迷子になりました
今回ガールズラブ描写がありますので、苦手な方はご注意ください
魔物の群れと怪獣を退治した私は、春休みに島の大穴を探索することになった。
それは別に良いのだ。高難度ダンジョン探索には慣れているし、単独RTAはいつもと何も変わらない。
巨大怪獣がちょっと強くて、内部も広いかな? …程度であり、自分にとってはクリアーまでの時間が伸びるぐらいだ。
それに進行速度は遅くても、無傷で最後まで踏破するのは変わらず、攻略を開始して一週間後、ようやく最深部のフロアボスを一撃の元で葬り去った。
山程の大荷物を担いだ私は、転移の魔法陣に入って懐かしき地上に帰還する。…はずだった。
「…ぐすん。もうお家帰りたい」
何故か転移したのは大穴の外ではなく、見知らぬ朽ちた神殿の祭壇だった。
まさかの転送事故かと思ったが、地球の何処だろうとナビ子に任せれば、いつでも我が家に帰れる。
落ち着きを取り戻して尋ねるが無反応であり、帰還ルートの案内は一切なかった。
「はぁ…ここ何処なの? 周りは見たことない文字ばかりだし。
もしかして、まだダンジョンの中とか?」
戦争でもあったのか、あちこち崩れた神殿内部を見回すと、高さが三メートルほどもある巨大な石像が、ズラリと並んでいた。
腕や足、頭が取れて損傷が激しいが、素人目でも何者かに破壊されたのだとわかった。
「…この石像、私のメイド服と似てる気がする」
荷物を担いで転移先の祭壇から離れて、何処に続いているか不明の通路を歩いていると、ズラリと並んでいる石像の一つが、自分の着ているメイド服とそっくりな物を身に着けていることがわかった。
手足と首から上が折れたり砕けたりしているが、胴体部分が台座近くに転がっており、体の起伏から女性像だと判別できた。
「でもスタイルは、私と似ても似つかないかも」
ボン・キュッ・ボンの女性像を羨んでいても仕方がないので、巨像が並ぶだけで横道が一切ない緩やかな上り坂を、ただただ真っ直ぐに進む。
今の所は迷う心配はないが、ナビ子のルート検索があてにできなくなってしまった以上、自力で脱出するしかない。
ただし物陰に潜んでいる魔物は感知することから、周辺マップがわからないだけで、一応魔法は発動しているらしい。
地上かと思って自動追尾弾は展開していなかったが、ゴブリン数匹程度なら素手でくびり倒せたので、何の問題もなかった。
「祭壇にあった魔法陣はうんともすんとも言わないし、本当にもうわけがわからないよ」
愚痴をこぼしながらでも歩き続けないと、いつまで経っても出口に辿り着けない。
だが果たしてこのまま進んでいいのか。もしかして祭壇の魔法陣が輝きを取り戻しており、引き返したほうが正解なのでは?
…と不安になってきた時、強化した視覚が太陽の光を捉えた。
「もしかして…出口? やったーっ!」
もうすぐ外に出られるとわかり、自然と足も軽くなる。もしかしたらこのまま一生薄暗い神殿の中を彷徨うのではないかと不安に思っていたが、案外早く脱出できた。
速歩きから駆け足になり、最後には身体強化に物を言わせた全力疾走で砂煙を巻き上げながら、太陽の光が眩しい外に、私は飛び出したのだった。
喜び勇んで外に飛び出した私が辺りを見回すと、朽ちて荒れ果てた石造りの町が広がっていた。太陽はさんさんと輝いているので、時刻は午前十時ぐらいだろうか。
背後には朽ちた神殿があるが、アスファルト舗装ではなく石畳の道が敷かれているし、電柱も何処にもない。
現代日本とは似ても似つかない田舎か、過去にタイムスリップでもしたかのような惨状に、思わず頭を抱える。
「一難去ってまた一難かぁ」
もう一週間も人間に会っていないので、いい加減そろそろ人恋しくなってきた。
何より所持している水と食料がそろそろ尽きかけているし、お風呂に入って体を洗いたかった。
いくら快適な気温と湿度が保たれるとはいっても汗や老廃物は出るので、自分は強制的に慣れさせられたが、周囲に漂う匂いがかなりキツイのは間違いない。
文明レベルが低い町にあるかどうかはわからないが、それらが見つからなければ、この先生き残れないだろう。
ウンウンと頭を悩ませる乙女の私はあることを思いつき、ナビ子に命令を出す。
「あのさ、この町で生きている人が何処に居るかは、…わかる?」
『右前方、二十メートルです』
「マジで!? 意外と近いね!」
ここまで酷く荒れ果てているので、もしかしたら大勢の人間が死んだのではと悪い予感がしたが、恐る恐るナビ子に尋ねてみた。するとどうやら生存者が居るらしい。
私は急いで案内された場所に走り、水と食料の確保、そしてあわよくばお風呂か、もしくは水浴びでも構わないので、とにかく汚れた体を洗い流したいなと思った。
「…ここ? んー…ただの大岩にしか見えないけど」
神殿の入口からそれほど離れていない石段の上に、見上げるほどに巨大な岩が鎮座しており、ナビ子はそこに生存者が居ると口に出して指を差している。
これまで誤情報を言ったことはないし、私のフワッフワな命令でも的確に処理してくれていた。ならばきっと、本当に居るのだろう。
取りあえずは考えるよりも調べてみようと、あちこち手で触れていると、やはりただの岩としか思えない。
「…あれ? 下の部分に何か?」
私の膝ぐらいの位置をそっと手で触れると、目の前にあるのはただの岩のはずなのに、何故かそこだけは素通りする。
「ふむふむ、となると幻惑魔法かな?」
私に直接かけられた魔法は無効化できるが、巨大な岩を対象としたものはそのままなので、手探りで素通りできる場所を調べて、強引に突破を試みる。
そこにしゃがんだ大人が通れるほどの穴が開いているとわかると、よいしょっと頭を伏せて四つん這いになる。
「お邪魔しまーす」
見えている大岩に突っ込むのは変な気分だが、幻惑魔法の向こう側に通り抜けると、途端に人の息遣いが聞こえ、なかなか強烈な匂いが鼻腔に直撃する。
どうやら音や匂いを遮断していたようで、相当高度な魔法がかかっているのだと理解する。
大岩内部の間取りは大体五メートル四方の部屋のようで、元は水や食料が入っていたと思わしき木箱や樽が積まれていた。
そしてカーペットの上に敷かれた簡素な布団には、一人の若い女性が横たわり、苦しそうな表情で荒い呼吸を繰り返していた。
「あわわっ! まさかの死にかけ!? どっ…どうしよう!」
原因はわからないがかなり危うい状態らしく、金の長髪とエメラルド色の瞳の若い女性は意識も朦朧としており、横穴から私が入ってきたことにまるで気づいていない。
だがいつまでも慌ててはいられないので、通り抜けるときに引っかかったら困るからと、外に置いてきたリュックサックをシャボンバリアで包んで、大岩の中に引っ張り込む。
「確か万が一のためのポーションが、……あった!」
今まで一度も使ったことがなく、ダンジョンを攻略するたびに下級、中級、上級、特級と常備薬のランクばかりが無駄に上がっていった。
自分にとっては別に貴重でも何でもないポーションだが、今こそ使いどきだ。
私はリュックサックから何本か取り出し、大西さんが書いてくれた説明を落ち着いて読む。
「ええと、赤が怪我の治療、青が魔力回復、緑が毒や病気、黄色は…って!
そもそも病状がわからなかったよ!」
せめて意思疎通ができれば病状に合わせた投薬が可能なのだが、意識が朦朧とした状態ではそれも難しい。かと言って放っておけば、このまま命を落とすかも知れない。
いっそのこと全部飲ませるべきだろうか。しかし弱った肉体を回復させるためには、体力を大きく消耗すると聞いたので、この人がそれに耐えられるかは不安が残る。
「そうだ! エリキシル剤を使えば…!」
値段がつかずに倉庫の肥やしになっている万能薬が、万が一のためにとリュックサックの中に入っているのを思い出した。
慌てて小瓶を取り出して蓋を開けて、寝込んでいる女性の枕元に移動し、虹色の液体を口元にそっと垂らす。
「ああっ! 駄目だ! 吐いちゃったよ!」
女の人は苦しいのかゴホゴホと激しく咳き込み、エリクシル剤を吐き出してしまった。手持ちの万能薬は一本だけしかなく、これ以上無駄にするわけにはいかない。
私はもはや手段を選んでいられないと覚悟を決めて、小瓶を咥えて虹色の液体を自らの口に含む。
「んっ…! 飲ん…で…!」
目の前の女性の唇を強引に開けさせ、口移しで流し込む。たとえ咳き込んで吐き出しても、自分が受け止めることで外に溢れるのを防ぎ、どれだけ時間をかけても、一滴、また一滴と、確実にエリキシル剤を飲ませていく。
そんなことをしばらく続けていると、女性の顔色が少しずつ良くなり、咳き込むこともなくなって呼吸もかなり安定してきた。
どうやら万能薬の名前は伊達ではなく、怪我や病気だけでなく、肉体の回復による疲労までもを癒やしてくれたようだ。
「ぷはぁ…峠は越えたかな……むぐっ! やめ…っ…あっ…ぁ!」
薬が効いて落ち着いたのか、これ以上は口移しで与える必要がなくなり静かに唇を離そうとすると、何を思ったのか目の前の女性が私の顔に両手を回して引き寄せる。
そのまま強引に口内に残ったエリキシル剤を舐め取ろうと、激しく舌を絡めてきたのだ。
「もう…! 一滴も残って…なっ! やめ…そこは…駄目っ!」
これには私は堪らず、生存本能の求めるままに口内を蹂躙する美しい女性に翻弄されて、四肢の力が抜けてたちまち腰砕けになってしまう。
次第に息継ぎも難しくなってきたが別に苦しくはなく、メイドフォームで死ぬことはないし、別にいいか…と、謎の心地良さに負けて早々に諦めた。
密着すると大西さんと一緒で柔らかくて温かいなぁ…と、夢見心地な感覚に身を任せて、私は気持ちの良い眠りに落ちていくのだった。