手強い神々の神殿
地上に這い出た怪獣を全滅させたことで、世界の国々はこれまで貝のように閉じ籠もって防戦一方だったが、息を吹き返したように猛反撃を開始した。
人類が受けた被害は大きかったが、町中を避けて上空に展開した自動追尾弾による援護射撃もあり、数ヶ月かけて邪神の軍勢をほぼ討伐し終えた。
おかげで残るは残党狩りと、戦後処理だけになるまで持ち直すことができたのだった。
ちなみに私はと言えば、国王様や重臣の方々以外に綺麗な女の人が会議に混ざるようになり、パメラのガードを抜けてきた精鋭により、ご褒美が欲しければ頷いてくださいと言った感じで、夢見心地のまま二つ返事で承諾してしまい、目が覚めたらいつの間にやら国境沿いの町ではなく、王都の屋敷のベッドで裸にひん剥かれていた。
体は清いままでマッサージによる寸止めのみなので、流石にまだ女の子とニャンニャンするお店には行っていないが、残念ながらこれではもはや時間の問題である。
おまけに邪神殺しの名声が世界中に広がったことで、私の獲得競争が激化し、今では朝から晩まで綺麗な女の人に身の回りの世話をされる有様だ。
しかも防戦一方になった私の反応がそそるのか、お世話係が任務そっちのけでノリノリで絡んでくるので、余計にたちが悪かった。
このままでは、女同士の気持ちいいことしか興味のない、頭空っぽのお猿さんにされてしまう。
だがまあ相手の人はその辺ばっちこいで、アヤカちゃんと一緒なら、おはようからお休みまで、一生ベッドの上で過ごすのも大歓迎。
とにかくもう辛抱堪らんとかそんな感じで首を縦に振るので、こっちとしてはもはや匙を投げるしかない。
「…だからってさぁ。もう駄目。…限界」
窓の外には夜の闇が広がる中で、私は王城の一室のキングサイズベッドの上で横になり、枕を涙で濡らしながら、高級シーツに指でのの字を書く。
ここ数日はあまりの猛攻で、絶対防衛線は後退を余儀なくされてしまった。辛うじて最後の一線は守りきれているが、こうなった以上はもはや、突破されるのも秒読み段階である。
「またあんなことやこんなことされたら、もう…無理」
弱々しく抵抗しても彼女たちは決して手を緩めないどころか、逆に燃えあがってしまう。
依存症のパメラも、守りきれないのならば介錯し申すとばかりに、ここに来てまさかの裏切りで私の初めてを美味しくいただこうとしている。
なので今は個室に閉じ籠もって外に出られなくなってしまった。ここが私の最終防衛ラインであり、異世界で唯一のサンクチュアリなのである。
「うぅ…日本に帰りたいよぉ。地下五十階まではいけるのに…」
どんな怪獣が相手でも、超重力砲で消し飛ばすか暗黒剣で真っ二つであり、ほぼ瞬殺できる。
問題はダンジョンの広さだ。
下層に行くたびにボス部屋までのルートが遠くなるため、移動に時間が取られてしまう。
その結果、地下五十階で水も食料も完全に尽きてしまい、泣く泣く地上に帰還することになった。
登山用のリュックサックを守り抜いたことは誇れるが、結局最深部に到達できなかったので、気休めにしかならない。
「感知石も見つかって、これであと五百年は安泰だって、皆喜んでたけどさぁ」
何処かの国が宝物庫から感知石を引っ張り出して、神々の神殿の結界が破られるまでの時間がわかった。
私の地下五十階までの踏破によって、五百年の猶予を稼いだのだ。
取りあえず自分の代では氾濫が起きないとわかって、世界中がお祝いムード一色になった。
その流れで私の名声はますます広まり、ぜひ国に招いて歓迎の宴を開き、あわよくば…と、怒涛の猛攻を受けるハメになってしまったのだ。
そこでもし一度でも首を縦に振ってしまえば、辛いことも悲しいことも、日本への未練も綺麗サッパリなくなり、ウルトラハッピーになれるのは確実だ。
だが私はまだ、諦めたくはなかった。そもそも異世界に来てから一年も経っていないのだ。帰還を諦めるには早すぎる。
「でも私の理性は限界ギリギリで、これ以上は保たないんだよ!」
私がベッドの上でさめざめ泣いていると、自分以外は誰も居ないはずの部屋に、見知らぬ女性の声が響いた。
「何じゃ、邪神殺しは泣いておるのか?」
「だっ…誰!?」
目元を拭って声が聞こえたほうに顔を向けると、個室の窓の外には、背中からコウモリの羽、頭部にヤギの角を生やし、赤い瞳と髪をした妖艶な美女が、私のことをじっと見つめていた。
「悪いが、邪魔するぞ」
「あのー…ここ四階」
「妾は飛べるし、邪神殺しもそうじゃろう?」
外から窓を開けて堂々と侵入してくる女性を呆然と見つめ、接近されても音が聞こえなかったのは、風魔法で遮断していたからなのかもと思考する。
それにしても、目の前の赤髪の美女は何者なのか。亜人系には違いないだろうが、獣人やエルフには見えない。
「妾か? 妾は魔王じゃ。ここより遥か西にある。魔族の国の女王と言ったほうが、わかりやすいかのう?」
喋ったつもりはないが、魔王と名乗った美女はクックックッと笑いながら私の疑問に答える。
「あー…もしかして、声に出てた?」
「いいや、邪神殺しは顔に出やすいからのう」
顔に出やすいので反応がそそるのだと教えられ、私に腹芸は無理だともわかった。そして今も、口に出していないのに簡単に思考を読まれてしまった。
そんな彼女は小さく笑いながら柔らかなカーペットの上を歩き、こちらに近づいてくる。
「それで、魔王が私に何の用?」
「妾のモノになれ。さすれば永遠の快楽を…」
「お帰りは窓からどうぞ」
速攻でお断り案件なので、咄嗟に枕を両手で持って必死のガードだ。
女の人に強引に迫られれば速攻で籠絡されてしまう。だがそれでも一線を越える前なら、チワワのようにか弱いが抵抗はできる。
私は顔を真っ赤にしてベッドの端に後退して、首を左右に振って拒絶の意思表示を行う。
「そんなに嫌か?」
「嫌じゃないけど! 嫌なの!」
「…そんなものか」
魔王は首を傾げて近くの椅子に腰を下ろし、勝手に水差しからコップにレモン水を注ぐ。
私だって最近は自分の気持ちがわからなくなってきているのだ。
床上手な女の人に体を触られるのは嫌いではなく、底なし沼のようにもっと深く、何処までも沈んでいきたい。
だがそれをしてしまうと、完全に自分を見失ってしまう。
「私は日本に帰りたいんだよ」
「邪神殺しの故郷か。妾も興味はあるが…」
魔王は椅子に座ったままレモン水をチビチビと飲み、私との会話に応じる。
どうやら無理矢理にでも味方に引き入れるつもりはないようで、ゆっくりと枕ガードを下げる。
「神々の神殿の最深部に着く前に、水と食料が尽きちゃうの。
そんな疲れて帰ってきた私の心が壊れないように、慰めてくれるのはありがたいんだけどね」
様々な思惑が絡み合っているとはいえ、私はこの世界の邪神の軍勢をたった一人で討伐し、人類を滅びの淵から救い出しただけでなく、五百年の猶予も与えた。
そんな神にも等しい存在に対する、皆の感謝の気持ちは十分に理解している。
それでも好意の裏には権力闘争があり、善意も過ぎれば毒となる。何より今の自分にとっては、ありがた迷惑でしかないのだ。
「ふむ、最深部に居る大邪神を討伐したいのか?」
「目的のための通過点だけど、一応はそうだよ」
転移の魔法陣を起動するためには、フロアボスを討伐しなければいけない。ならば大邪神を倒すことは達成条件に含まれている。
それを聞いた魔王はしばらく考え込み、やがてこちらをじっと観察して、おもむろに口を開く。
「妾が協力してやっても良いぞ」
「えっ? いや…でも、ダンジョン探索の同行者はお荷物…」
何やら急に協力してくれる話になったが、私も何度かこの世界の勇者や高名な冒険者と、パーティーを組んだことがある。
だが結果的にお荷物が増えただけだったので、ついポロッと口に出してしまった。
「邪神と互角に渡り合えると言ってもか?」
しかし魔王は怒りもせずに、堂々と続きを口に出した。
「流石に邪神殺しのように連戦は無理だが、足を引っ張らないダンジョン探索のお供には十分じゃろう?」
彼女が何故手伝ってくれるのかは知らないが、大怪獣と互角ならお荷物にはならない。
私はこの際なので、気になったことを直球に尋ねる。
「魔法や物理耐性高いの?」
「火球や雷撃、邪神の攻撃を受けても、多少の怪我をする程度じゃ」
「収納魔法やアイテムボックスは?」
「妾の収納魔法を舐めるでないぞ。もちろんアイテムボックスも使えるぞ」
これはまさに、私にとって理想的な相棒である。
だが何故彼女が何故協力してくれるのか、きちんと聞いておく。美味い話には裏があるものだ。
「先程も言ったが、邪神殺しを妾のモノにしたい。
押し倒して従わせるのは簡単だが、親友関係から気持ちを通じ合わせるのも良いものじゃぞ」
魔王の言葉に一理あると頷く。私が女の人に滅茶苦茶弱いことを含めても、押し倒して骨抜きにした体だけの関係は長くは続かない。
ならば協力して信頼を勝ち取ったほうが、末永く良い関係を維持できるだろう。
もっとも彼女は長い年月を生きてそうなので、私が老衰であの世に逝くまで、体だけで縛りつけるのは余裕そうだが、深くは考えないことにしよう。
「邪神殺しの故郷も気になるし、最深部の大邪神討伐も賛成じゃ。
妾一人では辿り着けぬが…」
「私と協力すれば…!」
「その通りじゃ。よろしく頼むぞ。邪神殺し…いや、アヤカよ」
こうして私と魔王は固い握手をして、共にパーティーを組むことになった。
ちなみに魔族領では副官が職務に追われ、ストレスで寿命がマッハになってしまったが、ようやく日本帰還の目処が立った自分は、全く気づかなかったのだ。