あるあるな浦島太郎
浦島太郎なのにスマホを持っていたり、浦島太郎の話が過去の昔話として扱われていたりと、世界観が滅茶苦茶です。それでもOKな方はどうぞ。
浦島太郎は浜辺を歩いていた。すると浜辺でウミガメをいじめている三人のヤンキーを見つけた。
「おい、この亀のケツに木の棒突っ込んでやろーぜ」
ヤンキーの一人が言った。
それを聞いた浦島太郎は、ポケットからスマホを取り出した。そしてウミガメと彼らを撮影し始めた。
こういうことはよくある。物珍しいことがあると、とりあえずスマホを取り出して撮影し始めるのだ。目の前で起こっていることが倫理的に問題のある行為でも、止めることなくただ撮っているだけということもよくあることだろう。
すると撮影をしていることに気付いたヤンキーの一人が浦島太郎に言った。
「てめえ、何撮ってんだよ」
「いや、ユーチューブにあげようかと」
「殺すぞ」
「いやいやいや。それも動画で撮っちゃいますよ?そしたら暴力罪で警察に逮捕されるかも」
「はあ、きも」
これもよくある言葉である。人によっては言葉に詰まるような不快な場面になると、とりあえずキモいと言って相手を侮辱する。
ヤンキーたちは浦島太郎に手を出すことなくその場を去っていった。
するとウミガメが浦島太郎のもとへ歩み寄っていった。
「私のことを助けてくださり、ありがとうございました」
ウミガメは言った。
ここで浦島太郎はよくあるようなことを言った。
「やばっ、ウミガメがしゃべった!浦島太郎みてー!」
言った本人も浦島太郎なのだけれど、この浦島太郎と竜宮城へ行ったことのある浦島太郎は別人なのである。この浦島太郎はまだ竜宮城に入ったことがないのである。そもそも竜宮城に行って帰ってきた後なら、彼はとっくに玉手箱を開けたせいでじじいになっているはずではないか。
「何を言っているのかはよくわかりませんが、助けてくれたお礼にあなたを竜宮城へ連れて行って差し上げます」
「竜宮城?それって海の中にあるっていうやつ?」
「はい」
「やばっ!まじのやつじゃん。まじで浦島太郎じゃん」
「さっきから何を言っているのかはよくわかりませんが、どうぞ私の背中にお乗りください」
「いやまあ、せっかくですけど僕、人間なんで。海の中で呼吸できないんで。すいませんけどいけません」
浦島太郎の昔話の中には、あまたの人間が疑問に思ったであろう、
「なぜ浦島太郎は海の中に長時間潜っていられるのだろう」
という問題がある。これに科学的根拠を見出すことは、いかに科学の発達した今日においても解明できるものではない。浦島太郎が酸素ボンベをつけていた様子が絵本に書かれているわけでもなし、科学的には不可能としか思えないのである。
そこでここは浦島太郎という物語を完結させるべく、物語上の都合ということで読者にも浦島太郎にもこの問題には目をつむってもらうしかないのである。
こういうことができるから小説は便利である。
「いやいやその辺は問題ありませんよ。あなたは海でもおぼれないことになっています。なぜならそうでないと、浦島太郎の物語が続かないからです」
「ああ。それなら全然大丈夫だね。じゃ行きまーす」
浦島太郎はウミガメの背中に乗った。そして海の中へもぐって行く。そして竜宮城に着くと、乙姫が待っていた。
「わたくしの大切なウミガメを助けてくださり、ありがとうございます。ぜひお礼をさせていただきとうございます」
「いや、そんなお礼なんて」
「まずはお食事をご用意いたしましたのでお召し上がりください」
そういって乙姫は食堂へと浦島太郎を案内した。食堂の机の上にはマグロ、鯛その他もろもろの魚の刺身など、食べきれないほどの食事が用意してあった。
「あの」
「なんですか?」
「この魚たちを食事として出すのって、仲間殺しにならないんですかね?」
これもよくある疑問である。浦島太郎の物語で言うところの盛大な料理には、必ずと言っていいほど魚の料理が出てくる。乙姫とその仲間たちはあれをどういう了見で行っているのだろうか?
「人間にもカニバリズムという文化があって、人間を食べるではありませんか。それと同じことですよ」
乙姫は微笑みながら言った。
なるほど、確かに人間は人間を食べることもある。昔は堂々と行われていたものでもある。今でも、こっそりと人を殺しては食べる人もいる。
しかしそれは我々人間社会の間では食人鬼と呼ばれている。世間の見解では彼らはサイコパスと呼ばれ、精神異常者とみなされている。してみると、乙姫たちは精神異常者なのかもしれない。
彼らのもてなしを断るわけにはいかないという義務感で浦島太郎は食事を口の中に入れていく。その一方でこれらの食事がサイコパスによって作られたものだという思いから今すぐ食事をやめたくなる。しかし食べている魚たちがおいしいので、食事をつい続けてしまうのだった。
そのほかにも浦島太郎は魚の踊りなどといったさまざまの娯楽を楽しんだ。そしていい加減竜宮城での歓楽に満ちた日々にも飽きたころ、浦島太郎は帰ることを乙姫に申し出た。
すると乙姫は玉手箱を浦島太郎に差し出した。
「地上に帰るのなら、ぜひこれをお持ちください。ただし決して開けてはなりませんよ」
「どうして決して開けてはならないものを持たせるんですか?」
浦島太郎は不安になって尋ねた。
これもよくある疑問である。なぜ乙姫は玉手箱を持たせたのか?
これについては様々な解釈をつけることができよう。しかし考えれば考えるほどきりがない。そもそもその答えを乙姫の方で言ってくれていないのであるから、わかるはずもない。
ちなみにこの乙姫も答えは言わない。ただ微笑んでごまかしている。浦島太郎は答えを聞きだすのをあきらめた。そして亀に乗って、地上に戻っていった。
さて、地上に帰ってきた浦島太郎はこの後、自分の家へと戻ってみる。ところが家にあったはずのところには自分の家はない。家族もいない。浦島太郎はあたりの人間に聞いて周るうちに、ここが竜宮城へ行った時から三百年たった後の世界であることを知る。
途方にくれた浦島太郎は再び浜辺に戻る。その時の浦島太郎は昔話の浦島太郎のように、都合よく箱を開けてはいけない約束を忘れてはいない。そのため自分では箱を開けることはない。
ところが浦島太郎が浜辺でボーっとしていると、三人のヤンキーがやってきた。
「なんか高そうなもん持ってんじゃん」
「ちょっと貸してみ」
そう言ってヤンキーの一人が箱を手早く取り上げる。
「ちょっとなんですかあなたたち。あっ、駄目ですって。その箱開けちゃダメなやつですから」
ヤンキーは浦島太郎の言葉など聞いてはいない。箱を開けてしまった。すると煙がもくもく出てきて、どういうわけかその煙を浴びた浦島太郎だけが三百歳の老人になってしまった。浦島太郎だけが老人になってしまったのはおそらく、浦島太郎だけが三百年前の人間だからだと思われる。
突如若い人間が老化してしまうという現象を目の当たりにした三人のヤンキーは怖くなって逃げだした。
ヤンキーが去った後、浦島太郎は砂浜に座りこんだ。それからぽつりと言った。
「いくら出るかな、年金」