イツキ、外出する
翌日僕は朝食をいただきながら、武術大会についての詳しい説明を、マハト教官から受けていた。
なんでも入隊後1ヶ月すると、学生たちは武術4種目の中から得意な2種目を選んで練習することになるらしい。基本的には本人の選択を優先するけど、教官からの視点で見た才能や技量も考慮して最終決定されるようだ。
そこで武術大会をすることにより、本人も教官も実力を知ることができるので、毎年この時期に開催されているとのことだった。
「では、現在クラス毎に行っている練習は4種目から2種目になり、毎日その2つの武術を練習するということなのですね」
僕は、得意だったり好きな武術を、毎日たくさん練習できる学生たちが少し羨ましくなった。
やはり誰にも得意、不得意はあるから、得意なものを頑張った方が上達も早いのだろうし、体格差や才能差はどうしようもない場合だってある。たぶん……。
「そうです。そして武術はクラス毎ではなく種目別でクラス分けされます。そうしないと、実力差が有り過ぎて教える効率も悪いですから、得意な種目のない学生は、必然的に〈弓〉と〈馬術〉を選択します」
成る程、〈弓〉も〈馬術〉も個人競技だから下手でも教える側は、同じことを同じように教えればいいし、学生たちは実力差があっても、足を引っ張ることも引っ張られることもほぼない。どうせ順番に行う練習だから個人差があっても大丈夫なんだ。
僕にとって〈弓〉と〈馬術〉は未知の武術だから、まだとても参加できそうにないけど、もう少し大きくなったら是非挑戦してみたい。校長先生に相談してみよう。
「ところで、昨日のデモンストレーションで剣の試合をする話ですが、教頭先生の許可も頂いたので、思いっきりやってくださいね。彼奴らは負けると思ってませんから、速攻で決めて貰って結構ですよ。それとも弱い振りをして、わざとやっとこさ勝ったみたいな演出はどうでしょう?」
マハト教官は、悪戯を考えている子供のような顔をして、演出とか言い出した。うーん、そんな余裕が本当に有るのかな・・・
「心配要りません。奴等の実力は私が1番判ってますから。はーはっはっ」
物凄く嬉しそうに笑って、当の本人たちが食堂に居ないか、ぐるりと辺りを見回した。
今日は、着任以来始めての外出だ。
少年兵のピータが、休みの日は時々実家に帰るから、ぜひ一緒にと言ってくれて、ラールを連れてお邪魔することになった。ピータの家は料理屋を営んでいて、軍学校の直ぐ近くの町にあり、美味しいと評判のお店らしかった。
「ピータ、僕は友達の家に遊びに行くのは初めてなんだ。なんだかドキドキしてきた。でも何もお土産が無いけど失礼じゃないかなあ?」
手ぶらで訪問するなんて、図々しくないかと心配になってきた。
「イツキ先生、そんな心配は要りませんよ。僕がいつもお世話になっているお礼なんだから、お腹一杯食べて帰ったら良いだけです」
ピータがお礼だと言っているのは、平日の夜、仕事が終わって午後8時半から1時間、中級学校で習う勉強の一部を教えているからで、勉強しながら、その日にあったことをお互い話したりもしていた。
僕にとって、1日の内で1番楽しい時間であり、初めてできた友達と一緒に過ごせる大切な時間でもあった。
「ピータは将来どうするの?16歳になったら中位兵になって食料部隊で働くの?それとも実家の手伝いをするの?」
ピータの綺麗な茶色の瞳を見つめながら僕は質問してみた。
「僕には兄、姉、妹がいて、お店は兄が継ぐから、父さんが元気な内は僕が居なくても大丈夫なんだ。だから食料部隊に入ると思うよ」
そう言うと、ピータは家族の話を始めた。頑固だけど料理の腕は凄くて尊敬できる父親、優しいけど怒ると父さんより怖い母親、まだ修行中だけど情熱的な兄、しっかり者で計算が得意な姉、兄も姉も店を手伝っている。そしてまだ7歳で甘えん坊の可愛い妹がいて、夜も店が忙しいから猫のミャーと留守番していること等、笑いながら話してくれた。
僕も、本当の家族はいないけど教会の皆が家族だったと話した。特にラールの親犬の2匹の話はピータの興味を引いたみたいで、実家に到着するまで続いた。
「さあ、ここが僕の家だよ。どうぞ」
ピータの案内で店に入ると、家族全員が笑顔で迎えてくれた。
店の中は、とても綺麗に掃除がしてあり、酒樽が店の中心に置いてあり、その上には香草や観葉植物の鉢が置いてあった。磨き混んだカウンターの一枚板や、4人掛のテーブルセットが10セットくらいあって、大きめの窓からは光りが充分に取れて、店内は明るく、落ち着いた感じだった。
始めはピータの〈イツキ先生〉という呼び方に、戸惑いを隠せない感じの家族だったけど、慣れてくると自然に〈イツキ君〉と皆の呼び方が変わっていた。
僕はピータに、軍学校以外ではイツキ君と呼んでねとお願いしたけど、いえいえそれは無理ですと断られてしまった。ちょっと寂しい気もするけど、軍学校を出てから敬語が少なくなってきたので、友達っぽくなれて嬉しい。
「今日お店は、お休みなんですか?」
僕は、やたらとたくさんの昼食を並べている、ピータのお母さんを手伝いながら訊いてみた。
「今日は特別な日で、この店を建てたお祖父さんの命日なのよ。もう直ぐ神父様がいらっしゃるから、みんなで御祈りをした後、神様とお祖父さんに感謝しながら食事を頂くのよ」
お母さんは、にこにこしながら自慢の料理を手際よく並べながら答えてくれた。
そうなんだ!レガート国では、偉大な先祖やお世話になった故人に感謝し、家族や友人を呼んで食事会をする習慣がある。そして必ず食事の前に、ブルーノア教の神父様と一緒に御祈りをするのだ。
大体料理を並べ終え、来客の人たちが席に着いた頃、1人の男の人がハアハア言いながら走り込んできた。
「大変だ!神父様の馬車が壊れて、今日は来れないらしい」
どうやら伝言を頼まれた警備隊の人のようだ。
隣町の教会から来る途中、車輪が溝にはまり車軸が曲がってしまったらしく、申し訳ないが今日は行けないと店に伝えて欲しいと、神父様が通行人に伝言を頼み、その伝言が警備隊の詰め所に届いたようで、親切に走って知らせに来てくれたようだった。
「どうする?神父様が来れないんじゃ、お祖父さんに申し訳ない。それに神様にお礼もせずに食事はできんなぁ」
ピータのお父さんは、皆を見ながらそう言った後、ガックリと肩を落としてしまった。
一同沈黙して、はあ~っとため息をついた。
折角の故人を偲ぶお料理が只の食事会になってしまうと、全員が頭を抱えて座り込んでしまった時、ピータが僕の方を見てこう言った。
「イツキ先生、先生なら御祈りの言葉もバッチリ言えますよね?神父様の作法も当然できると思いますが、違いますか?」
突然ピータに話を振られてビックリしたけど、できると言えばできる。だけど教会以外でやったことはない。それにまだ正式な神父にはなっていない・・・どうしよう・・・
僕が迷っていると、親戚の男性がピータに向かって怒りの声を上げた。
「ピータ、お前は大事なお祖父さんの命日に、得たいの知れないこんなガキに、お世話になっている神父様の代わりをさせるつもりか?何の寝言だ!」
「そうだそうだ、そもそも難しい祈りの言葉を知っているとも思えんぞ!」
近所の人までピータを叱り始めた。ピータのお父さんもお母さんも困った顔をして、下を向いている。
「おじさんたち、何言ってるの?ここに居るイツキ先生は、9歳で軍学校の研究者であり教官だよ。それに軍学校に来る前はミノス正教会で5年も暮らしてたんだ。そこでファリス様から直接ご指導を受けていた、物凄い人なんだぞ!」
ピータは半べそをかきながら、僕のために大声で抗議してくれた。そして悔しそうに手をプルプルさせて、口をギュッと閉じて悔しさを表している。
「ピータ、僕やってみるよ。ピータのお父さん、略式の15分くらいで終わるお祈りと、ハキ神国の本教会でやる30分かかる正式なお祈りと、どっちがいいですか?それから聖水を用意してくださいね」
僕はピータのために覚悟を決めてやってみることにした。
回りの大人たちは、まだ信じられず固い表情で僕を見ている。
お姉さんが聖水を用意してくれたので、僕はお店の中にあるブルーノア教の小さな祭壇にそっと聖水を置いた。
お祈りは15分の略式の方でと言われたので、ちょとだけ気が楽になった。
僕は大きく息を吸ってゆっくり長く息を吐く。そして目を閉じて心の中でお祖父さんに語りかける。
ふわりと優しい風のような流れが(金色のオーラ)僕の体を包んでいく。
すると、ある映像が見えてきた。やがて映像は言葉に変わっていく。
僕は淀みなく、歌うように祈りの言葉を紡いでいく。
ブルーノア教の祈りの言葉は、幾つものストーリーを組み合わせて、感謝の気持ちを込めながら、ひとつの物語にしていくので、神父の力量で色々な物語ができ上がる。正式なお祈りだと、同じ物語が作られる可能性は皆無と言ってもいいだろう。
僕は、一人の男性が苦労の果てに小さな夢を手に入れ、その夢を繋ぐために努力をする若者の話をした。
祈りが終わり、僕は神に感謝して、ゆっくり息を吐いた。そして振り返ってみんなの方を見た。
そこには静寂の世界が広がっていた。
両手を胸の前で組んだ祈りの姿のままで、何故かみんな声も出さずに泣いている・・・ど、どうしたんだろう?
ピータの顔を見ると、やっぱり泣いていた。お父さんもお母さんも、さっきピータに怒りをぶつけた人も。
「俺、は、初めて祈りの言葉で泣いたわぁ・・・」(ピータの兄)
「なんて透き通るような声なのかしら、あれは天使の声?」(近所の人)
「も、申し訳ありません神父様。失礼なことを言ってしまいました」(叔父)
「私、お祖父さんの姿が、お祖父さんの姿が見えるようだったわ」(ピータの姉)
「ううぅ、感動し過ぎて、涙が・・・」(ピータの父)
「イ、イ、イツキ先生~ありがとうございます」
ピータまでそんなに泣かなくても・・・僕はなんだか居たたまれなくて、もう一度祭壇に目をやった。
それから10分後、賑やかに食事会が始まり、何故か僕は神父様と呼ばれながら、全員にジュースを注がれて、飲み物でお腹が一杯になってしまった。美味しい料理が殆ど食べられなくて、ちょっぴり残念だった。
帰りに隣のお菓子屋さんのご主人が、ピータを叱ったお詫びと、素晴らしい御祈りの言葉のお礼だと言って、沢山のお菓子をくれた。やったー!僕とピータは顔を見合わせて、にっこり笑った
帰り道、店の前できちんと待っていたラールに、お菓子のお裾分けをしながら軍学校に戻った。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




