リザードマンが現れた!
Aランクダンジョンの内部は材質は異なっているようだが、茶色の人工的な石壁に囲まれた迷宮だった。
通路は大人が何人も横並びで歩いても余裕なほど広く、天井も刀を振り上げても平気そうだった。
そんな遺跡を鎧姿の騎士が四人とメイド服を着た幼女が、緊張感の欠片もなく、奥へ奥へと歩いて進む。
壁のあちこちに松明がかけられていることは、資料を読んで知っているが、過去に調査したマップは五階層で途切れている。
一応大扉の前までは行ったらしいが、これ以上未知の強敵と戦うだけの余力がなく、仕方なく引き返したとのこと。
「今日は自動追尾弾は使わないのか?」
「あー…アレは、周りに人が居ると使えないの」
一応自動追尾弾は魔物だけしか効かない設定だが、イマイチ信用しきれない私は、ホームセンターで購入したベニヤ板を的にして、家の庭でマニュアル操作で実験を行った。
その結果、確かにマイクロブラックホールは発動しなかった。だが的になったベニヤ板は半ばからへし折れてしまっていた。
私はそれ以外にも様々な実験を繰り返すことで、一つの結論に辿り着いた。
「効果対象は魔物のみで、障害物や人間に当たれば魔法はすぐに消えるけど。
衝撃は伝わるんだよ」
接触時に重力場が発生しなくても、高速で射出された弾丸は障害物や人体に当たり、一瞬とはいえ激しい衝撃を伝える。高速で野球のボールをぶつけられる感じだろうか。
何にせよ自動追尾弾は近くに人が居ると使えないし、超重力砲は効果範囲が広いのでさらに危険度が高まる。
「小坂井さんの動画は見たが、あれは本当だったんだな」
リーダーが言っているのは、きっと私の実験風景を創造主様が動画としてまとめたものだ。
「今も撮ってるのは創造神様だからね。そりゃまあ、一応は私の動画だけどさ」
「あっ…ああ、それは十分に承知している」
創造神様の小窓には、小坂井彩花ちゃんの軌跡と書かれた大文字が、トップページにデカデカと表示されるようになり、さらにジャンル分けまで始まった。
ダンジョンアタックまとめ、フロアボスと魔物攻略、罠や地形の特徴、ドロップアイテム詳細説明、個性魔法を徹底検証、ダンジョン内の料理風景、休日の過ごし方…等など。
ちなみにダンジョン攻略QアンドAも存在はしているが別窓に移動となり、今はホームページの殆どを私が占めている有様だ。
「しかし、ダンジョン攻略の動画で、俺たちが助かっているのも事実だ」
「創造神様がしてるのは、良いことだけどさ」
私の目覚ましい活躍が創造神様の動画作成に火をつけたのか、公式データベースも昔とは比べ物にならない程に充実してきている。
倒した魔物や踏破したダンジョンの特徴、宝箱から手に入れた装備や道具の詳しい説明や特殊効果といった、神様視点でしかわからない知識が目白押しだ。
そのせいで村雨、ロンギヌスの槍、三種の神器、その他諸々の神話級の物品の存在が全世界に知れ渡ってしまい、扱いに困って倉庫の奥で埃をかぶっている。
だが食材に関してはどれだけ価値があっても関係なく食卓に並び、一週間前にいただいた仙桃は、甘くて美味しかったことを記しておく。
宝箱から果物がドロップしたら食べたいなぁ…と、呑気に考えていると、正面に浮遊させている手乗り妖精サイズの自分が、可愛い声で警告を発した。
『三百メートル先の右前方、魔物が十五体接近中です。ご注意ください』
前回のAランクダンジョン攻略中にレベルアップしたのか、魔物を感知したナビ子の警告を受けて、私と蒼雷の騎士の四人はただちに戦闘態勢に移行する。
とは言え自分の場合は手乗り妖精を消して、登山用のリュックサックを下ろし、荷物を守るためにシャボンバリアを展開するだけだ。
あとは現場を見ながら、高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処するだけである。
「お喋りはここまでのようだな」
「…そのようだね」
蒼雷の騎士のリーダーの言葉通り、通路の奥からガチャガチャと金属が擦れる音を響かせながら、大勢の魔物がこちらに向かってくる。
強化された視覚で遠くの敵を観察すると、資料で見たリザードマンのメイジとアーチャー、ナイトとジェネラル、そしてキングのようだ。
装備は全てマジックアイテムで固められており、並の攻撃では傷一つつけられないし、相手の身体能力や魔法も脅威となる。
「私が突っ込んで撹乱するから、他はサポートをお願い!」
「任せろ!」
最初強く当たってあとは流れでゴリ押す。即興のパーティーに綿密な作戦や連携は難しい。
それにやること成すことが常に必殺になる私が、フレンドリファイヤを避けるには、味方から距離を離して接近戦をするのが確実なのだ。
「…ってことで、先手必勝!」
こちらに向かって来るリザードマンの後衛が魔法や弓を放つ前に、私が身体強化に物を言わせて駆け出し、盾になって時間を稼ごうとしている前衛に、数秒かからずに肉薄する。
「暗黒剣っ!」
右の手の平に刃渡り二メートル程の黒剣をまとわせ、力任せに横薙ぎに一閃する。
たったの一撃で前衛のリザードマンの三体は上半身と下半身が泣き別れして、遺跡の石畳の上に鮮血を撒き散らしながら崩れ落ちた。
魔法の盾や鎧も豆腐のようにスパッと切断したので、私はすぐに次の行動に移る。
私の暗黒剣は、最後のファンタジーと違って斬撃は飛ばせない。
しかし右手を勢い良く突き出すように放つと暗黒剣は細く長く伸びて、離れた位置に居た後衛のリザードアーチャーの頭部を、薄紙でも破るように容易く貫いた。
「…次っ!」
あまりにも予想外だったのか、硬直している他の前衛の隙間を勢いのままに駆け抜ける。
さらに先程貫いたアーチャーだけでなく、驚き立ち竦んでいる他の後衛のリザードマンたちを狙って、長身のレイピアに姿を変えた暗黒剣を横薙ぎに払う。
その結果、隊列の後方で攻撃に移ろうとしていた二足歩行のトカゲ全員を、まとめて叩き斬った。
余波を受けてダンジョンの壁が大きくえぐれたが、時間が経てば勝手に修復されるし、崩落するわけではない。
それに蒼雷の騎士の四人に被害が出ていないので、問題はないだろう。
戦闘を開始してから僅か一分足らずで、前衛三と後衛七を葬り、残りのリザードマンは五体となった。
私は敵の群れを駆け抜けた足を止めて、暗黒剣を二メートルサイズに元に戻して、背を向けていた残りの魔物の様子を窺う。
「残りは、キングが一、ジェネラルが二、ナイトが二…かぁ」
私のことを強敵だと認識したのか、蒼雷の騎士の四人にナイトが二体差し向けられて、残りのジェネラルとキングが、こっちを目指して一直線に駆けてくる。
味方から離れた場所で接近戦で迎え撃てるのは、同士討ちを避けるには好都合だ。
念の為に右手だけでなく、左手には暗黒盾を作り出す。格好良さとは無縁の半透明の長方形だが、剣と同じく大きさの変化は自由自在なので、実際便利である。
展開と同時に大股で走ってきたジェネラルの一体が、私の身長を軽く越える大剣を両手で構えて、筋肉をしならせて力いっぱい振り下ろしてきた。
「…うぐっ! 重…! …くない? そっか! 慢心ってことね!」
咄嗟に暗黒盾で受け止めたが、左手を突き出した下手くそな防御でも、体の負担を全く感じなかった。
地面に両足が沈んで衝撃で砂埃が舞い上がったが、目の前の脅威しか見えていない私は気づかない。
相手はロリっ子であり、見た目が弱そうなのに本気を出すまでもないと、油断があったのだろう。
「でも私は、油断しないよ!」
ジェネラルの大剣を左手の暗黒盾でよいしょっと押し返し、敵がバランスを崩してふらついた所を狙う。間髪入れずに素早く跳躍し、横薙ぎに斬りつけて首を落とす。
さらに血を吹いて倒れる巨体を蹴り飛ばし、もう一体のトカゲ将軍の元に走る。
「むっ…! 魔法の大盾で防ぐつもり?」
相手は魔法の大盾を構えて迎え撃つようだが、普通に暗黒剣で叩き斬れる。しかしカウンター狙いなら、万が一にでも仕留め損なう可能性を考慮すべきだろう。
私は暗黒盾を解除し、両手を合わせて振り上げる。
「…これで!」
両手持ちは通常の二倍の攻撃力になると、何処かのゲームで見かけた。私はそれを現実で実践するべく、より闇色が濃くなり巨大化した暗黒剣を振り上げて、ジェネラルの構えた魔法の大盾に向かって、躊躇せずに振り抜いた。
すると右上から左下に一直線に綺麗な切れ目が入り、奥のリザード将軍も腕や胴体がズレて絶命し、血を吹きながら地面に崩れ落ちる。
近くに居る敵は全て片付いたので、ふぅ…と一息ついて、これで後はキング一体とナイト二体だ。
周囲の様子を素早く伺うと、リザードマンの王が私に向かって魔法の錫杖を振り下ろしていた。
「しっ…しまっ…!?」
熱を含んだ空気が自分の足元で大きな渦を巻いていることに気づき、暗黒盾を構えて闇結界を周囲に展開しようとする。
だがジェネラルを両断するときに両手剣に変えたままだったと思い出し、ならば急いで回避かシャボンバリアを…とその時、リザードキングの魔法が完成した。
自分を中心にして骨まで焼き尽くす炎の竜巻が発生し、私は踏ん張りが効かずに吹き飛ばされて、木の葉のように軽々と宙を舞うのだった。




