんは私の専属担当ではあるが所属は清水村役場だ。
両方の仕事もこなさなければいけないので、労働時間がヤバいことになっていた。
なので一週間後にドロップアウトして今後は完全に私の専属担当のみとなり、自分の金は自分で稼いでいくつもりらしい。
「小坂井さんは何も変わりません。変化するのは私の所属と金の流れだけです」
それはかなり大きく変わっている気がするが、取りあえず私のプライベートが平穏無事なら構わない。大西さんの栄転におめでとうと声をかける。
なお彼女は、自分が夏休みにダンジョン攻略を開始した初日に退職の手続きを済ませ、既に受理されていたらしい。
少しでも遅ければ抜け出すのが困難になってしまったので、早めに決断して良かったです…と、運転を続けながらにこやかな笑顔で答える。
いくら何でも初日でそれをするとは、先見の明か思い切りが良すぎると言うか、とにかく色んな意味で凄い女性だと感心するのだった。
創造主様が作成した大長編動画により、清水村に点在するダンジョンの内部と魔物の分布、フロアボスの詳細、宝箱からのドロップ品や魔石の傾向等が明らかになった。
また既に最深部と地上で自由に行き来できるので、各々の傾向に合った実入りの良いダンジョンを探すのも容易になった。
そんなことを考えながら、清水村駅の近くで営業している大衆食堂に来店し、大西さんと一緒にカウンターの席に座って醤油ラーメンをすする。
辺りを見回しながら知り得た情報を当てはめていくと、ぼんやりとしていた違和感の正体にはっきりと気づいた。
「平日の昼過ぎなのに混雑してる理由はこれかぁ」
「冒険者の間では、魔物や宝箱の奪い合いが起きることも珍しくありません」
隣町では冒険者証を持って入場料を払えば、自由に探索できる。
そして清水村では人手と予算が足りずにこれまで管理は不可能だったが、夏休みのダンジョンRTAによって、地元経済は大いに活性化している。
今なら外から人を雇って管理を任せることも、十分に可能である。
「しかし未踏破のダンジョンでは、実入りは良いですが命の危険も倍増します」
確かにダンジョンには未知の魔物は当然として、罠も存在する。さらに火山や極寒で体力を奪われたり、毒の沼地や切り立った崖、石造りの通路から飛び出す槍、落とし穴等、それはもう色々だ。
だが私は鈍くさいので、最短ルートにある罠は全て踏み抜き、マグマの海や毒の沼地に足を滑らせて落下した後に泳いで渡ったり、天井が迫りくるトラップは片手で押し上げて素通りする。
落とし穴にハマって落下しても、底に配置された無数の刃物は、メイド服どころか柔肌に当たる前にポッキリへし折れてしまい、その後は華麗に跳躍して舞い戻る。
さらに金属製のトラバサミに引っかかっても素手で開閉するどころか、勢い余って引きちぎったりと、全てにおいて全くのノーダメージであった。
ダンジョン内から帰還するたびに登山用リュックサックと所持品が全壊していることも珍しくなく、夏休みの間に何度も買い換えるハメになっていた。
必要経費と大西さんは言ってくれたし、お財布にも余裕があるので、私も致し方ない犠牲だと割り切っている。
「小坂井さんのおかげで、各ダンジョンの傾向がわかりやすく伝わりました」
「まあ、役に立ったのなら、何よりだけどさ。
ところで大西さん。半チャーハンを頼んでいい?」
「どうぞ。ついでに唐揚げも追加しますね」
馴染みの店主に半チャーハンと唐揚げを追加注文して、私たちは周りの視線を気にせずに再びお喋りを始める。
店内にはやけに物々しい人が多く集まっているが、ダメージを肩代わりできない一般人や詠唱魔法の使い手は、ダンジョン産の装備品を身に着けて攻防を上げるのが必須だからだ。
そして私のようなマジックアイテムとは縁遠い個性魔法使いは、全人口の一割にも満たない。
「そう言えば個性魔法が使える人って、世界人口比率でどのぐらい居るのかな」
「個性魔法は一割未満と聞きますが、実際にはさらに低い一パーセント以下ですね」
今ラーメン屋に居るのは、鎧や兜、帯剣や槍や弓といったファンタジー装備をしている冒険者ばかりで、パリッとしたOLの制服姿の大西さんと、ひよこTシャツとチェックスカートの私は珍しく、普段とは逆の意味で目立ってしまっている。
「追加の半チャーハンと唐揚げです! ごゆっくりどうぞ!」
カウンターの向こうの厨房からお皿に乗せられた半チャーハンと唐揚げが出されて、私たちは会話を中断して、熱いうちにいただくことにした。
大西さんと半分ずつシェアして味わえたので、店内がほぼ満席でも、たまの外食は悪くないと、そう思えたのだった。