イツキ、練習を見学する
食堂の中に入ると、わいわいガヤガヤと賑やかだった。
食堂は100名くらい1度に収容できる広さがあり、テーブルの数は10で各テーブル10名座れるようになっていた。教官席が食事受け取り口の側にあるのは、食いしん坊が2度食べないように見張るためなんだと、マハト教官が笑いながら教えてくれた。
学生も教官も楽しそうに話をしながら昼食を食べている。
学生の昼食時間は12時から13時までで、教官は12時から13時半までらしい。
現在12時30分なので学生の半分は、そろそろ食事が終わりかけていた。
僕はマハト教官と一緒に1食分がセットされたトレーを取り、厨房の中にいるピータに手を振って、空いていた教頭先生の隣の席にトレーを置いた。
教頭先生は僕に気付くと、生徒たちに紹介しようと言って立ち上がり、大きな音で2回手を叩いて大声で話し始めた。
「よーしみんな、食事の手を止めて注目!入学式の時に話していた軍用犬研究者の先生が本日着任された。紹介しよう。こちらがイツキ・ラビター先生だ。先生はまだ9歳だが軍用犬研究の第一人者であり、ハヤマ(通信鳥)の飼育も担当してもらう」
「「え~っ!!!」」
教頭先生の話を聞いて、学生たちが全員驚きの声を上げた。
「まだ子供じゃん!」窓側の席から声が飛んだ。
「信じられない!」目の前の席のマッチョなお兄さんは立ち上がって叫んだ。
「嘘だろうー!」さっきのベルガのグループは目を大きく見開いた。
「かわいい~」廊下側のお姉さんの様なお兄さんは、少し高い声で叫んでいる。
『まあ、一部の声を除けば予想通りの反応だけどね……』
「はい静かに!見掛けは子供だが中身はお前たちより大人だ。小さいからと思って先生に失礼な態度をとるなよ。もしもちょっかいを出したら痛い目に遭うぞ分かったな!挨拶しろ」
教頭先生の言葉の途中で、マハト教官が腕を回しながら学生たちを睨み付けているけど、痛い目に遭わせるのはマハト教官なのかな?
「え~と、教頭先生なんとお呼びしたらいいのでしょうか?」
ベルガの隣に座っている学生が質問してきた。
「イツキ先生で良いだろう」
そう言いながら、校長先生が他の先生たちと一緒に食堂に入ってきた。生徒たちに一瞬緊張が走った気がする。
「イツキ先生、よろしくお願いいたします」ベルガが立ち上がって頭を下げると、他の学生たちも一斉に立ち上がり挨拶をした。
そこにカジャクが遅れて食堂に入って来た。何故全員が立ち上がっているのか分からずキョトンとしている。
「僕はイツキ・ラビターと言います。僕の専門は軍用犬とハヤマの育成、そして軍用犬訓練士を育てることです。時々教官のお手伝いもします。軍用犬のラール共々よろしくお願いします。それからラールは小さくて可愛いですが、軍用犬なので訓練の邪魔をされると怒るので気を付けてください」
僕は丁寧にお辞儀をして挨拶した。みんなぼんやり遠い目で僕を見ていたけど、マハト教官の拍手を聞いて一緒に拍手してくれた。
「チッ!」とカジャクは悪態をついている。どうやらラールに遊ばれたみたいだ。
それから、校長先生と共に食堂に入ってきた教官の内、まだお会いしたことのなかった教官と握手をして挨拶を交わした。
「私はハイデンと言います。担当は医学・薬学と武術は馬術を教えています。どうぞよろしく。イツキ先生は医学には興味がありますか?」
ハイデン教官は29歳独身で、赤髪に青い瞳、背が高く細身の体型をしていた。
「はい、医学も薬学も大好きです。ミノス正教会で薬草採取は僕の担当でした」
「ほう、薬草や医学は誰から指導を受けたのですか?教会の神父様ですか?」
ハイデン教官はどんどん質問してくるので、なかなか昼食が食べられない・・・
「はい、僕はパル神父から教わりました。パル神父はイントラ高学院を卒業していたので、たくさんの医学知識をお持ちでした」
パル神父と医学論議をしていた時のことを思い出しながら笑顔で答えた。
「ちょっと待ってください!パル神父ってイントラ高学院を首席で卒業したパル・ハジャムですか?」
ハイデン教官は驚いたようにフォークを落とした。
僕が「はい、そうです」と答えると、ハイデン教官はパル神父の友人だったと教えてくれた。
「でも、あのプライドの高いパルがよく教えてくれましたね・・・なんだかピンとこないですが、パル神父は元気ですか?」
懐かしそうに目を細めて、ハイデン教官は僕の方を見た。
「はい、たぶん元気です。もう教えることが無いからと、昨年の秋にブルーノア本教会の病院に移動されました」
僕はやっとスープを口にしてから答えた。
「もう教えることが無い?どういう意味だ・・・」
ハイデン教官は独りでブツブツ言いながら、パンをスープに浸して手を止めている。
「ハイデン教官話しは済みましたか?イツキ先生初めまして、私はコーズと言います。担当は建設で武術は体術と弓です。よろしくお願いします。それからイツキ先生に剣を指導するソウタ副指揮官とヨム副指揮官は、私の軍学校時代の同期なんです。彼等が時々ここに来ると聞いて嬉しいです。イツキ先生はそれ程に剣が得意なんですね」
コーズ教官は26歳、短い銀髪で青い瞳、ガッシリ体型で、とても優しそうだ。
「はい、こちらこそよろしくお願いします。剣は大好きです。時々指導頂けることになり今から楽しみなんです」
僕がそう答えると、ニコニコしながら食事が冷めてしまいますから食べましょうと言ってもらえた。やっとゆっくり食べられそうで良かった。
食事が終わる頃には、学生たちは午後の武術練習の準備がある為に誰も居なくなっていた。教官も午後イチで教える者は居なくなっていた。
僕は校長先生から、今日の午後は武術の練習を見学して、明日の午前は学生の講義を一緒に受けるように言われていた。
「今日僕は午後の指導が無いので、午後からの武術練習の見学について行きましょう」
と、ハイデン教官が声を掛けてくれたので、一緒に食堂を出ることにした。
「イツキ先生待ってくださーい」
とピータが走ってきて、ラールのご飯の量を訊いてきた。
「ああゴメンね。量は今日の昼食の半分で良いよ。それから今日は朝食べてないから特別だけど、これからは朝と夕方だけでいいです。朝は8時くらいで夕方は5時くらいがいいんだけど大丈夫かなぁ?僕が食べさせるのでその時間に貰いに来ます。今日の朝食分は僕の昼食の残りをあげるから要らないよ」
そう言うと僕は、手に持っていたご飯の残りをピータに見せた。
「美味しくなかったの?」
ピータは寂しそうに訊いてきた。美味しくないから残したと思ったのかな?
「ううん違うよ、凄く美味しくてビックリした!でも僕はまだ小さいから全部食べられなくて、勿体ないからラールにあげようと思ったんだ。勝手なことをしてゴメンね」
僕が謝ると、いえいえとんでもありません!と言いながら両手を振っていた。
「では、夕食からは量を減らしますね。ラールのご飯のことも料理長に伝えておきます」
そう言ってピータは、ペコリと頭を下げて走って行った。
『やっぱりピータは好い人だなぁ』と僕は思った。
そしてハイデン教官とラールの所へ行き、ご飯をあげた。
ハイデン教官は犬を飼っていたことがあると言って、ニコニコしながらラールの食事風景を見ていた。
「ラール、食器を返しておいてね。食堂にピータが居るから渡すんだ。分かった?」
「ワンワン!」
ラールは座って返事をした後、食器をくわえて食堂の方へ歩きだした。
「ええっ!自分で食器を持って行かすの?」
ハイデン教官は驚いていたけど、僕にはいつものことだから「はいそうです」と答えた。夕食の時間にハイデン教官は、そのことをマハト教官に自慢気に話し、その光景が見れなかったマハト教官に羨ましがられていた。
始めに見学した武術の練習はレポル教官が教える〈弓〉だった。
僕は弓の経験は一度もなかったので、興味津々で見学した。
『やっぱりあの大きな弓は、僕にはまだ無理だなぁ・・・もう少し小さかったらできるかも……今度作ってみよう。確か武器はビラー教官が専門だったな……』
(この後イツキの作った弓?が皆を驚愕させるのだが、それはもう少し先の話である)
次はビラー教官が教える〈体術〉の練習を見学した。
ガッシリ体型のビラー教官が、気持ち良さそうに学生たちを投げていた。
僕も初めは投げらる練習から始めたことを思い出した。経験の無い者が受け身から練習するのは何処も同じなんだなぁ。
一部の学生が組んで練習しているけど、きっと経験者なんだろうな。先生と同じように、いや先生より下手に投げているのは誰だろう?あれでは投げられた者は痛くてたまらないだろうに。
「オットンの奴、また乱暴な練習をしているな。困ったもんだ」
フーッとため息をつきながらハイデン教官は首を横に振った。
「オットンって、なんであんな感じなんですか?」
僕は気になって訊いてみた。
「あれは、上級学校を退学になったことが気に入らなくて八つ当たりをしているんです。毎年1人はいるんですよねぇ。上級学校を退学させられて仕方なく軍学校に入学してくる者が。又は退学される前に自ら転学を希望して3月までにやって来る者もね。今年度は珍しくその両方がいるんですよ。あのオットンと転学してきたカジャクがね」
そう言って、ハイデン教官はまた深いため息をついた。
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