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Aランクダンジョン(後編)

 キマイラを倒して出現した宝箱を開けると、水がポタポタと滴る刀と、古くて簡素な槍と、金色に光っている林檎が出てきた。

 私は鑑定も装備も出来ないので、取りあえず登山用リュックサックから布と縄を取り出して、適当に結んで固定した。


 そして入り口まで転移する片道切符の魔法陣を無視して先に進んだ。

 間引き目的ならここで引き返しても良いが、五階層のフロアボスであるキマイラの攻撃を受けてもノーダメージだった。

 なのでメイド服が破損するか簡単には勝てない敵が出るまでは、取りあえず駄目元で潜ってみようと、方針を改める。


 水上の塔は吹き抜けの螺旋階段になっており、ルートは上下に分かれていた。私はナビ子の案内通りに迷うことなくシャボンバリアを展開し、エレベーターのように一直線に下降していく。

 徒歩で移動すれば魔石を拾えるが時間的なロスになる。これまでのダンジョンならば日帰りもできたが、攻略難易度が高くなるほど階層も広がり、最深部も遠くなっていく。

 なので今回に限っては、ショートカットできる場所は有効に使わせてもらうことにした。


「黄金の林檎は甘いね。今までで食べたダンジョン産の食物の中で、一番美味しいかも」


 相変わらず自動追尾弾が飛び交っているが、私は下降を続けるシャボンバリアの中で腰を下ろして、林檎を皮ごと丸かじりする。

 攻略途中で見つけた食材は大西さんに頼んで料理してもらい、美味しくいただいていた。またはダンジョン内で、今のように小腹が空いた時にムシャムシャ食べたりもしていた。


「装備品は呪われている場合があるけど。薬や食材は回復系が多いらしいし、大丈夫だよね」


 それでもハズレを引く可能性はあるが、こういう時のためのメイドフォームだ。味覚は変わらないが毒を無効化してくれるので、腹を下すことはないだろう。

 そして運が良いのか今のところは全て当たりであり、ロリっ子は黄金色に輝く林檎を齧るのに忙しいので、周囲の変化などまるで気にしなかった。


「…あれっ? いつの間に最下層についたの?」


 食べ終わって周りを見渡すと、いつの間にかシャボンバリアの動きが止まっていることに気づいた。

 私は魔法を解除して、黄金の林檎の芯をその辺にポイッと捨てる。


 螺旋階段が目に見えないほど高く続いているのは当然として、ナビ子が指す方向に視線を向けると、紋様の描かれた大きな扉を見つける。

 私は小さな足でトテトテと歩いて向かい、特に考えることなく躊躇なく押し開ける。


 すると視界の先の石造りの大広間には、私の膝ほどの深さの清らかな水に満たされており、奥は堀になっているらしく、底には怪しげな魔法陣が描かれていた。


「ゼンマイ式の懐中時計だと、まだ午後二時だから休憩の必要はないよね」


 電気は使えないがそれ以外の動力なら問題ないので、地球産の旧時代の道具や、ダンジョン産のマジックアイテムを持ち歩くのが常だ。

 なお便利さや耐久性はダンジョン産のほうが断然上であり、この懐中時計は登山用リュックサックと同じで、何度も買い替えている。


「はぁ…私もアイテムボックスが使えればなぁ」


 六十年前と比べてダンジョン産のアイテムは広く普及しており、値段もかなり下がってお手頃な品も多い。

 しかしメイドフォームの状態では、使おうとするたびにビリビリ痺れが走って、磁石のように反発するのだ。

 そして探索中に変身を解除するわけにもいかないので、時計をいそいそとリュックの中に戻してシャボンバリアを展開し、大切な道具はこの手で直接守るしかない。


「これで余波に巻き込まれたり水に落ちても安心安全…っと。さて今度のフロアボスは…」


 火山エリアでは荷物が全部燃えてしまい、水と食料も失った状態で最深部のフロアボスを八つ当たり気味にボコボコにし、その後の宝箱からしか戦利品を持ち帰れなかった。

 今の所は魔物は全く脅威ではないのだが、毎度それとは別の意味で苦汁を舐めさせられていたのだ。

 だがシャボンバリアさえあれば、そんな辛い日々ともお別れ…とはいかないが、かなり緩和できる。


 気合を入れた私に反応するかのように、背後の扉が重い音を響かせて閉まり、水で満たされた大広間の魔法陣が光り輝く。

 そこから現れたのは、青い鱗に覆われた八つの首を持つ龍であった。


「んー…データベースにはないタイプで、自動追尾弾も反応しないね」


 ダンジョンの討伐記録こそないが、八首の龍が登場する神話や伝承は日本国民なら大体の人が知っている。

 私は浮遊させていた自動追尾弾も消して、戦闘に備える。


「八岐の大蛇かヒュドラのどちらかだろうけど。…本体は水の中かな?」


 自分の周囲に黒霧を集めて全身鎧として身にまとい、これからどのように戦うかを考える。

 本体は水底に沈んでいるようで、三階建ての建物ほどある八つの首が水面から伸び、侵入者である小さな私を睨んでいる。

 身体強化されていても鈍くさいことには変わりなく、格闘技は習っていないので切った張ったは苦手で、素人丸出しのへっぴり腰であった。

 それでもメイドフォームのサポートがあれば、ほんわか可愛い以外に取り柄のない幼女でも、スーパーウーマンになれる。


「やっぱり安全第一で、遠距離攻撃……ほわっと!?」


 八岐の大蛇の一頭が私に向けて吹雪の吐息で攻撃してきたが、黒霧の全身鎧を展開しているおかげか、キラキラ輝く演出にちょっとびっくりしただけで済んだ。

 しかし射線上の水面がカチコチに凍りついてしまい、膝から下がまともに動かせなくなってしまう。


「隙を生じぬ二段構えかな? まあ…私には意味ないけど」


 吹雪によるダメージと体温低下による鈍化、さらに足場を凍らせるという実に三段構えである。しかし私は黒鎧のおかげでノーダメージだ。

 なお視界が悪くなる防御魔法は、実は展開する必要すらなく無効化されるのだが、そんなことは自分には知りようがなかった。


 ついでにメイドフォームの体温調節機能と、人間離れした身体能力により、足場が凍りついても容易に抜け出せる。

 つまり八岐の大蛇の吹雪攻撃は、自分にとって全くの無意味であり、結果的にボスの手札を一つ潰したことになるのだ。


「次は噛みつき!? …ふぬらばっ!?」


 別の一頭が凍りついた足場から脱出したばかりの自分に向かって、大口を開けたまま勢い良く伸びてきた。

 私は咄嗟に両手両足を広げて鋭い牙を掴み、顎を閉じるのを強引に止める。かけ声は驚いて反射的に出てしまっただけで、実際にはそこまで力を入れる必要はなかったようだ。


 噛み砕くどころか飲み込むことも出来なくなった八首の龍は、自分を口に咥えたまま激しく首を振り、今度は強引に振り落とそうとする。


「おおうっ! こっ…ここから、どうしよう!?」


 咄嗟に牙を掴んで飲み込まれるのを防いだが、ここから先はノープランだ。

 しかし流石にいつまでも振り回されているわけもいかず、私は両手両足を使えないまま、一生懸命考える。

 ここで自分を中心に超重力砲を放っても、首一つ落とすのがやっとだろう。なるべくなら一発の魔法で八首全てを倒したい。

 そして手足が封じられても問題なく使えて殺傷性の高い魔法があれば、このような場面に便利である。


「んー…円月輪!」


 知恵熱が出そうなほど考えた新魔法により、黒い円盤状の刃が大広間の宙に現われて、高速回転を開始し、時間と共に円が広がっていく。

 他の八岐の大蛇の首たちもアレは不味いと感じたのか、吹雪だけでなく炎や毒のブレスで休みなく攻撃した。

 だが回転を続ける円月輪には全く効果がなく、勢いは増すばかりだ。


「八岐の大蛇をやっつけて!」


 私の無駄に有り余る魔力を注ぎ込んだ黒くて鋭い刃の円盤に、フワッフワで適当な命令を出す。

 すると漆黒の円月輪がキュイインという、歯医者さんのトラウマを刺激するような嫌な音を響かせて、標的の八岐の大蛇に向かって勢い良く飛んでいった。


 それを見た首の一つは強烈なブレスをお見舞いし、別の首は噛みついて止めようとした。だがそれも無駄に終わり、円月輪は水面ギリギリを高速で横断することで、八本の首の根本を豆腐でも切るように抵抗もなく、まとめてスパッと刈り取ってしまったのだった。







 フロアボスとの戦いが終わったので、私は水面に落下した八岐の大蛇の口をこじ開けて脱出する。

 そして相変わらず私のトラウマを刺激する嫌な音を出し続けて、次の命令を待って空中に留まっている円月輪と、黒霧の全身鎧を解除する。


 今回は首を落として倒したので、魔石は本体の中に埋まっているのだろう。勿体ない精神が刺激された私は、超重力砲を発射して死体蹴りを行う。

 魔物のみを倒す魔法という設定が反映さているのか、大きく綺麗な魔石だけが水底に残った。

 あとはそれをシャボンバリアで包み込んで、自分の目の前まで引っ張り上げる。


「キマイラよりも大きいし、もしかして八本分かな?」


 手に持った輝く水の魔石を登山用リュックサックに入れて周囲を見回して、ふと目に入った転がっている八本の生首は、持ち帰れないので無視することに決める。

 ならば次は、入り口近くに出現した宝箱だろう。


「ええと、剣と手鏡と…これは、勾玉かな?」


 西洋風の両刀、円形で持ちにくい鏡、緑の勾玉を手に入れたので、持ち運べない物は適当にロープで縛って固定する。

 鑑定スキルがないので実際の効果はわからないが、Aランクダンジョンの宝箱から出たものなので、きっと凄い物だろう。

 難点を言うなら自分は装備できないので、全て保管か売却するしかないと言うことだ。


「ナビ子は…ええと。そっかー…また水の中に潜るのかぁ」


 大広間の入り口の宝箱の隣で輝いている転移の魔法陣はスルーである。

 手乗り妖精サイズの私ことナビ子が案内するのは、八岐の大蛇の本体があったと思われる水底だ。


「今は…午後二時半だし、お菓子でも食べながらシャボンバリアで先に進もうかな」


 最初と同じように黒くて半透明のシャボン玉で自身を包み込み、ナビ子と自動追尾弾を展開したまま、よっこらしょと腰を下ろす。

 そのまま背負っていたリュックサックを下ろして、持ってきたお菓子を取り出す。


 ナビ子の案内通りに水中をフワフワと泳いでいくシャボンバリアに身を任せて、湖底の景色と飛び交う自動追尾弾を見ながら、お茶とお菓子で一服する。

 異界の蛍石の光が明るく照らして、転がっている鉱石や魔石にキラキラ反射して、とても幻想的だと、私はそう感じたのだった。

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[気になる点] 10/10 お茶は麦茶かな? そしてお菓子は……何だろう……板チョコをちびちび食べてるのかな(食べカスをこぼしながら)
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