水と食料は手に入ったけど…
鎧装備の美少女に抱きつかれて石畳の上に押し倒されるとか、メイドフォームの私でなければ怪我をしていた。
何とか力押しで引き剥がしたものの、パメラはその後、言葉は通じないが熱心に話しかけてきた。
やはり何を喋っているのかわからないため、沈黙を貫くしかない。おかげで私の罪悪感がヤバいことになっている。
そんな精神状態で廃墟の町を歩き、目的地が段々と近くなってくると、大きな建物の近くに巨大な何かがあることに気がついた。
『前方一キロメートル、邪神です。ご注意ください』
「えっ? 邪神? …何?」
「……!?」
何やら今聞き逃せないことをナビ子が口にしたような気がして、前方一キロメートルを注視する。
するとそこには、数十メートルもある巨大なゴリラが、一段高い廃墟を枕にして、グースカ眠っていた。
多分だが、あれは島で見た怪獣だろう。
隣のパメラが青ざめた顔で叫んでいるが、私は気にすることなく右手を前に出して、しっかりと構える。
油断して眠っているなら、今が好都合だ。
「超重力砲! …発射!」
私が口に出すと同時に着弾して、頭部を失った巨体がぐらりと傾く。そのまま土煙あげて地面に倒れ込み、数十メートルもある怪獣は、あっさりその命を終えた。
「……!? アヤカ! …! ……!」
「そのキレイな顔をフッ飛ばしてやる…だよ。元ネタは知らないけどね」
一キロメートル先からの狙撃でも問題なく頭部を消し飛ばせたので、視覚で見て、自分が認識できていれば、超重力砲は問題なく命中するようだ。
とにかくリュックサックを下ろすまでもなく邪魔する怪獣はやっつけたので、さっさと目的の食料を確保しようと再び歩き出す。
「アヤカ! ……!」
呆然としていたパメラが先を歩く私に追いつき、オークの時よりも熱心に話しかけるが、相変わらず言葉がわからない。
でも吹っ飛ばした巨大なゴリラの顔は、あまり綺麗じゃなかったな…と、再び案内通りに歩きながら、そうぼんやりと考えるのだった。
西洋風の廃城をナビ子の案内通りに探索すると、あっさり食料庫に辿り着いた。扉には魔法の錠前がかかっていたので、暗黒剣で叩き斬ってから、さらに蹴破って強引に侵入する。
しかし廃墟の町を歩いても人の死体は何処にもなかったが、何故か一キロメートル辺りから野ざらしの屍を見かけるようになった。
隣のパメラなんて明らかに顔色が悪く、知り合いでも見つけたのか、時折立ち止まっては何やら祈りを捧げている。
私の場合は人型の魔物を殺すのに慣れてしまった影響か驚きはするが、どうにも生死の価値観が麻痺してきていた。
不快感を覚えて気持ち悪いとは思うが、嘔吐せずに済んだのは幸いだった。
だがいくら魔物を殺すのに慣れているとしても、地球の人たちが殺されていたら、きっと耐えられなかった。
巨大ゴリラを死体蹴りするぐらいは、ブチ切れていたはずだ。
「はぁ…ここが異世界で良かったよ」
私はここにきてようやく、自分が異世界に居るのだと認めた。
中世ヨーロッパ風な町だけでなく、言葉や文字も未知のものだったし、何千もの冒険者の装備品を規格統一するのは、地球では不可能に近いからだ。
これまで必死に拒んできたが、いい加減認めるしかない。あちころに転がる無残な死体を見て、私は仕方なく現実を受け入れようと覚悟を決めたのだ。
「そうしないと、今度は別の意味で平静が保てなくなりそうだしね」
パメラと同じ異世界人なら、その死は悲しいがまた耐えられる。代わりにここが地球ではなく、異なる世界であり、日本への帰還が困難という現実を認めることになる。
だが個人的には、そちらのほうが気分的にまだマシだった。
「やっぱりあったんだ。アイテムボックス」
食料庫から手当り次第に鞄の容量を無視して詰め込んでいくパメラを眺めながら、魔物や便利道具は、この世界が元になっているのかもと想像する。
「でも、これからどうしよう?」
食料も水も確保は可能だが、ずっと廃墟暮らしするわけにはいかない。
何より私は、日本に帰りたいのだ。何処とも知らない異世界に骨を埋める気は毛頭ない。
「アヤカ!」
「パメラ、終わったの?」
「…!」
すっかり綺麗に片付いた食料庫を背景に満足そうに頷くパメラだが、次に取った行動は私の手を引っ張って、ここではない何処かに連れ出そうというものだった。
何だかわからないが、彼女なりに伝えたいことがあるのだと察して、私は素直に付いて行くことにした。
パメラに連れられて来たのは、激しい戦いがあったのか荒れ果てた謁見の間だった。
奥には騎士や兵士たち大勢に守られていたのか、身分の高そうな中年の男女の死体が折り重なるように倒れていた。
城内も酷かったが、ここはもっとも被害が大きかったようだ。
私の隣の美女は広間の惨状を一目見て、すぐに悲しそうな表情で膝をついて深く祈りを捧げる。
「………! …!」
祈りが終わったのか、おもむろに立ち上がりこちらに向き直ると、自らの鎧の紋章を指差す。次に床に転がっている血塗れの王冠を拾い、私に見せる。
「ええと、何が言いたいの? んー…紋章? …もしかして」
しかしこの考えが本当に正しいのかわからないので、私は出しっぱなしにしていたナビ子に確認を取る。
「…ナビ子、この国の王女様は何処に居るの?」
『前方一メートル。王女パメラ周辺です』
「…! …! アヤカ!」
彼女は私に通じたことが嬉しいのか、涙を流しながらこちらの両手を取って大喜びする。嬉しいのはわかるが王女様はもっと慎み深いものだ。
しかしこれは異世界飛ばされて創造主様との接続は当然切れており、生中継をされることはないのだろうが、地球に帰還するまで厄介事には事欠かなそうだ。
この先は相当厳しいものになる予感をヒシヒシと感じて、私は大きな溜息を吐くのだった。
これからどうしようかと悩んでいると、何やら彼女に考えがあるらしく、一人で何処かに勝手に歩き出したので黙って後を追う。
自分が漆黒の翼を出して飛べることを直接伝えたのだが、涙目になって必死に首を振るので、きっと高いところが苦手なのだ。
と言うことで、ここは現地人のパメラの提案通りに、地上ルートを選択することに決めた。
「……!」
「まあ、普通に考えても馬は全滅してるよね」
やって来たのは兵舎の隣の馬小屋だが、繋がれていた馬たちは皆、魔物に殺されるか食われるか、餓死したようで、残念だが全滅していた。
地上の移動手段を確保しようとしたようだが、開始早々パメラの計画は失敗してしまった。
それならば速度は負けるが、私にも馬に変わるような移動魔法を知っているので、プランBに移行する。
「はぁ…これならどう? シャボンバリア! ハーフサイズ!」
「…!?」
私とパメラを中心にして、大型エレベーターサイズのシャボン玉の下半分が現れる。
直径五メートルの半円で柔軟性が高いので、その場で四角形をイメージして構図変更を行う。
「パメラ、これなら大丈夫でしょう?」
「アヤカ! …!」
地面から三十センチほど浮かせるように命令して、スレスレを飛行する。原付バイクくらいの速度は出るから足で走るよりは早いし、雨が降ったら上半分も展開すればいい。
防御力は低くなるが自動追尾弾を周りに展開できて視界も妨げないので、現地人のパメラに道案内を頼むこともできる。
取りあえずは、城の外に向かって微速前進である。スピードメーターがないため今が何キロ出ているかは感覚で測るしかないが、最初はパメラが怖がらないように、低速で慣らしていくつもりだ。
「パメラは何処に行きたいの?」
「…!」
私が身振り手振りで伝えるとパメラが前方を指差したので、そちらに向かって少しずつ加速する。
あまり速すぎると地形の把握が困難になりそうなので、まずは彼女が困らないように様子を見ながら微調整していく。
その間に自分にできることをしておかないとと、王女様に頼み事をする。
「あのさパメラ。もし良かったらだけど、こっちの言葉を教えてよ」
「…?」
「えっとね。話す…言葉を?」
「…! アヤカ!? …! ……!」
自分の唇に指でそっと触れて、次にパメラの口を指差すと、彼女は急にタコのように真っ赤になって、恥ずかしそうにモジモジと体をくねらせる。
一体何を連想したのか。やはり異世界の言葉を覚えるのは難しいと、私はシャボンバリアを操縦しながら、ガックリ肩を落とすのだった。