プロローグ-3
説明解となってしまった…。
ま、まあこれでプロローグは終わりとなります!次回、主人公とヒロインがやっと舞台となる異世界へ……!
『ハンティングワールド・オンライン』通称『ハンワ』。
師範の影響で学生の身分の間、事あるごとに国内の至るところを旅して回っていたが、社会人となってそんな時間をとることが出来なくなった俺がはまりにはまったVRゲームである。
プレーヤー達は皆『狩人』と呼ばれる存在となり、舞台となる世界で様々なモンスターを狩猟する事を目的とした20世紀前半に確立されたジャンル、ハンティングアクションに類されるゲームである。
このジャンルのゲームはVR全盛期となり、ゲームがただの娯楽ではなく『e-スポーツ』へと変貌を遂げた過渡期に一度は駆逐された。
フルダイブVRゲームが確立されてから暫くの間、かつて栄華を誇ったビッグタイトルにあやかり様々な会社より同ジャンルのゲームは発売されたのだが、どれも鳴かず飛ばすの結果しか残すことが出来なかった。
ハンティングアクションは時代に取り残され、終わったコンテンツ。そんな論調がゲーマー達の間で囁き始められた折。彗星のごとくVRゲーム業界へと殴り込みをかけたゲームにして、サービス開始以降10年間。ジャンル問わず国内ゲームセールスランキング一位を維持し続けているという怪物タイトルである。
アップデートを重ねるごとに広がっていき、最古参のプレーヤーですらその全容を把握していないほど広大な世界。
最新鋭の人工知能を搭載し、一時期人権問題にまで発展しかけた一人一人に人生を与えられたNPC。
本当に生きているかの様に動き、こちらへと襲いかかってくる臨場感溢れるモンスターという強敵。
そして『人類種と大自然が織り成すオペラ』というテーマを体現する、緻密なグラフィックとVRテラリウム用に作成された物理演算エンジンが生み出す、ゲームだとは思えないほどに美しい大自然とその中の散りばめられた、かつての人類の足跡。
最新鋭のモーションアシストプログラムによるストレスフリーな操作性で、個人のプレイスキルを問わないという敷居の低さも相まって、今や世界中で人気を博している。
楽しみ方も人それぞれである。
従来通りにパーティープレイを楽しむ人もいれば、ソロプレイでタイムアタックを楽しむ人や、武器防具や薬品。果てはインテリアの作成に命を懸ける生産プレーヤー達。俺のように延々と広大な舞台を旅し続けている変わり者まで話題に事欠かない。
最も奇妙な遊び方をしているのは、登場モンスターの一体である狐型モンスターを神とあがめる宗教団体プレーヤー達だろう。尚、対抗団体まで出て来て狩猟そっちのけの宗教戦争まで勃発した。
そんな千差万別のプレーヤー達の中で、俺は結構有名なプレーヤーだったりする。
プレイ年数が長く、準古参プレーヤーということもあるのだが、彼女が始めるまでずっとソロを貫いていた『放浪者』型プレーヤーであるということ。
そして何よりもアバターとして使用しているキャラクターの種族と、メイン武器の希少さで期せずして有名となったのだが…。
まず、このゲームにはキャラクターにレベルや他のゲームでいうところのアクティブスキルの一切が存在していない。
その代わりとして実装されているのが武器ごとに設定された、アクティブモーションと常時発動型の【アビリティ】である。
この【アビリティ】だが、各キャラクター効果を持たない通称『アクセサリ』に該当する物以外は、プレーヤーが最初に選択したアバターの属する種族が持つ【種族アビリティ】と装備品に付随する【セットアビリティ】で合計10個までしか設定できないようデザインされている。
種族の基礎ステータスが低いほど【セットアビリティ】の枠が多くなり、逆に高いほどその枠が少なくなっていく。
基礎ステータスは、ゲーム内の施設にて限界値は決まっているが高めることが出来るのだが、この【セットアビリティ】枠はどれだけ成長しても増えることがない。
ゆえに、ゲームでのキャラクタービルドは【セットアビリティ】の枠が多く【種族アビリティ】も優れている『ヒューマン』が人気であり、最も不人気とされているのは【種族アビリティ】で全アビリティ枠を消費する上、その全てがマイナス要素という誰が使うんだこんなもんとまで呼ばれる『かたつむり』となっている。
……それでも一定数の『かたつむり』が存在しているのだが。
それはさておき。俺の使用している『タイガ』は『エルダー:ビースト』という種族のキャラクターだ。
この『エルダー:ビースト』。【物理型】と【魔法型】で人気がはっきりと別れるキャラクターである。
【セットアビリティ】枠は“3”であるという少なさだが何故明暗がはっきりと別れているかというと、獣の遺伝子を引き継いでいるという種族的な設定に起因している。
選択する『獣相』によってこれらは判別されるのだが、ここに第一の罠がプレーヤーを待ち受けている。なんとこれ、プレーヤーが自由に『どんな動物の遺伝子を受け継ぐか』を設定しできるのだが、その動物が【物理型】か【魔法型】かは神が判別するのである。しかも、初ログインボーナスを受け取るまでプレーヤーには分からないというおまけ付き(通称、アニマルガチャ)。
『狐』や『梟』、『象(!?)』など【魔法型】は種族アビリティに強力な物が揃っている事もあり人気が高い。
しかし、逆に【物理型】に類されたが最後。攻略をまとめたサイトには『キャラクターを作り直しましょう』とまで書かれているのである。
一応、種族アビリティは割りと強い。しかし、次の仕様が完全に【物理型】を不人気ランキング第二位へと押し上げている。
専用装備『爪牙』以外、武器の装備不可。
この『爪牙』が弱い。一応、設定として【破壊されない】という特性が全武器の中で唯一あるにはあるのだが、その性能が『最序盤は強いけどある程度武器が揃ってきたら店売り武器に負ける。PM武器には言わずもがな』というべき性能。
俺は、自分の姓でもある『大河内』から連想して。というよりも、小学生の時分より呼ばれ続けていた『タイガ』というニックネームと、リアルばれは勘弁願いたかったために完全にアバターの顔が“動物”と置き換わる事。
そして身一つで旅をするのに余りにもマッチしたアビリティを持つということで、『エルダー:ビースト』『獣相:虎』でキャラクターを作成した結果、見事に【物理型】を引いた。
最序盤のボスにして、広大なワールドへ旅立つ為に乗り越えなければならない壁。プレーヤー達から『先生』(ハンティングゲームの慣例らしい)という愛称で呼ばれる、ちょっと間抜けた顔のエリマキトカゲに似たモンスターに、備わった爪と牙は通用しなかった。
今でこそマシになったが、俺がハンワの世界に踏み込んだ当初。『エルダー:ビースト』物理型と呼ばれるキャラクター達は地雷(ゲーム用語で一緒に行動したくないプレーヤーを差すスラング)とされており、後々ネットで調べると『エルダー(笑)』『PT前提なのにPT入れないアニマル』『チュートリアル攻略不可』『ぼっち製造種族』『かたつむり程突き抜けていない半端ビルド』等々酷評の数々が並んでいた。
……普通なら、ここでデータを消去してキャラクターを作り直すのだが、当時の俺は慣れない仕事のストレスやらなんやらで荒んでいたこともあり、妙な反骨精神がふつふつと沸き上がってきた為、何がなんでもこのキャラクターを使い続けてやる!と意固地になった。
そして始まるトライ&エラーの日々。
仕事から帰ってハンワにダイブ。そしてVR連続接続規定時間ぎりぎりまで先生に殴りかかるという、今となればバカじゃないのかこいつという生活を1ヶ月近く続けた結果、湯だった思考はある結論にたどり着いた。
『そうだ、徒手空拳で戦おう』と。
これは、VRゲームの仕様上存在する穴を突いた戦法である。
黎明期において、モーションアシスト機能が発達するまでVRゲームは『本体性能がモノを云う世界』とまで言われていた。
俗に現実チートとまで呼ばれていたそれは、現実世界での“人間として”のスペックが高い者の方がゲームをより楽しめるといった概念である。
ハンワ発表の頃にはモーションアシストが発達し、すっかり廃れてしまっていた物ではあるが、ハンワに“素手モーション”と言うべき物が存在していないことを偶然見つけ、『これ、いけるんじゃないか?』と考えた俺は早速試すこととした。
一応、その結論に至ったのは理由がある。
俺が育った養護施設では格闘技を教えていた。
基本的には教養の一貫として自由に学べる、エクササイズ程度の軽いものであったのだが、幸か不幸か。俺にはどうやら才能があったらしい。
そして、師範こと院長先生にその才を見出だされた俺は、彼の修めていた“古武術”を(騙されて)授けられる事になった。
『柏手流合戦武術』。
武器を持った相手や(何故か)野性動物を無手にて殺傷するために生まれた、ガチガチの戦闘術理を学ばされたのだ。
その事について恨みつらみを吐き始めると盛大に本筋を離れていくため割愛させてもらうが、10数年学び修めたそれが通じるか試してみて、駄目だったらデータを作り直そうと挑んでみた結果。これが成功してしまった。
そして、このプレイスタイルだが意外と自らの欲求である『ハンティングワールドの世界で色んな場所に旅をしたい』という物にマッチしていた。
まず“虎”固有性能として、猫科生物特有の機動力。爪が引っ掛かるならどんな所にも登れる上、高所から飛び降りても必ず着地できる。
更に与えられた圧倒的なフィジカル性能とスタミナ。
予想外の恩恵として、武器を持たないがゆえに地形に引っ掛からないという要素が相まって、伸び伸びと心行くまで旅を続けている内に変わったプレイスタイルのプレーヤーの一人として知名度を得ることとなった。
そして、同居して二年。彼女とプライベートな空間を共有するようになり、彼女も又このゲームを始めるようになった時。
『タイガ』はただのゲームのキャラクターから、“自分のもうひとつの姿”となった。
人の顔を認識できない彼女が、初めて俺と目を合わせてくれた日を、俺は絶対に忘れない。
ゲームでも共に行動するようになって暫くして、現実でも彼女と視線を交わして会話できた日の喜びを。
“純也さん”というどこか一線を引いた呼び方が、“たっちゃん”という愛称に変わった日の嬉しさを。
現実世界で、彼女と過ごす時間。ARデバイスを使って『虎の顔』を被る事で、彼女が抱えた病気の苦しみを少しでも軽くできた事実を。
『タイガ』が居たことで得られた、欠けがえの無い時間の数々を思い起こしながら、俺の意識はゆっくりと闇の中へ沈んでいった。
2/6投稿。
【Tips】
「フルダイブVR技術」
世界において、最初に『思考反映型VR操作技術』が実用へと踏み切ったのは、薬物・アルコール依存症患者に対する治療の現場でした。
意識を完全に仮想空間に没入させることから、後に『フルダイブ』と称される事となり、商業活用へと広がっていきますが、その基本的なノウハウは治療の現場で培われる事となりました。
例えば、VR被験者の空間内での体感時間を現実世界の約3倍速に加速させる事で、より早い社会復帰を促すシステムは、様々なゲームにプリセット機能として応用されることとなりました。
他にも、仮想空間内での被験者達の負ったダメージの一切を現実への回帰時にフィードバックされることが無いように設けられたセーフティ。精神的な負荷を負うと判断された時に発動するベイルアウトシステムなど、全てこの時得られたデータを元に作られたシステムばかりです。
それ故、フルダイブVRを楽しんでいる皆様を『中毒者』などと心ない誹謗中傷をかける人々も確認されていることは、悲しい限りであります。
今や各分野で様々な技術が発展を遂げている昨今。
一方で今一度モラルや、良心を国民の皆様方一人一人にしっかりと自覚を促す時代となったのかもしれません。
~内閣府発行『VR技術の発展 改訂版』冒頭部分より抜粋~