決戦の行方
視点が何度か変わります。
分かり難かったらごめんなさい。
中級者クラスの試合を先に終わらせ、上級者クラスの準決勝1組目、カジャク対バンの代理イツキの試合が、もう間もなく始まろうとしていた。
自分の試合が既に終わっていた殆どの者は、(あのカジャク)と(あのイツキ先生)の試合を観戦しようと、上級者クラスの試合が行われているステージ前に押し寄せた。あまりの観戦者の多さに教官は、特別にステージ上での観戦を許可し、試合場所を武道場の中央に変更することにした。
イツキ先生は防具を身に着けて、鞘の付いた剣を持って前に進み出ていく。反対側からはカジャクが歩いてくる。
見守る観戦者たちから見ると、獰猛な熊の様なカジャクと、子羊よりもか弱く見えるイツキ先生の組み合わせである。その違和感は半端なく、何の余興か冗談かと怖いもの見たさで集まっては来たものの、どうやら本当に試合をするようだと分かると、その視線は教頭先生に集中した。
こんな危険極まりない試合を校長が許すとは思えないのに、まさかの涼しい顔で教頭先生は試合開始を審判として待っている。
とことこと歩くイツキの姿は、凛々しいとは程遠い、まだまだ幼さの残るものだった。とても珍しい黒く大きな瞳に長い睫毛、幼いながらも整った顔立ち、下手をすると女の子と見間違える程の可愛い姿は、研究者とか教官のような存在でさえなければ、弟のように、いやそれ以上に可愛がりたいと思う者だっていた。
そんな微妙なイツキ先生だけど、なんだか見ているだけで癒される存在だったので、学生たちの心配はどんどん大きくなっていく。
午前中の試合の状況を思い出してみても、初心者が運良く勝っただけに過ぎず、無謀としか思えない。なのに何故こんな対戦が許可されたのかが理解できない。
「おい、誰か止めろよ」
「イツキ先生死なないかなぁ」
「教頭先生はどうして止めないんだ」
「俺が代わってやりたいけど返り討ち決定だし」
ざわざわと、イツキ先生を心配する応援団?の声が広がっていく。
「カジャク、遠慮するな!正々堂々と討ち負かせよ」(オットン)
「そうだそうだ、痛い目に遭わせてやれ!」(ワンダ)
あり得ない声援に、イツキ先生を心配していた者たちの、刺すような視線と非難の声が、オットンとワンダに集まる。
「静かにしろ!イツキ先生が集中できないだろう!」
ハモンドの一喝が場内に響き渡った。
静かになった場内の中央に、これから戦う2人が整列した。
「教頭先生確認しますが、これは武術大会であり真剣勝負でいいんですよね?」
余裕と半分怒りの籠った声でカジャクは問う。カジャクとしては、バンが捻挫で出場できなくなった時点で不戦勝となる予定だったのだ。それを、あの忌々しいガキと戦う羽目になるとは、随分と舐められたものだと面白くなかった。
こうなったら代理になったことを、痛い目に遭わせ思い知らせてやろうと、当然の勝ちを確信して教頭に確認する。
〔 ここからイツキ視点です 〕
「もちろんですよ。どうか全力でお願いしますね」
僕はにっこりと極上の笑顔で教頭先生の代わりに答えると、剣を抜き、鞘を教頭先生に預けた。
「ああ教頭先生、防具が重いので脱いでもいいでしょうか?」
防具を着ける習慣がない僕としては、ない方が楽なんだけどなぁと思って教頭先生に頼んでみた。
教頭先生は暫く考えて(勘弁してよイツキ先生、万が一ということだってあるよね)から、
「この試合に勝てたら、決勝戦では防具無しを認めます」
教頭先生は困った顔で僕の方を見て、渋々次の試合から許可してくれた。
「・・・?」(学生たち)
「いやいや、それは無い!」
「本当に死ぬし!」
「おい、誰か審判を代わらせろよ!」
再びざわついた場内だったけど、教頭先生が「礼」と響く声で号令を掛けたので、直ぐに静かになった。
僕は軍礼をして静かに剣を構える。午前中のデモンストレーションとは違い、全く隙の無い構えで。そしてカジャクを見て少し口角を上げた。
《 徐々にイツキの体が銀色のオーラに包まれていく 》
「始め!」
教頭先生の合図と同時にカジャクは斬り込んできた。恐らく一撃で終わらせようと思ったのだろう。
僕はヒラリと剣先をかわし横に避けた。そして何事も無かったかのようにまた静かに構え直す。
カジャクはあるはずの手応えが得られず、剣は空を斬った。首を傾げて構え直すと、また直ぐに攻撃を仕掛けてくる。
3分くらい経った頃、全く当たらないカジャクの剣捌きに、固唾を呑んで静かに見守っていたイツキ先生応援団のみんなは、何かに気付きざわざわとし始めた。
『あれ?あれあれ?何故剣が当たらないんだ?もしかして全て見切っているのか……』
『信じられない!これは幻なのか?なんなんだ、あの余裕は……』と。
肩で大きく息をしているカジャクは、何故剣が当たらないのか理解できずにいた。
たまに剣が当たっても、直ぐにかわされる。まともに剣を交えることさえできない。
目の前のガキは息も乱れず剣を構えているのに、どうして?何故なんだ・・・打ち込んでも払っても当たらない。
『そうだ!俺だけが攻撃しているから駄目なんだ。よし!今度は相手の攻撃を待とう』
カジャクはそう考えて目の前の子供との距離をとった。そして息を整えるように何度も深く息をする。
「なんだ、もういいの?」
僕はカジャクにだけ聞こえるくらいの声で訊ねると、剣の構えを変えた。
そして、距離をとったカジャクを、氷のように冷たい視線で睨み付ける。僕の視線を受けたカジャクの瞳に恐れが表れる。恐れは不安を呼び、冷静な思考を妨げる。
カジャクの額から汗が噴き出し、せっかく整えた息が乱れ始めたその時、僕は速攻でカジャクの間合いに飛び込み、ひと打ちしてから剣の構えを再度変え、1歩引いてから剣を振り上げた。
〈〈 キーン 〉〉と剣のぶつかる音がしたかと思ったら、カジャクの剣は宙を舞っていた。
それは周りから見たら真っ直ぐ踏み込んで、剣を振り上げただけに見えたかもしれない。
〈〈 カシャーン 〉〉と武道場の床に剣の落ちる音が響いた。
静寂とは正に、こういう場面で使うのが相応しいのだろうかと僕は思った。
みんな息してる?あれ、どうしてみんな固まってるの?僕はきょろきょろと周りを見回して、取り合えずお辞儀をした。
「ワァー!!!」
と大歓声が起こった。
「バンの代理のイツキ先生の勝ち!」
教頭先生の審判が下り、試合は終了した。カジャクの方を見ると、何が起こったのか理解できなかった様で、まだその場に立ち尽くしていた。そんなカジャクの側まで行き、僕は静かに凍るような声でこう言った。
「もしかしたら肋骨にヒビが入っているかもしれない、手加減はしてやったからな」と。
《 銀色のオーラが徐々に消えていく 》
カジャクは我に返り自分の脇腹を触ってみる。少し痛い気もするが気のせいだろうと思った。そして落ちた剣を拾おうとして、激痛に顔を歪めた。
ハモンドは感動していた。自分の推測が間違っていなかったことに、そして想像以上にイツキ先生が強かったことに。
こうなったら、何がなんでもルイスに勝って決勝まで進まねばならない。校長先生は天才と言っていたのだ。あれは本気なんかじゃなかった。だって、汗ひとつかいてなかったし、みんなは気付いてないかもしれないけど、見事に胴にきまっていた。あの早さは凄い!
そして何故弱い振りをしていたのか・・・それはカジャクやオットンの汚いやり方を知っていたからだ。
バンがまた足を狙われて、もしも出場できなくなった時は、自分が代わりに試合をして勝つことで、カジャクやオットンを牽制したのに違いない。
僕は学生たちに囲まれないよう、校長先生とマハト教官の間に座って、ハモンドの試合を観戦した。
先程の試合の後、一斉に学生たちに囲まれて身動きできなくなっていたところを、校長先生が救い出してくださったのだ。なんか凄く揉みくちゃにされ質問攻めにあったけど、何も答えないまま校長先生に手を引かれて脱出したので、武術大会が終わってからのことを思うと気が重い。
ハモンドは見事に勝ち進み、決勝戦は〈ハモンド〉対〈バンの代理のイツキ〉と決まった。
「イツキ先生、僕との試合に手加減は無用です。対戦できてとても嬉しいです」
ハモンドは青い瞳をキラキラ輝かせながら、僕に握手を求めてきた。前から思っていたけど、真面目で礼儀正しく物事の本質を見る目を持っている学生のようだ。
「こちらこそよろしくね」
僕は握手を交わして笑顔で答えた。
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