地元のダンジョンを攻略します
未踏破のダンジョン攻略が決定した次の日、私は早朝に迎えに来た大西さんに起こされて、眠い目をこすりながら清水村役場の所有する軽乗用車の助手席に座らされる。
これから打ち合わせ通りに緊急性の高いダンジョンに向かうため、冒険者にオススメらしい登山用のリュックサックを手渡され、中には携帯食料や水筒、ポーション一式や多種多様な道具が、小さくまとめて詰められていた。
後部座席やトランクの中にも、その他に入り用な物を持ってきたので、既に準備は万端のようだ。
「ふぁ…、眠いー…」
「小坂井さん、大丈夫ですか?」
「昨日遅くまで話し合って、次の日の朝早くに叩き起こされればこうもなるよ」
結局個室で天ぷらうどんを食べたあとも話し合いは続き、何とか日付が変わる前に家に送り届けられたが、お風呂と歯磨きを済ませて即布団に潜り込むことしかできなかった。
さらに次の日に早朝のインターホンで起こされて、祖母から鍵を預かっていたらしく、直接家に乗り込んで来られて、私はあっと言う間に軽乗用車に押し込まれた。
そして今は、出されたアンパンと牛乳を食べている途中だ。
「それに引き換え、大西さんは元気だね」
「…小坂井さんも大人になればわかりますよ」
助手席から大西さんを眺めると何だか遠い目をしていたので、できれば一生知りたくないと思ってしまう。
きっと翼を授ける栄養ドリンクを飲んで、元気を前借りしているのだろう。その反動は休日になったら一気に来そうで、本当に怖いのだ。
そんな恐怖を振り払うように気持ちを切り替え、今向かっているダンジョンについて考える。
地図を見ると山間部に位置しており、氾濫が間近に迫る低ランクから攻略していく予定だ。
「最深部のフロアボスを撃破して、氾濫を止めることを最優先でお願いします」
「んー…了解ー…ふぁ」
まだ眠いが紙パックの牛乳をストローで吸い上げ、ベコベコとへこませていると、少しだけ目が覚めた気がする。
大きく息を吐いて軽乗用車の窓を開けると涼しい風が入ってきて、夏の青草の匂いが鼻孔をくすぐった。
そのまましばらく走っていると、段々と遠くにある山に近づいてきた。
「小坂井さん、到着しました」
自宅からニ十分近く車で走り、神社に通じる登山道の入口の脇に車が停まった。私も大西さんの後に助手席から降りて、着地と同時にメイドフォームに変身する。
すると夏の蒸し暑さから一気に解放されて、自分が心地良いと感じる気温と湿度に、常時保たれるようになる。
「ここから少し歩きます」
大西さんが背の高い木々が鬱蒼と茂る登山道を歩いて行くので、私も後を付いていく。
しかしただ歩くだけでは退屈なのか、それとも気を遣ってくれたのか、今回のダンジョン攻略に関する質問を口に出してきた。
「小坂井さんは、他の冒険者の同行はいらないのですか?」
「私の魔法はどれも一撃必殺だから、効果範囲に人間が居たら危ないの。
だから一人のほうが気楽というか、安全…かな?」
超重力砲も自動追尾弾も、効果対象は魔物のみという設定だが、人間が必ずしも無傷という保証はない。
もちろん私は平気だったが術者とメイドフォームの効果だと言えなくもないし、そもそも清水村役場の予算では他に冒険者を雇う余裕はないのだ。
さらに秘密裏に攻略を進めさせて欲しいという、という私の希望にも反する。
「…そうですか。では気が変わったら、いつでも言ってください。
清水村役場としても小坂井さんを全力でサポートしますので」
「あはは、もし気が変わったらと言うことで…」
正直行けたら行くぐらいの気持ちだ。私はメイドフォームを見せびらかす趣味はないので、一人のほうが性に合っている。
それにダンジョンを自由に攻略できるのは楽しいが、集団行動で気を遣ったり決まり事に縛られるのは楽しくないのだ。
「ここです。…では小坂井さん、何かあったら地上に帰還し、連絡をお願いします。
すぐに迎えに行きますから」
登山道の途中から茂みの中に分け入り、ものの数分も歩かないうちに、切り立った崖にポッカリと開いた洞窟の入り口が見つかる。
奥は暗くて見通せないがあまりにも自然なので、ここが異界のダンジョンだとは思えなかった。
しかしすぐ近くに配置された感知石が黒く濁っていることから、紛れもなく魔物の発生源であり、氾濫が起きるまであまり時間は残されていないのだと確信する。
「じゃあ、…行ってきます」
身の丈以上もある登山用のリュックサックを背負い直して、私は暗闇の中に緊張しながら足を踏み入れる。
少し歩くと自然の洞窟とは思えないほど多くの蛍石が光を放ち、何処までも続く広大な空洞を明るく照らしていた。
明らかに雰囲気が変わったので何となく後ろを振り返ると、ダンジョンの入口は暗闇に覆われており、大西さんの姿は確認できなくなっていた。
つまり私が立っているのは地球ではなく、きっと境界なのだろう。
「それじゃ、自動追尾黒弾を展か……えっ?」
私の浮遊する黒玉を生み出した瞬間、物凄い勢いで四方八方に散らばっていき、またもや自動でリロードと射出を行い、一分近くも正体不明の敵の群れを攻撃し続けることになった。
やがてフヨフヨと宙を漂う以外に動きがなくなったことで、私はようやく一息入れて大きく深呼吸する。
「もう、…本当に何これ?」
渋い顔で口に出したが、本当はわかってはいるのだ。これは一定範囲内の敵を自動的に追尾して攻撃を行う弾丸であり、射出後に魔物と接触すると超重力場で捕らえて押し潰す。
索敵範囲は私の視覚よりも遥かに広く、どのような理屈か、岩場に隠れた敵も見つけて、障害物を華麗にスイスイ避けて攻撃しに行く。
リロードと連射速度もますます磨きがかかっており、もうずっとこれだけ使っていればいいんじゃないかな…と思えるほど、デタラメな強さを誇っている。
欠点は周りに人が居た時の被害がどうなるのかが、まるで予想がつかないことだ。
なので既に他の冒険者が潜っているダンジョンを攻略する際には、この魔法を使うことができない。
「ええと、まずはこの道を真っ直ぐ…」
しかし他に人の居ないダンジョンを攻略するのに、これ程便利な魔法はない。今の私はRTA走者のように進路上にある魔石のみを拾い、残りは無視してひたすら深層を目指す。
清水村役場の大西さんに渡された地図を片手に、自然洞窟のような広々とした空洞をテクテクと歩いて行くと、時々自動追尾する黒玉があちこちに飛んでいくが、いい加減慣れたので無視して進む。
「地図は地下二階の途中で終わりだね」
一階はあっさり突破し地下二階に到達したが、地図はここで途切れており、あとは手探りでルートを開拓しなければいけない。
とは言えやることは変わらないので、気にせず方眼ノートを取り出して、マッピングしながら歩き続ける。
そして地下に降りるほど暗くなっていくようで、その分蛍石の輝きが強調されて、何とも幻想的に見える。
ついでにこのダンジョンの特徴か、それとも氾濫間近だったためか、魔物の数がやたらと多い。
確かなことは言えないのだが、階層が変わるたびに黒玉が忙しくヒュンヒュン飛んでいき、通り道に魔石がゴロゴロ落ちているのだ。
どれだけ歩き回っても疲れないことから、大西さんから受け取った朝とは種類の違うパンと、いちご牛乳を片手に、休まず探索を続ける。
しかしこの洞窟は作りが単純なので迷わないが、無駄に広くて、もし間違った通路に入って行き止まりだった場合、引き返して元の道に戻るまでにかなりの時間がかかる。
「これだけ索敵範囲が広いなら、…いけるかな?」
今浮遊させている黒玉は、左右と後ろの三つだけだ。私はさらにもう一つ前方に浮かべるイメージで、じっと意識を集中させる。
元にしたのは自動車のナビゲーションシステムだ。
「階段までの最短ルートを教えてくれるし便利かな?」
かくして、メイドフォームで妖精の羽を生やした小さな私が浮遊して、指差しで最適な道順を教えてくれるナビゲーション魔法を作り出したが、これは人前では恥ずかしくて、使うのに勇気がいりそうだ。
「でもこれ、何で私の音声で道案内するの?
一人じゃないと恥ずかしくて使い辛い魔法が、また増えちゃったよ」
しかしそのおかげで、見事自然洞窟風ダンジョンのRTAを達成して、お夕飯になる前に我が家に帰宅することができた。
その日はぐっすりと眠れたが、次の日の早朝にも大西さんに起こされたため、結局夏休みが終わるまでの連日、氾濫危険域の高いダンジョンをRTAし続けることとなったのだった。