イツキ、武術大会に出場する(3)
昼食時間、1人の学生が思案に暮れていた。
『あれが天才の技?どう見ても習い始めの初心者に見える・・・でも、わざと下手に見せているとしたら・・・いや、そんなはずない。確かに勝ったけど……きっと校長先生にからかわれたんだ』
昨日、校長先生から機密事項だがと念を押されて、イツキ先生が剣の天才だと聞いてしまったハモンドは、唸ったり首を斜めにしたり首を振ったりと七面相をしながら、午前中のデモンストレーションについて考えていた。
「おい、ハモンド何をぼーっとしてるんだ?お前1回戦ワンダとだったよな?良かったじゃん不戦勝でさ」
親友のベルガは、ぼんやりとスプーンを持ったまま考えごとをしているハモンドに声を掛けた。
「あのさあ、お前イツキ先生は強いと思うか?」
「はぁ?そりゃ強いだろう、3人の学生に勝ったし。上手いか?と訊かれたらノーだけど、強いか?ならイエスだな」
こいつは何を言い出すんだという顔でベルガは答えた。勝負は過程も大事だが結果が全てだと、常々言っているベルガとしては当然の回答だった。
「そう言えば、2組のバンが捻挫したらしいぞ。オットンたちの罠に掛かったって2組の奴等が話してた。それがなんでもワンダの仕業だったらしくて、イツキ先生に左手首をやられて自業自得とか言ってた。カジャクもオットンも金魚のふんもいい加減にしろって話だよな」
ベルガはそう話すと、皿の中に最後に残っていた肉を惜しそうにフォークで刺しながら口へと運んでいった。
『そう言えば武道場に帰ってきた時、イツキ先生はバンと何か話をしていた・・・いやいや・・・でも・・・あり得なくもないか。もしもそうなら、本当にそうであるならば是非自分も戦ってみたい』
ハモンドはある仮説を立てた。しかしそれが真実であれば、もっと始めから強さを示せばいいことだ。何故弱い振りをしているのだろう?
何となく疑問が晴れたような晴れていないような気がしながら、残しておいた2切れの肉を食べようと皿を見ると、何故か1切れの肉しか残っていない。
「・・・?」
隣の親友をチラリと見ると、最後の1切れを食べ終わった筈なのに、フォークに大き目の肉が刺さり、今まさに口の中に収まろうとしていた。
「あっ!お前いい加減にしろ。それ俺の肉だろう!!」
ハモンドは間一髪で阻止し、ベルガの腕を引っ張りフォークに刺さっていた肉を自分の口に入れた。油断も隙もないなと親友を見ると、残りの肉を狙う視線に気付き自分の皿を死守するのだった。
ハモンドの疑問と願望は、午後の〈剣〉の試合で、意外な結末で解消され、叶えられることとなる。
いよいよ最終競技である〈剣〉の試合が始まった。
〈剣〉の試合も上級・中級・初心者の3つのクラスに分かれて、トーナメント方式で行われている。ただ初心者クラスは、剣が何処に飛ぶか分からないので、武道場前広場で行われている。
武道場の中で審判をしているのは、中級がマハト教官で上級が教頭先生だった。
僕は昨日肩を痛めたハモンドと、今日捻挫したバンの様子を観るため、上級者の試合を観戦していた。
剣を打ち合う音が響き渡る武道場内で、カジャクとオットンの姿が目にとまった。
2人は何かこそこそと打ち合わせをしているようで、カジャクは薄笑いを浮かべながら試合中のバンの方を指差している。オットンは何度か頷きながらニヤニヤ笑っている。いかにも何か企んでいますと駄々漏れな2人の様子にフーッと息を吐く。
『やだやだ、今日は顔だけじゃなくて、全身黒いオーラに包まれちゃって、折角の楽しい大会なのになぁ』
僕は目の前で戦っているバンの勝利を確信して、校長先生の所へ向かった。
中級者の試合を観戦されていた校長先生の隣に座って、回りには聞こえない小さな声で、僕はあるお願いをした。
「そうですか、そろそろイツキ先生も堂々と練習したいでしょうから、これをお使いなさい」
そう言うと、手に持っていた剣を僕の前に差し出して、「プレゼントです」と言って渡してくれた。
その剣は練習用の剣で、軍学校に置いてある剣よりも少し小さく、握り部分はやや細く握り易そうで、何故か鞘まで付いていた。僕はその剣を両手で受け取りながら、嬉しくて校長先生に飛び付きたくなった。でもグッと我慢して笑顔で校長先生の顔を見て、ありがとうございますと言うだけに止めた。
校長先生はうんうんと頷くと、鞘を抜いてごらんと嬉しそうに言われた。
僕は新しいその剣の鞘をゆっくり抜いていく。中から美しく輝く銀色の剣が姿を現した。まだ傷ひとつついていない剣に僕の顔が写った。初めて手にした自分専用の剣に感動で胸が高鳴る。
練習用の剣なのに濁りなく磨かれ、まるで真剣のようだ。刃がついていたら恐ろしく斬れる剣になるだろう。小さめなのに軽くなっていないのは、素材が本物の真剣と同じだからだ。
「もしもの時は、刃もつけられるようにしておきましたよ」
校長先生は、さらりととんでもないことを言って僕を驚かせたけれど、そのための鞘なのかと納得できた。
ここは学校で、僕は研究者であったとしても、レガート軍の一員なんだと実感する。
『いつかこの剣を真剣に変えて、誰かと戦う日が来るのだろうか・・・』
剣を鞘に納めて、もう一度校長先生にお礼を言ってから、僕は上級者の試合場所に戻っていった。
いつの間にかバンの2試合目は終わり、ハモンドの試合も終わっていた。
ハモンドは開始2分で勝ったらしく、痛みや疲れは出ていないようだった。
僕は、タオルで汗を拭いているバンの所へ足の具合を診にいくため立ち上がった。思ったよりも腫れは酷くなっていなかったので、次の対戦を許可することにした。
バンの3回戦の対戦相手はオットンだった。マハト教官の情報では、オットンは体術は得意だけど剣はそこそこだと言うことだったので、取り合えず反則や危険行為がないかチェックしておこう。
開始5分、オットンは必要以上にバンが痛めた左足を目掛けて踏み込んでいる。次に必要なさそうな左右の動きで逃げ、バンが動かないと見るや打ち込み、バンが仕掛けると大きく後退し逃げる。
教頭先生からの指導が入ると、接近戦で踏み込んできたオットンは、あろうことかバンの左足を故意に踏みつけた。
痛みで顔を歪めたバンは一瞬よろけたけど、それでも鋭く斬りつけてオットンを倒した。
ある意味予想通りの展開に、僕はフーッとため息をついて、足を引き摺るバンの元へ駆け寄った。
左足首を診ると、今度は明らかに腫れが酷くなっている。バンは半分涙目になりながらも、まだ戦う気で僕からの判断を待っている。かわいそうだけど、これは早急に冷やさなければならない。
「バン、残念だけどこれ以上は無理だよ。またしても汚い手を使ったカジャクを倒したい気持ちは分かる。だから君の気持ちは僕が引き継ぐよ」
「それはどういう意味ですか?」
バンはイツキの意図するところが分からず、怪訝な顔をして訊いてきた。
「僕がバンの代わりに、次のカジャクと戦って勝つという意味だよ。もしもバンの足の状態が悪化したら、僕が代理で戦っても良いと校長先生から了承も得ている。僕は悪意で人を陥れる人間には、反省が必要だと思うんだ」
僕は大真面目に話をしたんだけど、バンは理解できなかったみたいで、ポカンと口を開けて僕を見た後、「もう1回言って」とお願いしてきた。う~ん・・・やっぱり説得力が無いんだろうな。
とにかく、これ以上の出場はダメだからと説得して、医務室に行くよう指示を出した。
僕は審判をしている教頭先生に事情を話して、準決勝1組目は僕対カジャクに変更になったと告げた。
2組目の準決勝はハモンド対ルイスで、休憩時間を挟んで開始することとなった。
休憩時間、学生たちはトーナメント表の前に来て試合結果を見ていた。
「えーっ!何これ?」
上級クラスのトーナメント表を見ていた学生が大声で叫んだ。
何だ何だと学生たちはトーナメント表の前に集まってきて、その表を見上げる。
そこには準決勝のカジャクの相手の名前の欄に、【バンの代理イツキ】と朱文字で書き込んであった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
ついつい進展がゆっくり気味になってますが、武術大会に
もう少しお付き合い願います。




