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玻瑪瑠(はめる)の法螺吹き男  作者: 野口読多
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人にして、人を厭ふることなかれ


 ーー福沢諭吉『学問のすゝめ』掉尾ーー



「お前の子供は預かった。返してほしくば、次に云う指定の時刻と場所に金を携えて一人で来い」



 ーー春うらら、時刻は正午になんなんとせん。ありふれたビジネスパーソンなら、コミュニティを拡げるべく最大限活用する黄金の時間帯。迷いなく、鳴らされた電話を人はとる。


 完璧だった、瑕瑾はない。

 字義どおり、璧を完うしおおせた。


 人生で、一度は口にしてみたい至玉のフレーズ。ビカレスクじみていて、かつまた、いと燻し銀なこの金句。

 毒を食らわば皿までというが、どうせ悪に堕ちるというなら、とことん底の底まで堕ちていこう。ドン底の泥を渫って生きてみよう。


 ガキを拐って、つきつけよう。現実の無慈悲と、使い古された水晶玉のような曇った表現が有していたはずのグロテスクさと……、それが本来内蔵するおぞましさを。



 ーーあるいはここに、内臓をぶちまけることだって厭わない。

 なぜなら俺は、堕ちるところまで堕ちている。ゴミ溜めで、咽喉首かっ切られた鶴こそまさに俺なのだ。堰をきった水ならば、戻る道理ももはや無い。覆水は、二度と盆にはかえらない。


 全能完……俺はいま、地上で最も強くある。


『……………………………………………………』


 

 通話の相手は、おし黙る。無理もない、返答次第でてめぇの躮と向後一切身を分かつことになるかもしれないシリアスな可能性。あるいはこの電話自体が、なにかのイタズラどっきりなのかもしれないおちゃらけた可能性。


 手に汗にぎる、二者択一。


 蓋然性でいえば、後者にベットするべきだろう。世の人の、多くは不幸を疑うようにできている。真実の闇から眼を背け、虚構のスパンコールにエンドルフィンを泌りまいていやがる。みんながみんな、そうやって似姿が捏ねつくられている。



 電話口の相手も、きっと楽観的にこう考えているに違いないーータチの悪い、今どきありえないぐらいステレオタイプな誘拐のイタズラだと……頭から否定してかかっているに相違なかろう。


 だが違う、これは現実なんだと知らしめる。そのための武器を、俺は持っている。

 とりもなおさず、肉声だ。



『…………つまり、あなたはこのご時世に私の子を誘拐し、あまつさえ身代金を要求している、というわけですね?』


「ああ、そうだ。理解が早くて助かるが、言っておくがこれはイタズラ電話なぞではない。サツにも一報いれてくれるな」


 すかさず俺が釘を刺すと、あにはからんや、通話相手はいとも冷静に応じてのけた。


『わかっています。この電話番号を知るのは世界にあの子ただ一人。おいそれと、他人に口外しないよう、よくよく言い含めてもおりますし、それに逆らう利かん坊でもあの子は決してありません。この電話は、私がなにをさて置いても、プライオリティを高くしている番号なものですから』



 ともすると、こいつはどうも拍子抜けだ。味気ない感じがしなくもない。

 こっちがせっかく、大仰な決まり文句で格好をつけてのたまったのに対し、あしらうでもなく疑うでもなく、さりとて狼狽するというでもなく、まさかまさかの信じたうえでの冷静沈着、泰然自若。


 なんとはなしに、アテが外れた感がある。てっきり俺は、現実を離れた者が陥るだろう恐慌が、その声帯を顫わせしめるえもいわれぬ瞬間が聴けるものだとばかり思っていた。スリルなサスペンスがこの俺を興じさせもするだろうと、心待ちにしていたほどである。


 であるというのに、この冷静さ。世が世なら時代のターニングポイントとなりうるきっかけを生み出せたかもしれないクールぶりだが、むべなるかな、とも同時に思える。その意地張りいつまで続くやら、だ。肉声を






のちほど

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