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プロローグ-0

元兵リニューアルのプロットを考えながら、てすさびに纏めていた作品を新作です。楽しんでもらえたら幸いです。


……主人公目線じゃないですが。

 ~黒い森とは、魔なる者共の(あぎと)である~

『森エルフ。狩人の戒め』


 ◆

 鬱蒼(うっそう)と木々が生い茂り、昼であっても夜のごとく薄暗い樹海。

 人の手が及ばない、いや力が及ばないそこは、時折気味悪いナニかの鳴き声が響く以外はしんとした静寂に満ちていた。


 しかし、今日ばかりは珍しくその静寂が破られた。

 鉄どうしを打ち鳴らす甲高い音が、間断無く鳴り響く。

 それは確かに闘争の調(しらべ)であり、同時にその弾き手の一方の者、いや者達にとっては死という終わりへと刻一刻と刻まれる破滅音(カウントダウン)でもあった。


 ――何故、こんなことになった。


 迫り来る死神の気配を間近に感じながら、その闘争―一方的になぶられる事をそう呼んで良いのならばだが―の渦中にある男は、一心不乱に襲い来る嵐にも等しい剣戟(けんげき)をいなし続けていた。

 少し前までは、まだ盾とそれを括り着けた左腕が健在であったため、善戦とは言わないまでもかろうじて戦いと呼べるものではあったのだが、胴を薙がんと振るわれた剛剣と正面からぶつかり合った折り、おしゃか(・・・・)となった。

 今では左右のバランスをとるためだけに繋がっているばかりだ。

 慣れないパリング(いなし)に酷使した結果、愛剣は既に芯鉄にまでヒビが入ったのか、先程から度々(たびたび)嫌な悲鳴をあげている。

 なによりも、間断無い戦闘に晒された我が身も既に半死半生と大差ない。

 目の前の敵が先程から振るってくる攻撃も、明らかに最初とは違いこちらをなぶる意思を感じさせる手を抜いたモノであり、この醜悪(・・)な怨敵に遊ばれているのが現状であろう。


 大振りに振るわれた隙だらけの剣をバックステップでかわして、一旦距離を取る。肩で息をしながら前方のソイツを睨むと、嘲笑うように醜悪な豚面(・・)を歪ませて鼻を鳴らした。


 筋骨隆々とした2メートル(マタル)を越す巨体。鎧のごとく身に纏った分厚い脂肪とそれを包むよく研がれた鋼鉄製の剣すら刃を通せない濃緑色の皮膚。

 鼻が異様に低く、潰れたように上向きとなり鼻孔が露出しているため、まるで豚のように見える事から、豚鬼――オーク――と称される魔物。

 それが正に、今男に立ち塞がる絶望(てき)であった。


 許されるのならば、出来ることならば、男とて自殺志願者(しにたがり)等ではないからなりふり構わず逃げ出したい所ではあった。

 この冒険者という仕事。何でも屋と呼ばれたり、魔物駆除業者とも呼ばれている仕事に最も大切なのは生き残ることである。

 だが、と息を整えながらちらりと横目で背後を見やれば、そこには命の次に冒険者が大切とする物が。いや、者達の姿があった。


 冒険者達にとって、敵から逃げ出す者は嘲笑の対象足り得ない。

 だが、仲間を見捨てておめおめと逃げ帰った場合だけは別だ。

 得難いそれを捨てられる者など、冒険者と名乗ることも憚られる恥知らずと、残りの一生を後ろ指差されながら過ごすこととなる。


(いや、建前だな。)


 そんな自分達の流儀を持ち出してしまった事に、こんな窮地にあるというのに苦笑を漏らす。

 結局のところ、自分を頭目(リーダー)として慕ってくれているこいつらを存外気に入ってしまったことが運の尽きだったのだろう。

 奇襲への反応が遅れた自分を、身を呈してまで庇ってくれた彼らには悪いが、夥しい血を流してギリギリ虫の息な彼らを捨て置くことができないほどに彼らと過ごした冒険の日々を気に入っていた。それだけの話である。


 苦楽を共にしてきた彼らを見殺しにしたならば、それはその輝かしい日々に後ろ足で砂をかける事と同義であり。

 自分の、いや自分達パーティーの生き様を否定することと変わらない。


 例え彼らがおらずとも、目の前でニタニタと醜い笑みを浮かべる奴を入れて5匹のオークに取り囲まれている以上、逃げることなど叶わない絵空事であるということを男は意図的に忘れることとした。


 震える右腕に喝を入れて、ボロボロの剣を握り直し真っ直ぐに眼前のオークを見据える。


 どうせこいつを倒したところで残った奴等になぶり殺されるだけだと萎えかける心を押さえ付けて、生き残る事だけを考え――もしくは仲間達と共に逝ける幸運を噛み締め――る事で、自らを奮い立たせる。


 余裕綽々と言った様子で、訳のわからないダミ声で囃し立ててくる憎々しい豚野郎(・・・)への怒りを殺意に変えて、ややふらつく足で踏み出そうと――――


「グゥルォオオオオオオオ!!!」


 その刹那。

 森に、咆哮が響き渡った。


 オークのものではない、ましてや自分の喉からは発せぬであろう魂を芯から寒からしめる様な叫喚であった。


 男が折角固めた決意が、煮えたぎっていた殺意が霧散していく。

 踏みしめた足から力が抜け、震え始めた。


 そして、それは自分だけでなく。周りを取り囲んでいたオーク達も同様に浮き足立つ。


 ――奇しくも、今この場で意識を保っている者たちは皆同じものを心に抱いていた。

 自らが到底かなわないであろう存在に対して抱く、生命体ならば誰しもに備わる生存への渇望を想起させる根元的な感情。すなわち、恐怖を。


 時が止まったかのように、空間がまるで切り離されたように痛いほどの静寂が包み、誰もその場を動かない。いや、動けないのならば。

 その静寂を破るのもまた、乱入者(・・・)しかいない。


 そして、上がったのは断末魔の叫びであった。

 結果が見えきった決闘であるがゆえに傍観者(オーディエンス)に徹していたオークの気配が消えていく。


 反撃の音さえしない事から、明らかに行われているのは一方的な蹂躙だと解るのだが、乱入者によって4匹のオークが沈黙させられるまでに聞こえてくるのは、断末魔の叫び声以外には移動しているのだろう。木々が擦れて発せられる僅かな葉鳴りだけであった。


 そして、それはたった今縊り殺したオークを片手で引き摺りながら、男たちの前に姿を現した。


 そして、男は今度こそ絶望した。そこに現れたのはオークが灰色猪(ビックボア)に見える程の異形であったのだから。


 いささか猫背の為、体長はオークと然程変わらないが明らかにその厚み(・・)が違う。

 頭から足先(・・・・・)まで沈み行く太陽を思わせる黄金色の体毛に覆われていているが、その下に隠された鍛え抜かれた肉体を容易に想像させる武人然とした体つき


 しかしソレを何よりも異形足らしめており、最も目を惹くのはそこではなかった。


 ソレを一目見た時、男が抱いた感想は『二足で歩く()』であった。

 しかし、思いの外しっかりとした足付きでこちらへと近付いてくる様子と、下半身に纏った夜空のような黒いズボンからこの虎は普段から二足で生活しているのだろう。


 目の前のオークや、以前討伐したオーガと比べてどこか文明を感じさせる出で立ちをしていることから、一瞬男の脳裏に獣人と大きく一括りに呼ばれている『同盟者』を思い起こす。


 しかし、男の同業者に居る獣人とはまるで違う見た目から、これを同じ『人類』だとは到底信じることができないと、その考えを自ら否定した。

 彼の知る“獣人”とは獣としての特徴―ありていに言えば獣の耳や目と言った一部―を備えただけの者たちのことであり、完全な虎の頭をしていない(・・・・・・・・・)のだから。


 ゆっくりとした足取りでこちらとの距離を詰めていた虎ではあったか、掴んだままであったオークの屍を軽々と(・・・)投げ捨てると、未だ恐怖から立ち直っていない最後のオークに向けて手を向け、ちょいちょいと指を動かして挑発したではないか。


 明らかに知性を持つことをうかがわせる虎の挑発に対して、恐怖を苛立ちが上回ったのか。オークは雄叫びをあげ手にした剣を振りかぶり地面を蹴る。


 しかし、その切っ先が虎へと届くことはなかった。


「は?」


 思わず男の口から漏れたのは、そんな間の抜けた一音だけであった。

 男とて冒険者の中では熟練(ベテラン)と呼ばれ、幾度と無い死線を手にした剣一本で潜り抜けてきただけの実力がある。

 そして、先程まで戦っていたオークはその男を単純な剣の腕だけで圧倒して見せた強者であった。

 それもそのはずで、男はただ単にオークとしてしか見ていなかったのだが、彼のオークは周りを囲んでいただけの個体とは違い、オーク・キングを頂点とした階級(ヒエラルキー)の中でも上位とされる“戦士長階級”にあるオーク・エリートと呼ばれる個体であり、正に古強者であったのだが。


 その自らを圧倒していたハズのオーク・エリートの巨体が、何かが爆ぜる様な音が響いたかと思うと宙を舞って(・・・・・)いた。

 かろうじて男がわかったのは、一歩踏み込んだオーク・エリートに対し、虎が目にも止まらぬ速さで懐へと入り込み、がら空きとなったその胸板にそっと手を添えたかと思うと次の瞬間には音と共にオークの巨体が吹き飛んだことだけであった。


 魔法でも使ったのかと思うような光景ではあったが、この場に漂う魔力にはわずかな揺らぎも見られない。


 ならば単純な膂力によってそれを成したのかと考えたが、余りの驚きによって一周し、逆に冷静さを取り戻した思考がそれを否定する。

 ほんの一瞬の動作ではあったが、虎の見せた動きは何処か定まった“理”とも言える何かを感じることの出来る物であり、単純な力押しでこの不可解な光景を作り出したようには思えなかった。


 であるならば、この虎は300キログラム(カラド)を越えるオークを片手で持ち上げるだけの『膂力』を持ち、音もなく多数を蹂躙できるだけの『速度』を併せ、それだけでなく瞬時に繰り出せる程修練を重ねた『技術』まで持つ事となる。


 馬鹿げた話だと、冒険者に成り立ての頃であれば一笑に伏す事だろう。

 だが、不運にも男は知っていた。そんな『理不尽』な力を持ち合わせた存在を。

 つい2年前までこの世界を滅亡の一歩手前まで蹂躙した存在に付き従っていた暴力の権化にして、異形なる怪物たち。

 報告には上がらなかったが、虎が二足歩行したような者が居たとしても何ら不思議はない“人類の天敵(ワールドエネミー)”!

 この虎は“魔族”の残党ではないのか。


 倒れ伏したオークの首を踏み折り、ゆっくりとした様子でこちらへと振り返った虎の視線が自分を捉えたのを感じながら、男は必死に後ずさろうとするも、腰が抜けたのか微動だにできなかった。


 ゆっくりと、虎が距離を詰めてきたと言うのに、逃げることもできない。

 今度こそ殺されると、その姿を前についに男は折れた。絶叫しないのも、息の止まるような恐怖に心が塗りつぶされたに過ぎない。


 しかし、まったく予想だにしなかった虎の行動が、男を驚愕させることとなる。


「■■■■■」


 何と、虎が語りかけてきたのだ。

 その巨体に違わぬ太く低い声で、耳慣れない上にやけに早口な言葉ではあったが、確かに何らかの意図を持って言葉を口にしたのだ!

 魔族も確かに言葉を口にすることはあったが、それは不快感とも言おうか。嫌に耳に残るというか神経を逆撫でるような感覚があったのだが、目の前の虎が発した言葉からはそれを感じない。

 どういう事だと混乱していると、虎は何かを考えるように自らの下顎に手を当てる。

 そして、何かを思い付いたのか口を開くと、その前で男の頭ほどある掌を開いたり閉じたりながら「あーーー」と鳴き声?を出す。


 ……もしかして、何かを喋れと言っているのだろうか。


 意思疏通であるかどうかは半信半疑のままであったが、体の震えを抑えようと下腹に力を込める。


「あ、あんたは何者だ?」


 そしてつっかえながらそう誰何の声をかけると、虎は顔の前で右人差し指と親指で丸印を作る。

 どうやら、合っていたらしい。


 そして、何を思ったのか虎は自らの右耳をそのまま人差し指でピンっと軽く弾いて見せた。


(ん……?)


 何かのジェスチャーかと思い、よくよく虎の耳を見てみると、そこには体毛に隠れているが、ピアスの様なものが付けられている。とすれば、あれは何らかの魔道具なのではないかと勘繰っていると、またしても虎は口を開く。


「あー。言葉は、これでいいかな?」


 今度こそ、開いた口が塞がらなかった。

 目の前の虎の口から発せられたのは、先程の耳慣れない言葉ではなく自分達の使用しているフラメルの言葉ではないか!


 男は驚愕の余り目を見開く。

 それを見て虎は言葉が通じたと理解したのであろう。満足げに頷くと、男へと手を差しのべながら言葉を発した。


「通じたようだな。初めまして人族(ヒューマン)

 勝手ながら助太刀させて貰った。コンゴトモヨロシク?」


 これが男――冒険者パーティー『スローンズ』頭目のダルク。否、メイアと呼ばれる世界に生きるもの達と、虎頭の獣人とのファーストコンタクトであった。

2/3投稿。


【Tips】

・「オーク」

(オーガ)豚鬼(オーク)


その特徴的で醜悪な見た目から“豚鬼”とも呼ばれる魔物。長らく獣人の猪人が『悪しき道』に堕ちた存在とされていたが、近年の研究によってオーガの近縁種であることが判明した。

総じて潰れた鼻、大柄で筋肉質な体躯が特徴的だがオーガ種に見られるように体毛がなく暗緑色の地肌が露出している。

オーガ種の例に漏れず、雌個体が極端に少なく生殖の為に人類の雌を『孕み袋』として捕獲。その母胎を使って個体数を増やすことから、(数さえ揃わなければ)脆弱なゴブリン以上に忌み嫌われている。

武器を扱う程度には知恵があるが、魔法は全く使用しない。だが、単純な膂力だけでも十分驚異足り得る。

討伐難易度はギルド公表“D”。

ただしごく稀に“キング”と呼ばれる個体が発生した場合、原始的な社会性を築き巨大な群を形成することがある。

これにより“エリート”と呼ばれる個体が発生し、これに率いられたオークはその危険性をはねあげる。

この場合の危険度は“B”まではねあがるため、熟練の戦士と謂えども油断は禁物である。

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