初めてのダンジョン探索
ゴブリンの広間を抜けた先に広がる石造りの廊下を、方眼ノートにマッピングしながら歩いて行くと、小部屋に辿り着いた。
横道はなく行き止まりのようで、そこには古めかしい木箱が一つ置かれていた。
「こっ…これは! もしかして宝箱!?」
宝箱には罠がかかっておらず、ダンジョン内を徘徊する敵と同じで、自然に沸く物らしい。
当然のように私は一目散に宝箱を目指して突撃し、勢い良く開け放つ。すると中には謎の文字が書かれた羊皮紙が二枚と、赤い宝石がはめ込まれた腕輪が入っていた。
「んー…スクロールと腕輪かな? 鑑定スキルを持ってないからこれ以上は何もわからないや」
初心者ダンジョンや浅い階層で手に入る物などたかが知れているが、魔物と違って宝箱はなかなか沸かないし、素材や魔石よりもレア度が高いので見つけたら本当に幸運だ。
アイテムを全てランドセルに収納すると、空っぽになった外箱は煌めく光の粒子になって、地面に吸い込まれるように消えてしまった。
過去に宝箱ごと回収しようとした冒険者が居たらしいが、不思議なことにどんなに屈強な者でも、その場から一切動かせなかったらしい。
「売ればお金になるよね」
スクロールに書かれている言葉を読み上げると、まだ覚えていないはずの詠唱魔法か特殊技能がすぐに修得できる。そして腕輪が呪われていなければ、装備した者は何らかの加護を得られる。
だが個性タイプの私は、魔法も技能も手探りで修得していくしかないし、ダンジョン産の装備はメイドフォームに弾かれてしまう。
拒絶反応も個人差があるらしいが、取りあえず自分には無理だった。
「このメイド服は便利だけど、ある意味呪いの装備みたいだよ」
しかしメイドフォームに変身できるから、中に入れるのだ。
これが魔法を使えない一般人ならば、ダンジョン産の装備一式を買い揃えてから、役所で冒険者証の手続きをしなければいけない。
見た目は鉄や銅の剣でも十万円以上の値段がつくのだから、私のような貧乏人ではとても手が届かない。
そしてそこまでしてダンジョン攻略をしたいかと言えば、うーんと首を傾げながら、私は来た道を戻り、スライム二匹を討伐した広間まで戻ってきた。
「次は左の道を行ってみようかな」
昼飯を食べてから突入したのだが、スマートフォンの電源を入れても何も映らない。ダンジョンの中では、やはり電化製品が使えないようだ。
しかし腹具合から時刻は大体三時ぐらいだろうと見当をつける。
念のために持ってきたカロリーメイトのチョコ味を、赤いランドセルの中から取り出して小さな口でモグモグする。
節約のためにお茶を詰め込んだ五百ミリペットボトルで、しっかり水分補給を行った。
魔物はまだリポップしていないようで、休憩が終わった後は方眼ノートにマッピングしながら、一階層を順番に埋めていく。
次の広場には前方と左右に通路が分かれていたので右から順番に調べていくと、最初に下に降りる階段を発見した。
まだ残りが埋まっていないのですぐに引き返し、別の通に向かうと広間に突き当たり、杖と盾持ちのゴブリンが一匹ずつ待ち構えていた。
「先手必勝!」
同じ失敗は繰り返さずにシャープペンを左手に素早く持ち替え、右手の先から高速で射出された超重力砲に飲み込まれた緑の小人たちは、一秒足らずで魔石へと姿を変えて、石畳の上にポトリと落ちる。
生々しい血肉を見なくて済むので良いが、素材は小石しか回収できないので、単純に殺傷能力極振りであり、冒険者向きの魔法ではない。
「そう言えば、魔力消費とかどうなってるんだろう?」
黄色い石ころを拾ってランドセルに収納しながら何となく考えてみるが、個性魔法で装備を出している間は緩やかに消費し続ける。そして能力を発動させると減りが早くなる。
「感覚的には、まるで減ってる気はしないけど」
方眼ノートにマッピングをして、残る左の通路に向かいながら首を傾げる。
消費が少ないのか、私の魔力が多いのかは知らないが、今のところは平気なので、多分使うよりも自然回復する速度が早いのだろう。
おまけに普段は運動音痴のロリっ子なのに、変身してからどれだけ歩いてもまるで疲れる様子がないし、いつもよりも素早く動けている。
きっとこれも、メイドフォームの特殊効果の一つで、身体強化と言ったところだろうか。
「何だか、もうずっと変身していたほうが良い気がしてきたよ」
だが中学校は指定の制服だし、黒地で派手な装飾とフリフリのメイド服を着たまま、外を出歩くのは恥ずかしい。
昔は売れっ子のファッションモデルだった祖母は、とても良く似合っていると褒めてくれたが、そういう問題ではないのだ。
「それに外で魔法を使うのは、非常時以外は禁止されてるしね」
ヨーロッパやアメリカでは許可されていると聞いたが、日本では魔法の使用は原則として禁止されている。
危険なことに使わなければ見逃してはもらえるが、それでも堂々と使えるものでもない。
「…っと、行き止まりだね。一階層はこれで全部回ったかな?」
広間に突き当たったので、待ち構えていた青スライムに間髪入れずに超重力砲を射出して、三つの魔石に変える。それを拾ってランドセルに詰め込み、周囲を見回すが他に通路はない。
一階層の探索がすんなり終わったことから、どうやら本当に低ランクダンジョンのようだ。
「お腹の具合からしてそろそろ五時だろうし、一度引き返そうかな」
よいしょっとランドセルを背負い直し、明日は朝から二階層を探索しようと、気持ちを新たにする。
魔石やアイテムの販売については、隣町には専用の施設があるらしいが、地元の清水村は田舎なのでそんなものはなく、役所の魔法科が買い取ってくれるが、卸すたびに面倒な手続きを行う必要がある。
「面倒で時間がかかるから、たくさん溜めて一括で卸そうかな」
一階層のマッピングは済んでいるので、帰り道は何処かに隠し部屋や宝箱はないかなと、キョロキョロ見回しながら歩く。
スキルもなしに発見は困難だが、念のために注意深く調べるのだ。
だが結局何も見つからず、途中でいつの間にか復活していたスライムとゴブリンを再び魔石に変えて、私のダンジョン探索一日目は終わったのだった。
お昼のお弁当とペットボトルのお茶、あとは適当にお菓子を選んで、今日は朝からダンジョン探索二日目である。
昨日回収した物品は家の倉庫に放り込み、しっかり鍵をかけて出発だ。ちなみにお弁当は、鮭とカツオと梅干しのおにぎりで、三つまとめてラップに包んである。
「ゴミはダンジョンが分解してくれるし、ある意味エコかも」
メイドの衣装に変身して、二階層に続く階段を降りていく。なおゴミだけでなく死体も分解されるので、もしダンジョン内で死亡した場合、早く回収しないとあっという間に白骨化して、一ヶ月もしないうちに跡形もなく消えてしまう。
万一の場合の遺品回収はお早めにということだ。
「んー…二階層も上と変わらないかな?」
方眼ノートを開いてマッピングを続けていると、地下二階も石造りで気温や湿度も一階と変わらないことがわかる。
取りあえず何の気なしに通路を歩いて右に曲がると、毛むくじゃらの犬人間といきなり対面した。
「へっ? あっ…!?」
これまで魔物は広間で待ち構えているパターンだった。通路を曲がった瞬間にバッタリ遭遇するとは思わなかった。
私を見つけて襲いかかって来ても慌てず騒がずで迎撃できるが、いきなり至近距離で出会ったことはなかった。
驚きのあまり身を固くする私と違い、毛むくじゃらの犬人間のほうが先に動き、持っている短剣を振り下ろしてきた。
反射的に両手で顔を庇ったが、これには何の意味もなく、向こうの攻撃はこちらのお腹の辺りに当たった。
だがメイド服を傷つけることができずに、刃物はそこで止まっていた。
「こっ…今度はこっちの番! …超重力砲!」
ゼロ距離で黒玉を作り出して犬人間にぶつけると、瞬時に魔石に変わったので回収しておく。
そしてダンジョン体験授業で人に近い魔物を倒す練習をしておいて、本当に良かったと実感する。
「んー…超重力砲を自動化して魔物を追尾するように…」
今回のような不意打ちは怖いので、小さな黒玉をいくつか浮遊させ、魔物を発見次第で自動で追尾して攻撃するように設定する。
本当にそんなことができるかは不明だが、個性魔法自体がよくわかっていないので、私ができると信じていれば、きっと不可能はないのだろう。
「三つあれば十分かな? たくさん浮かべたら邪魔になるよね。
あとは威力が高すぎると事故が怖いから、連射速度で…」
野球のボールサイズの魔法が、私の左右と後方の視界の邪魔にならない辺りを、フヨフヨと浮遊させる。
取りあえず黒玉の何処に目があるかは不明だが、これで魔物を見つけ次第に攻撃してくれるはずだ。
「これなら私はマッピングに集中できるし、便利かも」
スライムだろうがゴブリンだろうが関係なく、使用者依存らしく私の視界と同程度で魔物を発見すると高速で追尾して黒い膜で飲み込み、後には魔石だけが残る。
なお、事故を避けるために威力を弱めて一個につき一体しか倒せないが、浮遊する黒玉はすぐ補充されて、その分連射速度を強化している。
なので私は方眼ノートにちまちまマップを書き込んだり、落ちている綺麗な小石を拾ったり、ワクテカしながら宝箱を開けたりしていた。
するといつの間にやら、ダンジョンの二階層もあっさり踏破してしまったのだった。
三階層に踏み込む前に階段の前でお昼ご飯を食べて、ゴミのサランラップは丸めて捨ててダンジョンに分解してもらい、ランドセルの開いたスペースにドロップアイテムを入れて持ち帰るのだ
ダンジョン産のアイテムボックスが欲しいところだが、私のメイド服は異世界装備の全てを拒絶するので、持ち歩くのはともかく使うのは無理だ。
拡張性は詠唱魔法のほうが上なので、実際に攻略している今、凄く羨ましく思える。
なお拒絶反応には個人差があり、効果の低い道具なら扱えるが、自分には光の魔石のランタンさえビリビリ痺れるので、ダンジョン産の便利グッズとは縁がなかったのだと諦めるしかない。
「思わぬ落とし穴だけど、ダンジョン攻略はメイドフォームじゃないと困るからね」
少しでも効率良く探索するためには、荷物持ちや他の冒険者の人を雇うという手段もあるが、威力を抑えたとはいえ、自動追尾弾に巻き込まれたら、命の危険や怪我は避けられない。
ならば結局一人で探索するほうが、何が起きても自己責任で済んで気楽である。
「魔法の威力が高すぎるのも困りものかも」
私は巻き込まれてもノーダメージだが、いくら選別できるからといっても、もし事故が起きたらと想像すると怖い。
これでもかなり抑えたのだが、当たれば魔物が一撃で消し飛ぶのだ。誤射しても大丈夫かを他人で試す気にはとてもなれなかった。
沈んだ気持ちを切り替えて探索を続け、相変わらず地下三階でも無双しながらちまちまマッピングをしていると、上階よりも僅かではあるが暗くなっていることに気づく。
快適な気温と湿度なのは変わらないが、四階に続く階段を見つけて階層の探索が終わったので、取りあえず今日は引き上げることに決める。
引率の冒険者も、家に帰るまでがダンジョン探索だと行っていたので、余裕があるうちに引き上げなければいけない。
ついでに背負ったランドセルから魔石が溢れそうで、これ以上は本当に不味かった。
疲労は全く感じないし問題なく持てるのだが、代わりの入れ物を持ってきてないので、アイテムを見つけても持ち帰れないのが辛い。
明日は手が塞がっても良いので、肩に駆けるお古の手提げ鞄も持ってこようと、私は心に決めたのだった。