ひとで×ぱっつん
神は考えた。
なまこ×どりる、という作品がジャンル別年間ランキング空想科学部門で12位、しかもコアな人気があるようでレビューとかファンアートとかいっぱいある。
うぬぬ、あやつが人気者だと? このワシを差し置いて? ぐぬ、羨ましい。ならばワシだって。
こうしてワシこと古き神の一柱は一匹のヒトデに憑依するのだ。これで召喚術の使える人間に召喚されれば良いのじゃな? 簡単、簡単。これでワシも人気者になれるのじゃ。
人間の召喚術に割り込み、魔力の強い将来性を感じる若い女の召喚に応え、いよいよ其奴とご対面。
うむ、この少女がワシの主にして今作の主人公となるわけじゃな。黒髪ぱっつんの清楚な感じのミステリアスな少女。見た目は合格、魔力も十分、ちょいと痩せぎみで胸もペッタン娘じゃが、そこは将来性に期待するとしよう。
「……ひとで?」
ぱっつん少女はワシを見下ろし驚いているようじゃ。うむうむ、さもありなん。この少女の魔力と実力であれば龍種を召喚してもおかしくないのだからして。
これは物語の冒頭としては良い感じであろう。あとはどうワシを印象付けるか、初登場のシーンとなれば読者の興味を引くようなことを、ひとつしでかさねばなるまいて。さて、どう自己紹介しようか?
む? ぱっつん少女がその指でワシを摘まんで持ち上げた? ジロジロ見ておる。
うむ、汝の力で召喚したのがショボイヒトデ一匹というのは驚きであろう。そのギャップがあるからこそ、
「……手裏剣」
なんといきなりワシを投げたあ!?
びたん! と壁に叩きつけられるヒトデのワシ! なんでじゃ!?
「いったいわ! いきなりなにすんじゃあ!?」
「……手裏剣が、喋った?」
「手裏剣じゃ無いわ! ヒトデじゃ!」
「ヒトデって喋るの?」
「思わず喋ってしまったわ! ヒトデが人の言葉を解して使うところで驚きの展開を演出する予定じゃったのに!」
「ただのヒトデ手裏剣じゃ無い?」
「汝、手裏剣から離れろ! ヒトデ手裏剣じゃ無くてヒトデ神じゃ!」
「神?」
「あー! 全部言ってしもうたわー!」
いかん、予定がグダグダじゃ。
「つまり、ヒトデは、なまこ×どりる、という物語の真似をして人気者になろうと?」
「うむ、あやつにできてワシにできんことは無い。これからはワシと汝で、ひとで×ぱっつん、として大活躍するのじゃ」
「パクリは良くない」
「パクリ違うわい、オマージュじゃい。だいたいパクリ言うなら異世界転生はどうなる? あっちもこっちも異世界転生だらけじゃわい」
「そうなの?」
「それにディ〇〇ーだって、アレはどこからどう見てもジャングル大帝のパクリじゃろ。なのにミュージカルにもなっとるし」
「ジャングルキング?」
「今時の子は手塚治虫を知らんのか? それに作品が増えればジャンルも細かくなるものよ。異世界転生でもスライム転生がヒットすれば、雨後の筍のようにスライム転生が増えよる。そして異世界転生の中の小ジャンルとして、スライム転生がひとつの区分けとして確立されるのじゃ」
「……ニッチなジャンル」
「ニッチと言うな。いいか? 2Dアクションゲームでも、広いエリアを探索して進めていくジャンルがある。これはかつての名作、メトロイドと月下の夜想曲から名前を取り、エリア探索型2Dアクションゲームのことを、メトロイドヴァニアと呼ぶのじゃ。このメトロイドヴァニアというジャンルは世界的にコアなファンがいるゲームジャンルなのだぞ」
「そんなの知らない」
「ぬぐう、つまりだな、なまこ×どりる、という作品が人気となりオマージュする作品が増えることで、ジャンル海洋生物神と少女召喚師というジャンルができ上がるわけだ」
「狭い隙間ジャンル」
「とにかく! こうしてワシが召喚された以上、汝には、ひとで×ぱっつん、の主人公として大活躍することが決まったのじゃ!」
「神で創造主なら、真似事してないでオンリーワンを目指すべき」
「耳に痛い正論とか聞きたく無いんじゃ! これから、ひとで×ぱっつん、はランキングを駆け上がり、書籍化からコミック化、アニメ化となりグッズ展開するのじゃ。そしてワシはあやつより人気者になってやるのじゃ!」
「物真似で本家に勝とうとか、あさましい」
「じゃかしいわい!」
「それに私に主人公とか、無理」
「安心せい、その為にワシの力を使うがいい。こう見えてワシ、神じゃからの……、おい? 何をしとる?」
ぱっつん少女はフラフラと歩き、ベッドにパタリコと倒れると布団をかぶって丸くなる。何しとんじゃ?
「おい、これから主人公として大切な何かを守る為に戦ったりとか、赦せない敵を倒しに行くとか、やることてんこ盛りじゃぞ。なんで布団をかぶって小さくなっておる? やる気出さんかい」
「……しくしく」
「お? 泣いてる? おい、汝、どうした?」
「……召喚できたのが、ワケのワカンナイヒトデなんて、私、もう終わり」
「なんか絶望しとる? お、おい?」
「これじゃ、学院を留年しちゃう……」
「りゅ、留年? もしかしてワシのせいで違う方向に一大事?」
「……コミュ症のガリ弁呼ばわりされて、友達がいなくても、魔術だけが私の取り柄だと、ずっとがんばってきたのに……」
「え? なんか悲惨な現状がいきなり判明? え? ちょっと、ヒトデを召喚したくらいで留年とか?」
「もう、召喚用の魔術具も魔石も、高価で用意できない……、ヒトデしか召喚できない劣等召喚師なんて、留年じゃなくて、きっと退学。しくしく……」
「あ、ええと、ごめん、ゴメンナサイ。ワシ、知らなかったんじゃ、まさかこんな展開になるとは思わず。ちょっと調子に乗って勢いでやってしもうた。すんません」
「……お父さん、お母さん、先立つ不幸をお許し下さい」
「死ぬなあ! まだ物語は始まってもおらんのに、ここで死ぬなあ! ワシが悪かった! な、なあ? 留年にも退学にもならん方法を考えよう? な?」
「……ふふ、ヒトデに慰められるなんて、なんてミジメ……」
「布団から出てこっちに戻ってきて! まだ若いんじゃから未来のことを考えよう? な? ワシにできることならなんでもするから!」
「……もう、おしまい。なんて滑稽なの? これが私の人生? ヒトデにメチャクチャにされて、このまま皆にバカにされて空しく朽ちていくの……」
「ゴメンナサイでした! マジすんませんした! 人気者になりたくて召喚儀式に割り込んで、ほんとゴメンナサイ!」
「……今日も明日も明後日も、いつも何処かで誰かが死ぬ。私もそんな数多の中の数のひとつ……」
「帰ってきて下さい! お願いします! こっちに戻ってきて! 人生はまだ長い! 諦めちゃダメ! ワシと一緒にやりなおそう! もう絶望する必要なんてダメー!」
い、いかん。なんでこうなったのじゃ? このままではワシは、真似して失敗した挙げ句に一人の少女を死に追いやった、メッチャ酷い神になってしまう。
なんとかしてぱっつん少女を死に至る病から救わねば!
「ワシ、ヒトデじゃが神だからして、召喚獣としては破格じゃぞ? その力を見せれば留年も退学もどうにかなるじゃろ! けっして汝が劣等召喚師では無いのじゃ。むしろその将来性に期待してワシがこうして来たのじゃ」
「何ができたところで、所詮はヒトデ」
「そこがギャップ萌えとかいう奴じゃろ? ほら布団から出て、もう少しワシと話をしよう? な?」
「……イヤ、もうイヤ。何をしても無駄なのよ、人間なんて何をしたところで、神の悪ふざけに弄ばれる塵芥なのよ……」
「妙な悟り方をするでない! 諦めたらそこで終わりじゃぞ! 元気出すんじゃ! 温かいものでも食べるか? ワシ、こう見えてチャーハン作るのは得意なんじゃ!」
布団を被り縮こまり、悲しみに沈むぱっつん少女にヒトデは必死に語りかける。
嘆きの海に落ち込むぱっつん少女を、ヒトデ神は救えるのか? ぱっつん少女とヒトデ神は生き延びることができるのか? オープニングに辿り着くことができるのだろうか?
ひとで×ぱっつん、は、まだまだ始まらない。
「なんでじゃー!? どうしてこうなるー!? ワシのビクトリーロードはどうなっておるんじゃー!!」
物真似の一発ネタの飛び道具の手裏剣は、そろそろ黙るが良いですわ。