イツキ、卒業式に参列する
オットンとワンダは決闘に敗れ退学が決定した。
正式な退学命令は4月12日(月)付けで校長先生から出され、当然、他の学生たちから冷たい視線を浴びせられたが、決闘に敗れた負け犬とバカにする者はいなかった。
むしろ気の毒だと同情する視線を向けられて、痛い人扱いされている方が辛かっただろう。
誰もイツキ先生の強さを知らなかったのだから・・・まあ、知ってたとしても決闘を選ぶしかなかっただろうが。
決闘の翌日、月曜日の1組の1時限目の講義は、軍本部に出張しているコーズ教官に代わり、僕が数学の講義を教えることになった。
「ところでイツキ先生、歴然たる証拠って何だったのですか?」
講義が始まるなり、ベルガが手を上げて僕に質問してきた。
皆もそれが知りたかったようで、いつもより真剣な顔をして僕の答を待っている。
「うーん、それはね、色々な方法が有るんだけど、例えばハヤマ小屋に残っている犯人の足跡や臭いから、ラールが犯人を探し出すことができる」
僕はラールの賢さを、みんなに披露できなかったのが、ちょっぴり残念だったなぁと思いながら答えた。
「ちょっと待ってください・・・ということは、本当なら事件後直ぐに、犯人を特定できたってことですよね?」
半分怒っているようなしかめっ面をして、ハモンドが大声を出した。心なしか綺麗な青い瞳が怖いんだけど。
「まあ、そう言えばそうだけど、事件の目的や経緯が解らなければ、犯人だけを捕まえても解決したとは言えない。犯人が正直に話さなければ、目的さえも解らないままになってしまうよね」
にっこり微笑んで、首を傾げて「ね!」と可愛く言ってみる。
『うっ……ダメだ~!それはずるいだろー!!』
学生たちは、男の子なのに妙に可愛い笑顔で、にっこり嬉しそうに微笑むイツキに対し、心の中で叫んだ。
「まあその件は置いといて、コーズ教官から小テストを預かってます。今から30分の講義の後テストをして、70点以下の人の解答用紙は廊下に貼り出し、90点以上の人は、もしも希望するなら体術の稽古をしたいと思います」
「えーっ!あの速攻体術を体験?」
「俺、投げられたい!」
「指導プリーズ!」
この日、1組から3組まで同じテストが実施されたが、70点以下はなし。見事90点以上を取って、イツキ先生と体術の練習をゲットしたのは、88人中68人だった。
結局、全員かなり頑張ったものの、イツキ先生にホイホイと投げられ、「次のテストでまた90点以上を取って、必ずリベンジする!」と学生たちは熱く燃えた。
教官たちは、自分が留守の時だけ高得点を取る学生たちに、教育者として少し自信を失いかけた。どうしたものかと教頭先生は頭を悩ませた結果、小テストではなく定期テストで10番以内に入った者だけ、イツキ先生と剣か体術の練習ができると発表した。
当然、学生たちから大ブーイングが上がったのは言うまでもない……
学生たちの間で、誰が1番にイツキ先生から1本獲るか、競っていたからである。
7月の中旬、定期テストを終えた教頭先生は、再び頭を悩ませていた。
学生たちからは、もっとイツキ先生から勉強を習いたいとか、武術の練習を一緒にさせて欲しいと、熱烈に要望されてしまったのだ。
教官たちからは、もっと外国語をイツキ先生から習いたいとか、実践的な講義を増やして欲しいと要望された。
「まあまあ教頭先生、そう溜め息をつかずとも、今年は近年になく学生が頑張ってますから、テストの平均点が信じられないくらい上がってます。私たちにも、学生たちにも、イツキ先生は良い刺激になってくれたようです。教会は、いえ、リーバ(天聖)様がイツキ先生を我々に預けてくださったお陰です」
校長先生は、教頭先生の愚痴を聞きながら、遠い目をして窓の外を眺め、リーバ様に感謝しながら言った。
その視線の先にはハキ神国があるのだが、かの国を想い校長先生は表情を曇らせた。
ミノス正教会のファリス(高位神父)エダリオ様から、ハヤマ(通信鳥)のミム定期便で、つい先程知らせが入り、不穏な報告を受けたからだった。
その内容は、ハキ神国の国王が病に倒れ、交戦好きな第1王子が皇太子になる可能性が強くなったというもので、どうやら友好国であり隣国のカルートに、戦争を仕掛けようとしているらしい・・・
暫く戦争が起こらず、ランドル大陸は平穏だった。しかし、あちらこちらで怪しい火種が燻っていることを、先日軍学校を訪れた、エントン秘書官(情報部トップ)からも耳に入れていた。
『どうか可愛い教え子たちが、戦争で命を落とすことがありませんように』
校長先生は、曇り始めた空を見上げ深く息を吐いた後、目を瞑って神に祈った。
8月、久し振りに僕はミノス正教会に里帰りした。
懐かしい人々に会えて嬉しかったが、9月にはモーリス(中位神父)ダヤン様家族が、ハキ神国の教会に移られることになったと聞いて、ちょっと寂しくなった。
弟のように可愛がってくれた、ダヤン様の息子ペーターは、ミノスの上級学校を卒業してからハキ神国に向かうとのことで、本人はファリスであるハビテの元で修行したいと希望していると話していた。
あっという間に秋になり、僕はハヤマの子ども3羽の、通信鳥としての訓練が忙しくなった。
冬までに、1番近いマキの街と、2番目に近いミノスの街までは飛べるようにしておきたい。
11月15日、学生たちは卒業試験として、筆記問題・演習(建設作業・道路整備)・実習を兼ねて、6つのグループに分かれ、マキ・ミノス・キシ・ヤマノ・カワノ・マサキの6都市に、1ヶ月間旅立つこととなった。
この卒業試験はレガート国内乱の時、エントン秘書官の発案で始まり、今のバルファー国王が王座を奪還するのに、一役買ったらしい。
現在、軍学校には教官が5人しかいないため(校長・教頭を除く)、ハヤマの訓練も兼ねて僕も引率することになった。
とは言っても、9歳児の僕が表立って引率する訳にもいかず、どうしようかと思案していたところに、僕に剣を教えにやって来た【策士ソウタ】ことソウタ副指揮官が、自分が引率しようと言い出し、軍学校は軽くパニックになった。
当然、軍本部でもパニックになったが、上司であるギニ副司令官を説き伏せ(脅し)、無事に引率できることになった。
何故か、【王宮の貴公子】こと王宮警備隊のヨム副指揮官までもが引率することになり、上司であるエントン秘書官を困らせた。
「ここ3年は忙しくて、1度も実家に帰っていない。帰してくれないなら今日限りで辞める」
と、何故か2人は説き伏せ方(脅し方)が全く同じだったらしい。
結局折れたのは、バルファー国王だったという噂である。
2人の師匠の故郷はキシの街だったので、僕と半泣き状態(憧れのビッグスター2人はとても厳しかった)の学生たちは、キシ公爵領へと出発した。
道中、僕は師匠2人から、自分達も卒業試験でキシの街に来たのだと教わった。
11月20日、キシの街に到着すると、ソウタ副指揮官からキシ部隊のトップである大佐に、軍学校の引率者イツキ教官だと紹介され、予想通り驚きと怒りの表情をされた。
「大佐、子どもだと思ってなめない方がいいぞ!まあ、その内判る」
上官であるソウタ副指揮官にそう言われた大佐は、怪訝な顔をしたまま軍礼をとった。
キシに到着して3日目、僕は2人の師匠に連れられて、キシ公爵に会うこととなった。
キシ公爵は、まだ27歳と若く、僕の師匠とは幼馴染みで、共に軍学校・上級学校で学んだそうである。
「イツキ、将来の道が決まってないなら、我らの主キシ公爵の元で働いてくれないか?」
真面目な顔で師匠2人にそう言われて驚いた。あまりに真剣な顔をして僕を見るので、正直に答えるしかないと思い、自分はブルーノア教会の養い子だから、将来は教会で働くことになるはずだと伝えた。
「イツキ先生、公爵である私が頼めば、レガート国で1番偉いラミル正教会のサイリス(教導神父)様でも、お許し頂けると思うのだが?」
目の前の、ブロンズ系の光沢のある髪を後で束ね、茶色い瞳は明るく、色白で……まるで女性のように美しく整った顔で見詰められ、優しい声で問われて、僕は思わず言葉に迷った。
『この人には、下手な言い訳や嘘は通用しないだろう』
出されたお茶をゆっくり飲み干して、僕はキシ公爵の目を見ながら答えた。
「僕の未来は、開祖ブルーノア様によって決められています。軍学校に入ったのもリーバ(天聖)様のご指示です。だから誰も僕の未来を決めることはできないのです」
今ここで自分が《裁きの聖人》、リース(聖人)であると名乗ることはできない。名乗ると軍学校には居られなくなるだろうから。
キシ公爵と師匠2人は、リーバ(天聖)というブルーノア教の最高位の名を出されて、目を大きく見開いたまま固まってしまった。レガート国民、いやキシ公爵領民は、敬虔なブルーノア教徒だった。
結局、「イツキ先生とは必ずまた会えると思いますよ」と、帰り際に言われて、僕もそんな気がして「そうですね」と答えた。
この後始まるハキ神国とカルート国との戦争で、キシ公爵アルダスは、レガート軍を率いることになる。
そしてその戦いに、この場にいた師匠2人と僕も巻き込まれることになる。
色々あった卒業試験を無事(かなり優秀な成績で)に終え軍学校に戻ると、2日後には卒業前の武術大会が開催された。
真冬だというのに陽射しが降り注ぎ暖かい12月25日、軍学校の卒業式が行われた。
僕も教官席に座り参列した。僕の隣にはラールがすました顔で座っている。
今年も成績優秀者5名の名前が読み上げられ、5人は上級学校に編入し、エリートコースを歩むこととなる。
その5人の内、1組のベルガは、上級学校に1年通い卒業した後、イントラ連合国のイントラ高学院に軍費で入学し、わずか3年で卒業し軍医となった。
同じく1組のハモンドは、2年間上級学校に通い卒業した後、イツキ先生の影響を受け(情報の大切さを学び)、軍の情報部に入隊し、ギニ副司令官とソウタ副指揮官に、こき使われることになる。
3組のレクスは、2年間上級学校に通い卒業した後、ハモンドと同じくイツキ先生の影響で、王宮警備隊の情報部に入隊し、王宮の貴公子ヨム副指揮官の元で厳しく鍛えられることになる。
3組のポールは、上級学校編入を断り、ハヤマ育成士見習いとして軍学校に残り、僕と共に頑張って立派な育成士に育った。
意外だったのが2組のカジャクで、僕に剣の試合で負けてから、軍用犬訓練士になりたいと決心し、猛勉強をした結果5位に入ったことだ。上級学校には行けない(カジャクは上級学校から素行不良で転入してきた)代わりに、軍用犬訓練士になりたいと願い出たのだった。
本当は犬が大好きだったらしい。道理でバンが懐いていたはずだ。
卒業生たちから【イツキ先生最強】という言葉と、たくさんの感謝の言葉を貰って、僕は泣きそうになってしまった。
感動の卒業式から3年半後、僕は可愛い教え子たちと、戦場で再会することとなる。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
なんだか駆け足で卒業式まで来てしまいました。
次話は、軍学校の番外編が入ります。
そして新章は、《予言の紅星3 隣国の戦乱》とシリーズ化して新しく始めます。
それに伴い、《予言の紅星 外伝》を《予言の紅星1 言い伝えの石板》と《予言の紅星 外伝》に分けます。
また、現在の《予言の紅星》を《予言の紅星2 予言の子》と題名を変えます。
正直なところ、パソコン操作が苦手なので、きちんとシリーズ化できるか不安です・・・




