女騎士が勝手に仲間になりました
金色の長髪とエメラルドの瞳が綺麗で、スタイル抜群な美女を助けた私だったが、心地良くて幸せな夢から覚めたら布団に寝かされていた。
そして申し訳なさそうな表情をした女性が、すっかり元気になって隣で体育座りしていた。
エリキシル剤を飲ませるために色々した気がするが、何故か思い出せなかった。そもそも病人に薬を与えるだけで、何やかんやがあるはずがない。
きっと一週間ぶりに人に会えた嬉しさで、精神的な疲労が一気に出て眠ってしまったのだろう。
「…? ……!」
「…ええと」
目が覚めた私に気づいたのか、体育座りしている金髪の若い女性が興奮気味に話しかけてきたが、残念ながら言葉がまるでわからなかった。
私は中学英語の成績は可もなく不可もなしなのだが、それとはまるで異なる言語な気がする。
「…! ……!」
「ごめん。言葉がわからないの」
「……?」
上半身を起こしてかけられた毛布を退かして、首を振ってわからないと伝える。髪が金髪なら英語が通じると思っていた私は、初っ端から出鼻を挫かれた。
しかし無事に一命を取り留めたので、咄嗟の判断でエリキシル剤を飲ませて良かった。
とにかくまずは自己紹介と、胸の前に手を置いて何度も名前を繰り返す。ついでにリュックからも方眼ノートと筆記用具を取り出して、日本語で記入して見せてみる。
「ええと、…私の名前は、小坂井、彩花」
最初は首を傾げていた彼女だが、やがて意図に気づいたのか。私が名前を口に出した後に、そっくりそのまま同じ動きを行う。
方眼ノートとシャープペンを貸すが、使い慣れていないのか苦戦しており、終わった後には地球では見たことのない謎の文字が書かれていた。
「……! …パメラ! …パメラ!」
「なるほど、パメラ」
私は彼女に向かってそっと右手を差し出したが、しばらくこちらの手をじっと見つめるだけで、握手をしようとはしない。もしかして文化が違う国の出身なのだろうか。
ならばと取りあえず手を引っ込めて、貸した方眼ノートとシャープペンを返してもらい、リュックサックに仕舞う。
私はよいしょっと立ち上がりながら、パメラに声をかける。
「パメラに色々聞きたいところだけど、言葉が通じないと無理だよね。
峠を越えて元気になったし、私が居なくても何とかなるでしょ」
現地人に尋ねて情報を収集するのは大切だが、まるっきり言葉が通じないのでは難しい。
時間をかければ意思疎通も可能になるが、残念ながら水や食料は既に尽きかけている。大岩の内部の貯蔵物資も残り少ないようで、保って数日だろう。
二人揃って餓死はごめんなので、まだ動けるうちに食料調達をしなければいけない。
「じゃあ私は行くけど、パメラはここで待っててね」
「……アヤカ!? ……!」
「いやいや、ちょっと外に食料探しに行くだけだから。夜までには戻って来るよ」
四つん這いになって大岩の隙間から外に出ていこうとする私のスカートの袖を、パメラがギュッと掴んだまま、泣きそうな顔で必死に首を振ってイヤイヤしている。
しかし見た目十代後半ぐらいの金髪ロングの美女が、涙目になって懇願する姿は罪悪感が酷い。
別に悪いことはしていないのだが、言葉が通じないのがここまで厄介だとは思わなかった。
「ええと、…食料と水。外に探しに行く…で、通じるかな?」
何度か指差しながらパメラに意思表示すると、しばらく首を傾げて考えていたが通じたのか、彼女は真面目な顔をしてコクリと頷く。
「…! ……!」
そして個室の隅に歩いて行き、何やら魔石の装飾と紋章が見事な、鎧と長剣を引っ張り出し、順番に身につけていく。どうやら彼女も一緒に付いて来るようだ。
大きな胸とお尻で女騎士は無理でしょ…と思わなくもないが、問題なく装着が完了したので、ダンジョン産の武具は使い手のサイズに自動で調整してくれることを思い出した。
「なるほど、パメラは同業者だったんだね」
しかし腑に落ちない点もある。自意識過剰と言われても仕方ないが、今の自分は地球規模の有名人で、私のことを知らないはずがないのだ。
食料調達だと通じたのならば、パメラが待機しているほうが効率が良いのに、彼女はわざわざ負担を増やす行動を取っている。
義憤に駆られたのか、本当に知らなかったのか、今の時点でははっきりと断言できないし、私はある可能性を頑なに拒んでいた。
「…! アヤカ!」
「そうだね。行こうか。パメラ」
準備ができたのか勇ましい女騎士の姿に変わったパメラは、先に大岩の外に行く役目を譲らずに、緊張しながら前に進んでいく。
すっかり元気になったのは良いが、見た目弱そうに見える私を守るつもりなんだろうなぁ…と、言葉が通じないのは不便だと、身にしみて理解させられたのだった。
大岩の外に出た女冒険者二人は、まずは周囲を見回して、近くに魔物が居ないことを確認する。
言葉の通じない外国人のパメラを守りながらでは、魔法を使うのも一苦労であり、自動追尾弾を封印する縛りプレイを余儀なくされる。
「それじゃ、ナビ子。水と食料がたくさんある所に案内して」
「……!?」
小さな妖精に姿を変えた私を呼び出して命令すると、パメラが大げさに驚いて一瞬長剣に手をかけたことで、やはり自分のことは知らなかったのだなと納得する。
とにかくナビ子の指差しと案内を聞いて、女冒険者二人組は廃墟の町の探索を開始することになった。
途中で他にも生存者が居ないか手乗り妖精に尋ねてみたが、残念ながら反応なしなので、隣を歩く彼女以外には居ないようだった。
歩きながら懐中時計を見ると時刻は朝の七時なので、結局昨日は大岩の中で一泊したらしい。
それにしてはお腹が空いた感じはしないので、もしかしたらエリキシル剤によって一時的に満たされたのかも知れない。
だが効果が永久に続くものではないし、やはり食料調達は急務である。途中でパメラをシャボンバリアに包んで、飛んでいったほうが早いのではと考えた。
しかし自分のことを知らない彼女が、恐慌状態になるのは目に見えているので、無用な混乱を避けるために、廃墟の町を歩いて進むことに決めた。
それにしても人っ子一人どころか死体も何処にも見当たらない。キョロキョロと辺りを見回しながら案内通りに進んでいるが私には、住民全員が夜逃げして破壊された町のように思えた。
『前方百メートルの先の十字路を、右方向です』
「…? …!」
ナビ子が案内メッセージを口に出すたびに、パメラが熱心に話しかけるのを見ていると、何だかぬいぐるみを相手にお話する女の子みたいだ。
そして遠くに見える一際大きな城跡の距離が近くなっているので、目的地はどうやらそこのようだ。
『前方一キロメートル、魔物が三体接近中です。十分後に接敵しますので、ご注意ください』
「……!? …!」
ナビゲーションの効果範囲が広くなっている割には、日本に帰還するルート検索が一切反応しないことに、はぁ…と肩を落とす。
そして今の案内を聞いてパメラの顔つきが明らかに変わったので、もしかしたらナビ子の言葉は、彼女にも普通に通じているのかも知れない。
だがそこに気づいてもどう活かすのかが全く思いつかないのが、私の頭の悪いところである。
「取りあえず剣と盾を…」
「アヤカ!? ……!」
「ごめん。多分上手く説明できない」
右手に剣と左手に盾を作り出すと、パメラが驚きの表情で私をマジマジと見つめる。
多分説明して欲しいのだろうとは察するが、言葉も文字も通じないので、上手く伝えられる気がしない。
背負った荷物を下ろしてシャボンバリアを展開し終わると、鼻息を荒くしてやる気十分な剣盾持ちのオーク三体が、前方から凄い勢いで駆けてくる。
「…アヤカ!?」
「悪いけど! 今はマジで余裕ないからね!」
身体強化に物を言わせて石畳を踏み抜く勢いで跳躍し、一足飛びであっという間に距離を縮めて、敵の眼前で二メートルほどの暗黒剣を横薙ぎに払う。
するとオーク三体は剣や盾ごと胴体を真っ二つに切り裂かれて地面に転がり、周囲の半壊した建物も風圧を受けてガラガラと崩れる。
「ふぅ…オークはトンカツにすると美味しいけど、油も調味料も貴重だからなぁ」
「アヤカ! アヤカ! ……!」
「おおうっ! パメラ! あんまりガクガク揺らさないで!」
絶命しているオークを横目に剣と盾を消すと、駆け寄ってきたパメラが興奮気味に私の肩を掴んで、前後に激しく揺らす。
地面にめり込むほど踏ん張れば別だが、そうでなければ体重の軽い幼女は簡単に倒れてしまう。
結局私は石畳に押し倒されて美少女に抱きつかれた状態になり、言葉が通じないから詳しいことはわからないが、多分褒められているだろう。
パメラが何度も同じ台詞を繰り返しても埒が明かないので、私が力押しで強引に退けるまで密着状態は続いたのだった。