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家の庭にダンジョンが沸きました

完結まで一日二話ずつ投稿予定です。初日のみ四話。

 西暦千九百六十年の地球には、魔法を使える人間が存在する。

 それは世界の境界から這い出る魔物に対抗するために、創造主様が人類に与えた力である。


 最初は魔法使いたちに非合法な人体実験をしたり、戦争の切り札にしようとする国もあったが、実際に行った国の関連施設はこの世界から消えてなくなった。それはもう跡形もなくだ。


 さらにラジオ放送を利用して、魔法は異世界の魔物に対抗するために与えたのだと教えられ、悪用したり人間同士で争ったら、国ごと消滅させると、地球全土を対象とした神がかり的なメッセージにより、宗教関係はもう上を下への大騒ぎだった。


 駄目押しとばかりに世界中の兵器が砂に変わって崩れ落ち、核ミサイルやウランもこの世から忽然と消え去ってしまったので、混乱に拍車をかけることとなった。


 それでも最初は、ダンジョンを封鎖して調査員を送るなどして、悠長に攻略を進めていた。しかし現実に魔物が外に溢れ出し、人間や家畜を襲い始めてからは危機意識を持ったのか、対応を百八十度変えて攻略に乗り出すようになった。


 だが必死の努力も虚しく、世界各地で氾濫が起きて魔物の群れが地上に溢れ出て、多くの人々が犠牲になった。

 もはや魔法使いを総動員して抵抗しても、傾いた天秤を戻すのは容易ではなく、戦況は日に日に厳しくなっていく。


 それを救ったのが創造神様が地上に遣わした天使様なのだが、不思議なことに人里離れた山村等の口伝で残っているだけで、姿かたちやどのような力を振るったのか、謎の魔法で魔物を排除した後、一体何処に消えたのか等は、現在に至るまで推測さえ難しかった。


 だがとにかく天使様の活躍により、劣勢だった人類は息を吹き返し、世界各地の氾濫も無事に鎮圧することができたのだ。

 今は世界中が一致団結して魔法使いを支えることで、空間のヒビ割れに現れたダンジョンを攻略し、魔物の素材や魔石を回収して加工をすることにより、新エネルギーや道具を作り出すことができるようになった。


 そしていつの間にかダンジョンを探索する者を冒険者と呼ぶようになり、世はまさに、ダンジョン攻略時代に突入したのだった。







 時は流れて西暦二千二十年の日本。東京にほど近い某県の清水村という田舎から、物語は始まる。

 田んぼと畑、あとは川と山ぐらいしか特徴のない山村には、昔ながらの作りで年季の入った平屋が、田畑の真ん中にポツンと建っていた。

 老朽化が進んでいるため、歩くとギシギシ軋む縁側には、小学生にしか見えない低身長と低体重のロリっ子が座り、庭の一角に視線を向けて、苦虫を噛み潰したような渋い顔をしていた。


 彼女の名前は小坂井彩花こさかいあやか、中学二年生だ。両親は生まれてすぐに事故で他界したため、遠方に知り合いは居ても顔写真等は残っていない。

 そして血縁である祖母が引き取って二人暮らし中だが、今は施設に入っているため、殆ど家に帰ってこない。


 そんな私の特徴と言えば、容姿は女性としては断然優れていた。ただし年相応ではなく幼女としてだ。

 起伏が殆ど感じられないツルペタ体型と黒髪黒目の優し気な顔つきにより見る者を和ませ、十人に尋ねれば全員が可愛いと答えるほどである。


 だが中学二年生になっても一向に女性として見られずに、自分の頭を何の疑問も抱かずに撫でられ続ける現状に、当の本人は大いに不満である。

 毎日牛乳を飲んだり柔軟体操を欠かしていないが、背が伸びたり肉体的な成長は感じられず、運動も見た目相応で幼子のように非力で鈍くさいままだった。


 だが今、動きやすいように髪を短くまとめた私は、長年遊び回った庭の片隅を、真剣な表情で見つめていた。


「何で家の庭にダンジョンができたんだろうなぁ」


 自分の居る世界を人間に例えるなら、ダンジョンとは傷口である。異世界と接触してできた傷は放置しておくと炎症を起こし、ばい菌という魔物が外に溢れてくる。

 なので魔法を与えられた免疫細胞である地球の人間が、最深部のフロアボスを倒して、封印を完了しなければいけない。


「三日前に役所に届け出はしたけど。ここは田舎だから、攻略のための冒険者が派遣されるまで、何ヶ月かかるやらだよ」


 日本政府の取り組みとしては、役所が冒険者にダンジョン攻略を依頼し、受注したパーティーが派遣される。

 しかし今は世界中にダンジョンがぽこじゃか発生しているので、全てに手が回っているとは言い辛く、低賃金の依頼は後回しにされる。

 特に地元の清水村のように先立つもののない田舎は、役所が予算を捻出するのも一苦労であり、氾濫が起きる寸前になって攻略班が派遣されるパターンがよくあるのだ。


「…やっぱり私がダンジョンを掃除しよう」


 今の時代は小中学校の授業でダンジョン攻略を習うので、探索は無理ではない。

 ただし一、二階層の魔物の間引きがせいぜいで、奥に進んでフロアボスを倒すのではなく、あくまでも外に溢れ出すのを防ぐのが目的だ。


「一応準備はしたし私も魔法が使えるから、何とかなるでしょ!」


 小さなダンジョンが敷地内に現れた場合、その家の者が攻略しても構わないと法律で保証されている。

 ただしそこには必ず命の危険があることと、魔法が使えない一般人はダンジョン産の装備が必須であると、項目が付け加えられる。


 私の場合は魔法が使えるので基準を満たしているが、ロリ体型なので中学生には見られず、役所で冒険者証を発行してもらう時に、学生証だけでは許可が降りなかった。

 なので地元で代々信頼のある古い家の祖母に同行してもらうだけではなく、追加で住民票を提出し、目の前で魔法を使ってやっと許可が下りたという有様だった。




 何にせよ、ただ待っているだけでは、いつ魔物が外に出てくるかわかったものではない。

 一応役場の人がダンジョンの入口にセットした感知石の色が、真っ白から少しずつ濁り、最終的に黒一色にならない限りは、氾濫が発生する心配はない。

 その時に、ここの基準値は最低のEランクなので、冒険者証さえあれば初心者でも攻略は可能だと教えてくれた。


「まあ本当は、夏休みの自由研究のネタ探しがしたいだけなんだけどね」


 中学二年の夏休みは、まだ八月になったばかりである。今年は何処にも行けずに暇だったので、自由研究以外の宿題は全て片付いている。

 そんな中で、クラスメイトは沖縄や東京、北海道や海外に何泊も旅行にいくのだと聞かされ、地元で暇をしている私はハンカチを噛んで悔しがるしかできない。

 だが今回、我が家の庭に現れた最下級ダンジョンは、怪我や命の危険さえなければ、自慢話や研究テーマにもってこいだと言える。


「それじゃ、出発進行!」


 私は古びた白のワンピースドレスから、黒地のメイド姿に一瞬で変身し、頭部にカチューシャまで自動的に装備した状態で、縁側から地面にピョンと飛び降りる。

 そして庭の片隅にある、大人が並んで二人入れるぐらいの小ダンジョンの石造りの階段へと歩いて向かい、少し緊張しながらゆっくり慎重に降りていくのだった。







 千九百六十年に突如として現れた魔法使いだが、今では世界人口の半分以上を占めるようになった。

 その中でももっとも多いのが、詠唱によって魔法を使うタイプだ。


 これは非常に汎用(はんよう)性が高く、練習さえすれば誰もが上位の魔法を扱えて、最終的に詠唱短縮や無詠唱での使用が可能になる。

 修得速度や属性は向き不向きで個人差はあるが、現代になるまで研究が進んでおり、市役所の魔法科に尋ねれば、自分の得意な属性をその場で調べてくれる程だ。




 それ以外には一割以下の少数派である個性タイプがあり、決まった呪文やルールはなく、魔法で装備を作り出す。

 ダンジョン産の装備や道具を使えない代わりに、受けたダメージを魔法の装備が肩代わりしてくれる。

 なのでもし攻撃を受けたら、黒地のメイドがビリビリに破れる。…のかも知れない。


「魔力を吸わせれば修復可能とはいえ、ボロボロの状態で外に出たくないなぁ」


 溜息を吐きながら階段を下ていくと、人工的な石造りのダンジョンに景色が変わる。そこは快適な湿度と綺麗な空気に保たれており、大人が数人横並びで歩けるぐらいの通路が、奥に向かって真っ直ぐ伸びていた。

 役所の人が一階層を調べてくれたが、火山や氷等の厳しい環境でなくて、ホッと胸を撫でおろす。


「通路の先の広間に出たけど、あれはスライムかな?」


 入り口から一直線の石造りの通路を十分ほど歩いてきたら、十メートル四方の広間に到着した。

 その真ん中辺りに、青く透き通ったバスケットボールサイズの軟体生物が、二匹揃ってプルプルと揺れていた。

 学校の授業で実際に討伐したスライムで間違いないだろう。


「あの時は大人の冒険者が押さえつけてる間に、囲んでヒノキの棒で叩いてたっけ」


 囲んで棒で叩く戦術は魔物にも有効なようで、攻略に慣れるための体験学習なので、それでも構わないらしい。異世界の魔物を躊躇わずに殺せるかどうかが、生存率に直結するのだ。

 だがいつまでも習ったことを思い出して、通路の壁を背にして広間の様子を窺っているわけにもいかない。


「んー…実戦で使うのは初めてだけど、二匹同時にいけるかな?」


 私は意識を集中させて右手の先に真っ黒い玉を作り出す。最初は小さく、魔力を込めるたびに段々と大きくなっていくそれをじっと眺め、さらにもう一度広間のスライムの様子を伺う。


「このぐらいあれば大丈夫かな? …超重力砲! 発射!」


 別に言葉を喋る必要はないのだが、魔法は直接口に出したほうが、発動及び操作しやすいのだ。旧時代の火薬で弾丸を撃ち出すために、拳銃の引き金を引くシーンを思い浮かべる。

 するとスライム二匹に向けた右手の先から、人間には到底認識できない速度で黒玉が撃ち出されて、スライム二匹の中央で黒い膜が大きく広がった。

 かと思えばすぐに収縮して消え去り、後に残ったのは青く輝く小石が二つだけだった。


「ほへー…マイクロブラックホールって凄い」


 メイドフォームの可愛らしいフリルスカートを揺らし、トテトテ歩きで広間の中央まで歩いて向かう。

 そして祖母に買ってもらったお古の赤いランドセルに、転がっている二つの水の魔石をいそいそと詰め込む。

 ちなみに中には他にも絆創膏や消毒液、五百ミリペットボトルのお茶やカロリーメイト、筆記用具や五ミリ方眼のノート等が入っている。


 マイクロブラックホールは架空の小説やゲームで知った程度だが、変身後に何となくできそうな気がしていたのだ。

 我が家の庭の隅で何度か反復練習をして効果はわかっていたが、実戦で試したら魔物を倒せたので、これならダンジョン攻略も何とかなりそうである。


「超重力砲は切り札だし、私にはこれしか使えないから、もし無理なら尻尾を巻いて逃げるしかなかったけど、効いて良かったよ」


 そして黒い膜の内側の魔物だけ消し飛ばすことができる。人間が巻き込まれたら大変なので、魔物以外は倒せないようにリミッターがかけてある。

 前に祖母に見せたら、シワだらけの顔でニコニコ笑いながら、彩花は凄いのう…と褒めてくれた。さらに頭を撫でられて、鼻高々な気分になったものだ。


「でも、ランドセルを処分してなくて良かったよ」


 年齢的には中学二年だが見た目は小学生なので、赤いランドセルが違和感なく似合っているが、それは全く関係ない、

 重要なのは、これなら戦闘で破損したとしても、致し方ない犠牲で済ますことができるのだ。


「よしっ! この調子でどんどん魔物を倒そう!」


 初めて一人で戦ったが、思いの外あっさり片付いた。しかしスライムの突進攻撃は、硬式ボールを球速百キロ以上でぶつけられたぐらい痛いと教えられたので、油断は禁物だ。


 広間には来た道の他に、左右に通路が続いていた。私は深く考えずに、まずは右に進むことに決めた。


「ええと入り口から広間に出て、右の通路に…っと」


 ノートに書き込みながら歩いているが、石造りの通路の先には魔物の姿は見えないので問題ない。

 若干足取りをフラフラさせながら、問題なく次の広間に辿り着く。


「あれはゴブリンかな? って! いきなり襲って来た!」


 何やら棒のような物を持った緑肌の小人が三匹、広間をウロウロしていた。だが互いの存在を確認するやいなや、一斉に襲いかかってきた。

 いきなりの襲撃に私はオタオタと取り乱し、右手にシャープペン、左手に方眼ノートを持っていたので、超重力砲を発射しようにも両手が塞がっていてどうもできない。


 ほんの十秒足らずの間にゴブリンたちは目前まで迫り、棒や錆びたナイフを振りあげていた。


(…やられる!?)


 思わず両目をギュッと閉じて痛みに備えるが、いつまで経っても何も起こらない。

 だが棒やナイフで攻撃しているようなゴブリンの怒声や武器の音は絶え間なく響いてくる。

 苦痛を受けることを覚悟していた私は、一体どういうことかと恐る恐る目を開けていく。


(肩代わりしてくるって聞いたけど、全部なの? まあ、考えるのは後でもできるし、…今は!)


 何度全力で攻撃しても効果がなかったのか、ゴブリンたちは皆、ぜえはあと息を切らしていた。

 しかし私を殺そうとする輩には容赦しない。


 両手が塞がっているので威力と範囲指定が面倒だから、とにかく自分を核にして超重力を発生させ、三匹を丸ごと飲み込む。

 黒い膜が解除されるまでの一秒にも満たない時間で、ゴブリンたちは全て黄色の小石に変わり果て、私の足元にコロコロと転がる。


 一時はどうなることかと思ったが、大したことのない敵で良かった。それに魔物のみを攻撃対象の識別もきちんと行えていたらしく、中心地点に居た自分はピンピンしており、筆記用具やランドセルも無事だ。


「大きな傷やほつれはないし、攻撃が弱かったのかな?

 んー…わからないや」


 個性魔法で作り出した装備の耐久性と、ダメージ肩代わりの割合はピンきりらしいが、私の場合はゴブリン三匹にタコ殴りにされても大丈夫なようだ。

 念のために魔力を込めて破損した箇所を修復させようとしたが、吸わずに全て戻ってきた。


「はぁ…でもあれだけ何度も攻撃されて、傷一つついてないなんて…」


 溜息を吐きながら方眼ノートにダンジョンマップを記載して、魔石を回収した後、ゴブリンを倒した広間のさらに奥へと歩き出す。

 学校で魔法の勉強はしたが、メイドフォームの効果は殆ど未知数であり、この姿で魔物と戦ったのも今回が初めてだ。


 基本的に魔法使いが国に協力するかどうかは任意であり、私の場合は祖母が反対して、今まで研究や開発、実験等とは無縁であった。

 せいぜい家の庭で、超重力砲の試し撃ちをこっそりするぐらいだったのだ。

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