異世界で二人旅
シャボンバリアのハーフサイズに乗って街道を南下して二週間。
パメラも私は、トイレや食事以外は地面に降りないので、自動追尾弾とナビ子は始終出しっぱなしにしている。
ついでに怪獣を見かけ次第、気づかれる前に超重力砲で狙撃して、この世から消し去っている。
「アヤカ。…好き。愛してる、繰り返し…て」
「ええと、好き、愛して…る」
今は街道の地面スレスレを最高速度の時速三十キロで自動操縦で進みながら、パメラにこの世界の言葉と文字を習っている。
方眼ノートに筆記を行い、繰り返して口に出す。
「あのさ、この言葉、覚える意味あるの?」
「重要な、言葉」
「…そっかぁ」
確かに言葉一つ一つはただの単語でも、重ねれば重要な意味になる。この好きと愛してるは、パメラなりの深い考えがあるのかも知れない。
それでも納得できない私は、流れる景色を見ながら、大きく溜息を吐く。
シャボンバリアはシャボン玉のイメージを元に作った魔法だからか、空を飛ぶことはできても高速で移動するようにはできていなかった。
せいぜい出せても原付バイクの法定最高速度ぐらいだが、休みなしに走れるので十分に速かった。
「あと何日で国境を越えれるのかな?」
「このまま進めば、三日」
水と食料には余裕があるが、こうも毎日同じメニューでは飽きてくる。そして今向かっているのは、パメラの伯父の治める隣国だ。
邪神の軍勢が北の果ての大陸から南下してきていることを知った彼女の父は、領民全員を南の大国へと逃がす決断をした。
その際に人類最北端の王城に立て籠もって決死の足止めを行い、国王や女王、騎士や兵士の命を削って敵軍勢を押し留めた。
そして民が逃げ延びて、各国が戦争の準備をするだけの貴重な時間を稼いだのだ。
「私だけ生き延びたのは、きっと、アヤカと出会うため」
「せっ…せやろか?」
対魔物用の戦力としてあてにしているのはわかるが、その割にはパメラがこちらに向ける視線はやけに熱っぽい。
おまけにモジモジと体を揺らして、私との距離を少しずつ詰めてくる。
邪神の軍勢を迎え撃つ直前に、彼女だけは城の隠し通路から逃されて、魔物が立ち去るまで神殿の大岩の中に隠れ潜み、他国に軍勢の脅威を知らせるようにと王命を受けたらしい。
なので断じて、中学二年生のロリっ子と王女様が、百合っぽい出会いを果たしてキャッキャウフフするためではない。
「そんなことより! そろそろお昼にしようよ!」
ジリジリにじり寄って来るパメラから逃れるために、シャボンバリアを街道の脇に停めて地面と接触させる。
正直五メートル四方の空間では隅に追い詰められたら、もう逃げられない。そうなればトイレや食事休憩まで、王女様の抱き枕コースは確定だ。
家族や友人、民と国といった多くの物を一度に失ったのだから、何かしらの心の拠り所が欲しいのはわかる。だからあまり邪険にはできないのだった。
今回の休憩場所として適当に選んだにしては自然が豊かで眺めも良く、小春日和の木陰でハイキングするにはピッタリの場所だ。
私が気分良く石を組んでカマドを作っていると、森に枯れ枝を拾いに行っていたパメラが帰ってきた。
「おかえ…? …またなの?」
枯れ枝を抱えて引きつった顔をするパメラの周囲には、緑色で透き通った妖精さんが数匹舞っており、彼女たちは嬉しそうに笑いながら、私に声をかける。
「邪神に敗れし古き神に、我ら精霊の祝福を」
何やらキラキラと七色に輝く謎の光が妖精さんから飛んできて、私の体に吸い込まれていく。やがて光が収まると、彼女たちの姿もふっとかき消える。
ナビ子に精霊の検索を命じるとすぐ近くに反応があるので、姿が見えなくなっただけのようだ。
翻訳と光の魔法まで使ってお祝いの言葉とか、それっぽい演出にこだわるタイプらしい。
「精霊たち、古い神様の匂い、感知した」
「あー…うん、取りあえずお昼ご飯作ろうか」
パメラの鞄からお鍋を出してもらい簡易カマドにセットする。さらに彼女の詠唱魔法で水を注いで、下に敷き詰めた枯れ枝に火をつける。
乾燥野菜と燻製ベーコン、あとは塩を適量加えて煮込むだけの簡単料理だ。それだけではお腹は膨れないので、付け合せに保存期間が長く固い黒パンも用意してある。
私は家庭料理なら作れるが、こっちの世界の食材には詳しくないし、王女様も料理はもっぱら食べる専門である。
「アヤカ、神様?」
「何度も言うけど、私は神様じゃないよ。何処にでも居る普通の人間」
休憩を取るたびに近くの精霊からいちいち祝福を受けるので、このやり取りも正直数え切れないほどしている。
生まれてから平穏に生きてきて、女子中学生をしているのだから、私が神様であるはずがない。
些か人間離れした力を振るってはいるが、それはそれ、これはこれだ。
それにもし精霊の言っていることが本当でも、勉強も運動も平凡な人間なので、たとえ神様の力を得たところで、邪神を瞬殺できるほど強くなれるはずがない。
「でもアヤカ、邪神を倒してる」
「パメラ。あの巨大怪獣は邪神じゃなくて、ただの魔物なの。
騙されちゃ駄目だよ」
「えっ? そっ…そう、なの?」
大体邪神とか豪語している存在が、平凡な女子中学生に瞬殺されるはずがない。それに同じ種類の怪獣が何体も居る時点で、邪神のバーゲンセール過ぎる。
つまり一撃で葬れるのはただの魔物。以上、証明終了。
「きっと北の果てに居るのが、本物の邪神なんだよ」
「北の果ての大陸、大邪神居る。噂」
「大邪神? ならそれが普通の邪神だね」
鍋のスープをオタマでかき混ぜながら、深刻な表情をするパメラの噂を軽く流す。
一口味見するとなかなか良くできているが、乾物ばかりでは栄養も味も偏って、何よりやはり飽きてしまう。
正直邪神の軍勢と戦うよりも食欲を満たせないほうが、私にとっては圧倒的に苦痛なのだった。
北の最北端の城で邪神の軍勢を押し留めたのが功を奏したのか、今は無数に分裂して各国を別々に攻撃しているようだ。
その中の一つが真っ直ぐに南下して、もっとも距離が近いパメラの伯父の国を攻めていた。
「うーん、ちょっと数えきれないかな」
「あれが、邪神の軍勢の、一部」
バラバラに分かれたとは言え、元が何百万ならば一部隊でもとんでもない数になる。
ナビ子が感知するギリギリを維持して、国境近くの町を攻めている邪神の軍勢の様子を、崖の上からこっそり伺う。
ちなみにパメラには私が双眼鏡を貸している。いざという時のために、あったら便利な地球産の道具を大西さんに持たされているのだ。
しかし登山用のリュックサックが犠牲になるたびに、全て買い替えないといけないのが本当に辛い。
「町はもう保たない。騎士も兵士も、貴族も民も国も全て、邪神の生贄にされる」
「大丈夫。アレぐらいなら何とかなるよ」
顔面蒼白なパメラを元気づけようと、私は微笑んで大したことはないと口に出す。
しかしのんびりしている暇がないのも事実であり、静かに右手を前に突き出して、視界に入っている怪獣サイズの魔物を狙う。
そのまま敵の射程外から超重力砲の魔力を溜めていく。
「それじゃ、まずはでかいのを一掃…っと!」
狙うのは空飛ぶクラゲ、毒々しいキノコ、手足の生えた赤薔薇、全身毛むくじゃらの巨人の四体だ。
町の石壁に近づいて兵士や騎士を攻撃しようとしているのは、全て魔物であると判断して駆除を開始する。
「超重力砲! 照準合わせ! 全弾発射!」
速攻でぶっ放して、怪獣を全て消し飛ばして巨大な岩に変える。空を飛んでいたクラゲが大きな魔石なって落ちてきたので、下に固まっていた魔物の多くが巻き込まれて、押し潰されたり吹き飛ばされていた。
最近は超重力砲の連射にも慣れてきたのか、視界に入っていれば数は関係なく、魔力と集中力の続く限りは一斉攻撃ができるようになった。
ちゃんと標的分の黒玉を溜めなければ発射はできないが、便利なのには違いない。
とにかくこれで怪獣四匹を倒したので、あとは残りの魔物を処理するだけだ。質はともかく数だけは多くて面倒だが、やるしかない。
様子を見る限りでは既に石壁の何箇所かは崩されており、兵士や騎士が通すまいと頑張ってはいるものの、津波のように押し寄せる敵には太刀打ちできない。
おかげで隙間から町の中へと、続々と侵入している状態だ。
「町の人間の数が少なければ、自動追尾弾で一掃できるんだけど」
「アヤカ、あの町には、何万もの民が…」
「うん、わかってる。言ってみただけだよ」
プロの軍人や冒険者、自分のことを知っている調査隊メンバーしか居なかった島とは違う。
きっと町の人は、飛び交う自動追尾弾を魔物の攻撃だと勘違いして恐れて逃げ惑い、自ら射線上に入ったり、押し合いへし合いで乱闘騒ぎになったりと、私のせいで犠牲がでてしまうだろう。
しかも障害物も人も多いというのが、誤射の確率をさらに上げている。
「超重力砲と違って自動追尾弾は目で追える速度だから、距離が開くとどうしてもズレが出るんだよね」
島と同じように上空からの一斉掃射も考えたが、市街戦で敵味方が何万も入り混じっているのだ。
いくら賢いAIだろうと、射線上に入るなって、アタシ、言わなかったっけ? …となる可能性も出てくる。
現在までフレンドリーファイアは一人も出ていないのだが、世の中に絶対はない。
「制限付きの自動追尾弾を使うよ。その際にシャボンバリアで直接乗り込んで掃討。
パメラは兵や民の混乱を防ぐために、大声で告知する役ね」
「了解。アヤカのために、頑張る」
いくら見知らぬ異世界の人間でも、自分が手をかけるのは抵抗がある、それでも魔物による犠牲が増えるよりはマシだ。
しかし石壁の外はともかく、今は町がどのような状況になっているのかまるでわからない。
「高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処するよ! 行くよ! パメラ!」
「了解! アヤカ! 邪神の軍勢を! 掃討する!」
四角形のシャボンバリアをいきなりフルスロットルで崖の上から飛び出す。最高時速は三十キロだが障害物を無視して空中を移動できるので、町を襲っている邪神の軍勢との距離はみるみる縮まっていく。
「あっ…アヤカ! 怖い!」
「しまった! パメラは高所恐怖症だったよ! 高度下げるから、ちょっと待ってて!」
青い顔のパメラが両足を震わせながら私に抱きついてきたので、そう言えば翼で空を飛ぼうとしたときも怖がっていた。
私は速やかに高度を下げて、森の木よりも少し高いぐらいを維持して、敵軍の横っ腹を目がけて一直線に突っ込んでいく。
「自動追尾弾を展開! 射程五百メートル! 射線確保と同時に掃射!」
私の言葉が終わるや否や無数の小さな黒玉がシャボンバリアを囲むようにドーナツ状に展開する。
ただし視界を塞がないようにと、私の顔よりも低い位置を維持している。
今回の作戦は、敵との距離が離れるほど予想外の動きで誤射率が高まるなら、射程を短くすればいい。
さらに人や障害物を避けさせるのではなく、銃身そのものが移動して射線を確保すれば、もっと事故は起きにくくなる。
ただし魔物を掃討するためには忙しく走り回らなければいけないが、そこはまあ仕方ない労力だと割り切る。
「戦闘開始!」
途端に風を切る音が四方八方から聞こえ出し、自動追尾弾が魔物の群れを次々と消し飛ばしていく。
当たれば一発で消え去ることから魔法抵抗力は低いようで、空間が歪曲した後には肉片どころか魔石しか残っていない。
だが低ランクのダンジョンに出てくる敵でも一般人には脅威だし、冒険者でも油断すれば殺られる時がある。
なので私は決して慢心はせずに、最後の一匹まで念入りに駆除しなければいけないと、気を引き締めるのだった。