とある騎士団長
<とある騎士団長>
北の果てにある大陸から、邪神の軍勢が南下を開始した。
国王夫妻と第一王女、騎士や兵士は交戦して少しでも戦力を削いで時間を稼ぎ、その間に領民や他の親族を逃して、各国に伝令の早馬を走らせる。
来たるべき決戦に備えて欲しいとのことだ。
まさか自分の代になって本当に邪神の軍勢が攻めてくるとは思わなかったが、こうなってしまった以上は仕方がない。
王族や兵士の命だけでなく、自国を防波堤にしてまで貴重な時間を稼いでくれたのだ。残された我々が彼らに報いて生き延びるには、勝利以外に道はない。
幸いなことに邪神の軍勢は北の城を攻めあぐねたためか、無数に枝分かれして各国へと散っていった。
もし一斉に南下を続けていたら、俺たちの町は為す術もなく飲み込まれて滅びていた。そこだけは本当に助かったのだが、魔物の力は人類の想定よりも遥かに強大であった。
「騎士団長! 邪神の雷撃を受けて外壁の一部が崩落! 魔物が町に侵入しています!」
「町の警備隊を投入して侵入を阻止しろ! 援軍が来るまで保たせるんだ!」
空を飛ぶ透明体の邪神が下半身の触手を振るうと、強力無比な凄まじい雷撃が飛来して、町の外壁はあっさり崩されてしまった。
既に魔物の群れが開いた穴から次々と侵入している。
避難もまだ十分とは言えずに、城に殺到する者、家や教会に立て籠もる者、慌てふためいて別の町に逃げ出そうとする者など、もう収拾がつかなくなっている。
城壁の上から伝令役に指示を飛ばして、民衆の混乱が拡大するのを辛うじて防いでいる状態だ。
「邪神の軍勢に包囲されているのに、今さら何処に逃げると言うのだ!」
「騎士団長! 援軍はいつ来られるのでしょうか!」
「三日後だ! 三日後には必ず来る!」
「みっ…三日後…!」
来たるべき戦いに向けて準備はしてきたつもりだが、邪神の軍勢は予想以上の強敵だった。
しかも都市を丸ごと包囲するほどの数が枝葉の一つだと言うのだから、本体を押し留めた隣国が滅ぼされたのも納得だ。
そして隣接する他領の援軍では焼け石に水のため、王都の軍に頼るしかない。移動距離を考えればどれだけ早くても、到着まで三日の時間がかかってしまうのだ。
「外壁を放棄して籠城することになっても、三日は保たせろ!」
「はっ! はいっ!」
伝令役が姿勢を正して返答し、俺の命令を伝えに慌てて駆け出す。
正直なところ一日すら保たせられる気はしないが、民を邪神の餌にすれば時間を稼ぐことはできるが、当然そんな手段は使いたくない。
「騎士団長! 邪神が我々を狙って…!」
「ちっ…! 総員退避! 魔法大隊は結界を張れ!」
北の国は巨大な猿の神に蹂躙されたと聞いた。都市を壊滅させるほどの怪物を相手にして、既に外壁は殆ど用をなさなくなっている。
そして残り三体が参戦してくるのも時間の問題であり、たとえ町に住む者全員で抵抗したとしても、三日も保つはずがないと、俺だけでなく誰もがそう感じていた。
今も領内の魔法大隊が集まり、必死に結界を張っているが、邪神の雷を弱めて被害を小さくするのが精一杯であり、彼らの魔力は既に尽きかけている。
認めたくはないが、一日も保たずに町は滅びる…と、自嘲気味に笑いながら呟いたとき、遥か遠くを浮遊する邪神が、突然黒く輝く球体に全身を包まれた。
「きっ! 騎士団長! これは一体!?」
「わからん! だが! 邪神に何かが起きたのだ!」
黒い光に包まれているのは浮遊型だけではなく他の邪神も同じであり、まるで答えになっていないが、そうとしか言いようがない不可思議な現象を目の当たりにする。
それを見た兵士や騎士、民衆だけでなく、魔物までもが突如として現れた巨大な黒い太陽を見て、言葉を失い呆然となってしまった。
数秒程度で黒光が収束すると、邪神は何処かへ消えて巨大な魔石のみが残り、それぞれが砂埃を巻き上げて地面に落下する。
その数は全部で四つ。とても理解が追いつかないが、もっとも厄介な化け物が排除されたことだけは確かだった。
「勝機は今しかない! ポーションを使い切っても構わん! 全軍で切り込み! 魔物を押し返せ!」
「はっ! 了解致しました!」
伝令役を集めて、俺の命令を各部隊に届ける。絶望的な戦いだったが、辛うじて首の皮一枚繋がった。それでも三日を耐えきるのは不可能に近いが、まだ希望はある。
恐ろしい邪神を一瞬で葬り去った、黒い太陽だ。
その魔法使いが我々の味方であってくれれば良いが、相手が何処の誰かはわからず、振るう力は神々すら凌駕するため、あまり楽観視はできない。
「騎士団長! 緊急の報告が!」
戦況を確認しながら思考の海に沈んでいると、興奮気味の副官がこちらにやって来て、急ぎの報告を口にする。
また魔物が侵入したのかと考えた俺だが、今の時点で一分一秒でも惜しいので彼に先を促す。
「パメラ王女が生きておられました! 現在東門の付近で、邪神の軍勢と交戦中とのことです!」
「何だと!?」
副官の報告を聞いた俺は慌てて東門に向かおうとしたが、外壁は浮遊型の邪神のせいで崩れており、そちらに向かうには大きく遠回ししなければいけない。
だが彼が戦場のある一点を指差し、他の兵士たちも皆、そちらを食い入るように見つめていたので、自然に視線が向く。
『私はパメラ! 祖国を失った元王女のパメラです!
皆さん! 私たちは敵ではありません!
邪神の軍勢に討ち滅ぼすために! 友人の魔法使いアヤカと共に、援軍として駆けつけました!』
風魔法を使っているのか、パメラ王女の美声がここまで聞こえてくる。
友人の魔法使いと言うのは四角く浮遊する箱に乗って戦場を駆け、無数の黒い玉を飛ばして、魔物を魔石に変えているメイド服を着た幼女のことだろうか。
「あれは黒い太陽か?」
「はい、邪神を滅ぼした黒光よりも小さいですが、間違いないかと」
俺はそれを見て思わずポツリと呟く。副官も同じことを考えていたらしく、コクリと頷く。
邪神の軍勢の真っ只中をまるで無人の野のように疾走する箱型の乗り物と、勇ましいパメラ王女と魔法使いの活躍で、兵士たちは皆色めき立ち、士気も否応なしに高まる。
「パメラ王女と魔法使いを死なせるな! 負傷者は後方に下がらせて、編成を組み直せ!
敵が混乱しているうちに打って出て、各個撃破しろ!」
副官や他の騎士と兵士も活力が戻り、希望を抱き始める。犠牲は出るだろうが、これで邪神の軍勢に勝てる。
俺は騎士団長として、部下や民の犠牲を少しでも減らすために、副官と共に彼女たちを主軸とした作戦を組み直すのだった。