日本近海の謎の島について
結局蒼雷の騎士の皆さんと一緒に潜っていたAランクダンジョンは、五階層で攻略を断念することとなった。
私の精神状態が芳しくなかったのと、彼ら四人の実力が足りず、今後は自分一人だけで攻略するのが最善と判断したのだ。
パワーレベリング計画や、引率して一緒に世界記録を打ち立てようという作戦は失敗に終わった。
そんな傷心状態で家に帰った私は、早速大西さんにべったり甘えて、心身共に癒やされた。
生中継を見ていたのもあるが、彼女は何も言わずに両手を広げて受け入れて、ヨシヨシと頭を撫でてくれたので、寂しかったのと嬉しかったのが重なり、年甲斐もなく涙がボロボロ溢れてしまった。
結局一晩明けた日曜日も何もする気が起きず、大西さんにずっとくっついてお風呂に入ったり一緒に寝たりしてもらった。
多分だが私にとってのお母さんは、祖母から彼女にいつの間にか移ったのだろう。
余談だが、ネット上では巨大ラミアにバブみを感じてオギャる猛者が世界中に現れては、イラストや二次創作が大量に作られていた。
お相手は私だったり蒼雷の騎士のメンバーの誰か、他にも名無しの冒険者や謎の種付けおじさんもあった。
自分がネタにされることはいい加減慣れてしまったし、ラミアによって生み直される私などは、あの時眠りに落ちていればそんな未来もあったのかな…と思ってしまう。
溜息をついて時計を見ると、既に夜の十時を過ぎており、私は大きく伸びをしてノートパソコンを閉じる。
そのまま真っ直ぐに自室の布団に入り、考えるのを止めて大人しく夢の世界に旅立つのだった。
あれからいくつもAランクダンジョンを攻略したり、大西さんをお母さんと呼んで甘えたりと、割とマイペースに過ごしていた。
創造主様の生中継をどうにかする案が思いつかないので、私よりも凄い冒険者が現れてくれるのを待つしかないという結論に至ったのだ。
匙を投げるとも言うが、実際問題どうすることもできないのだ。
それとは別に大ニュースがあった。十二月の某日に、太平洋に巨大な島が現れたのだ。
海底火山の噴火などではなく、本当に埼玉県ぐらいもある島がいきなり出現したのだから、もうてんやわんやだ。
高高度からの航空写真によると、過去最高の大きさのダンジョンの存在も確認したので、世界中が上を下への大騒ぎになるのも当然と言える。
ダンジョンはランクが上にいくほど入り口と内部が広くなるが、今回は東京ドームより一回り以上大きな縦穴が開いているので、規格外にもほどがあるのだ。
「えー…専門家の意見としては、あれは地球の海底のダンジョンが一つとなった。いわば集合体なのではないかと…」
休日だが外は寒いので何処にも行く気になれず、我が家の居間のコタツに入って温々しながら、地元の農家さんが送ってくれたみかんを食べる。
大西さんと一緒に最新型の薄型テレビから流れるニュースを視聴しているが、今は何処の局も埼玉県ほどの大きさの島に現れた、未知のダンジョンに興味津々なようだ。
「地上のダンジョンは全て横向きですが、島は縦穴です。なので魔力の流れも、下方向から集まってきていることが考えられます。
海底調査をしてもダンジョンの存在を確認できないことから、創造主様は我々人間のことを考え、地上に入り口を…」
ドテラを羽織りながらみかんの皮をむいて、私は甘い果実を小さな口に放り込む。解説はまだ続いているが、ここで一旦CMに入る。
私が運営することになった清水村博物館の展示品が紹介され、他にも宿泊ホテルやダンジョン施設関連が次々と流れていく。
「まさか私が、オーナーや番組スポンサーをすることになるとはねぇ」
「小坂井さんは、お金を持っていますので」
実際、日本の各局だけでなく各企業も、私の手が入っていないところは殆どなく、必ず何らかの支援を行っている。
別に国内企業が困窮しているわけではないのだが、ダンジョン攻略で稼いだお金の使い道に困った結果、オーナーやスポンサーという形で還元しているのだ。
「吸い上げたお金を返してるだけだから、別にいいんだけどさ」
休日に日本国内のAランクダンジョンを巡り、貴重な魔石や物品を持ち帰っては、売却したり博物館に展示している。
まだ中学二年生なのに、資産は億に手が届いており、換金困難な物も含めると、兆に到達してしまう。
「はぁ…世の中世知辛い」
自分で自分の首を絞めるかのように、ますます生き辛くなってきているが、創造主様が私を推す以上は、このまま走り続けるしかない。
「貧乏人を敵に回す発言ですね」
「じゃあ休日になるたびに創造主様に撮影される辛さを味わってみてよ。…と返すね」
相変わらず休日になるたびに私の生中継は続いており、創造主様の小窓の動画もかなり増えてきた。
流石に何ヶ月も続いて慣れてきたとはいえ、それでも嫌なのは変わらない。
「ですがそのおかげで、他の組織からの接触が少ないのは助かります」
「まあ、創造主様のお気に入りタグがつけられるぐらいだからね」
強力な力を持つ冒険者や魔法使いを、自らの勢力に引き入れようとする国や組織は多い。
私も当然その対象であり、ダンジョン攻略における世界タイトルの総なめ余裕でしたと言わんばかりの実力者である。
その実、罠や魔物はゴリ押しによる強行軍で突破し、チームワークなど皆無なので、扱いに困るタイプだ。
だがそれでも貴重な戦力には違いなく、あちこちから勧誘が来そうなものだが、今の自分の立場はアンタッチャブルであり、安易に触れてはいけない幼女メイドだ。
創造主様が何を考えているかは知らないが、休日になるたびに全国ネットで生中継をして、乙女の秘密以外は国家機密だろうが平気で暴露し、接触を間違えると社会的に終了してしまう。
なので叩けば埃が出る者ほど、私と接触するのを避けて、神様の怒りを買うのを恐れるのだった。
年が明けて一月になったが、太平洋上に現れた島のダンジョンをどの国が攻略するかで、相変わらず揉めていた
一応日本の領海近くで南鳥島より東に二百キロの位置にあり、ギリギリうちの島と言えなくもない塩梅が覇権争いに拍車をかけていた。
何かあったらうちに罪を着せて、各国が美味しいところだけを掻っ攫う気満々であった。
ならば日本が調査に乗り出そうとしても、過去最高ランクのダンジョンに挑める者は、私以外には存在しない。
他の上位ランカーでは怪我人や死者がでて、攻略速度も亀の歩みになるのは確実である。
だがそれでも、世界各国から我こそはという命知らずの冒険者が名乗りを上げており、一月になっても熱気は冷めやらない。
さらに航空写真を専門家が分析した結果、埼玉県ほどの大きさの島はどうやら地球の物ではないとわかった。
ダンジョン攻略と並行して研究員を送って島の調査をするべきだと、各国の思惑が入り混じり、国会も混沌としてきた。
散々悩み抜いた末の方針として、冒険者と研究員を組織し、各国合同での調査を行うという形に、何とか落ち着いたのだった。
二月の下旬に各国の合同調査が始まり、海上自衛隊や他国の艦船を島の周囲に停泊させて、冒険者や調査隊が上陸している頃だろうかと、私は我が家の居間のコタツに入って、熱々の醤油海苔餅をいただきながら、ぼんやりと想像する。
「合同調査から外されて、気を落としているのですか?」
「ううん、全然。私はそこまで島のダンジョンに興味はないし」
大西さんが向かいに座ってノートパソコンで仕事をしながら、きなこ餅を箸で摘んで口に運んでいる。
彼女の言う通り、私は各国合同の調査から外された。地球陣営の戦力としては、最強であるにも関わらずだ。
それは何故かと言うと私があまり乗り気ではなかったし、集団行動には不向きだからだ。パーティーを組むと、戦闘能力が大幅に低下するのが悪い。
「各国も見られたくない物、知られたくないことはあるだろうし。
私なしで済むなら、それに越したことはないよ」
「そうですか。しかし、…事態はそう上手くはいかないようですね」
大西さんが険しい顔をしてノートパソコンの画面をこちらに向けると、そこには創造主様の小窓が開かれていた。
映っているのはいつものように私の休日風景…だけではなく、何処かの島で大勢の冒険者が調査員を守りながら、無数の魔物の群れと交戦している様子だ。
「えっ…! これって! どういうこと!?」
「各国の利権争いよりも、もっと早くに上陸調査に踏み切るべきでした。
島のダンジョンは大規模な氾濫が起きる寸前だったようです」
島のダンジョンが発見されて、まだ二ヶ月ちょっとしか経っていないのに、こんなに早く氾濫が起こるなんて、いくら何でもおかしい。
だが実際にノートパソコンの液晶画面に映し出されている光景を信じるなら、一刻の猶予もないどころか、既に手遅れである。
「ん…待てよ? 島が突然現れたのではなく、六十年前から存在していた?
でもって海底のダンジョンが増えるたびに、大穴が広がっていったとすれば…。
…っと! 今はそれどころじゃなかったよ!」
私はコタツから抜け出てメイドフォームに変身する。何で氾濫が起きたのかをじっくり考えたいところだが、今はそれよりも優先すべきことがある。
何しろ創造主様の小窓の動画には、東京ドームほどもある巨大な大穴の底から続々と這い出てくる数え切れない魔物。
さらに怪獣映画のように全長が何十メートルもある、恐ろしい怪物たちの姿が映し出されているのだ。
「小坂井さん、登山用のリュックサックは持っていきますか?」
「シャボンバリアを展開する余裕がなさそうだし、食料は現地調達するから今回はいいよ」
そう言って私はローファーで畳の上を歩き、居間から出て廊下を通って玄関へと向かい、外に出た所で漆黒の翼を生み出して、勢い良く羽ばたかせる。
「わかりました。無事のご帰還をお待ちしております」
「うん、大西さんも元気で。おばあちゃんによろしく伝えておいてよ」
ダンジョンの中では最高時速になる前に方向転換したり、壁や天井に手足がついてしまうので、実際のところはどのぐらいの速度がでるかはわからない。
たとえ各国合同の調査隊を外されても、急いで駆けつけないと大勢の犠牲者が出るのはわかりきっている。
なので今は一分一秒でも早く到着するように、周囲に砂煙を巻き上げて、勢い良く大空に舞い上がるのだった。