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予言の紅星2 予言の子  作者: 杵築しゅん
軍学校 編

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31/56

ラールは人気者

 ピータの案内で宿舎に向かった。僕の部屋は教官用の宿舎にあって角部屋らしい。なんでもそのすぐ側に犬舎を造る予定だとかで、僕がラールたちの様子を、部屋の窓から観れるようにと配慮してくれたようだった。


『でも子犬のうちは、人と同じ部屋の方が良いんだけどなぁ・・・』


 まあこれから校長先生としっかり打ち合わせをすれば大丈夫だよね。


「ピータの部屋はどこなの?」

荷物を運んでくれたお礼を言って、ピータに質問してみた。

「僕は、学生用の宿舎に部屋があるんだ。3月から来る新しい少年兵と同じ部屋だよ。学生たちは4人部屋と2人部屋があって、3ヵ月に1度の試験で、成績が良い者は2人部屋になり、そうでない者は4人部屋になる。だから皆2人部屋になりたくて、頑張って勉強するんだよ」

ピータは笑いながら、学生たちの部屋替えの様子や毎日のドタバタを教えてくれた。


 僕は荷物を簡単に片付けてから、ピータと一緒に教官室に向かった。

 途中でビラー教官に出会ったので、ピータにバイバイと手を振って、ビラー教官に付いていった。


「イツキ君、ミノス正教会の皆さんは喜んでくれたかい?」

「はい、みんなとても喜んで、お祝いしてくれました」

僕はミノス正教会に帰ってからの様子を話しながら渡り廊下を歩いて行った。


 教官室に着くと、ワートル教官が出迎えてくれた。

「やあイツキ君待ってたよ。僕は今年度から教頭になったので、困ったことがあったり、何か問題が起こったら必ず私に相談してくれたまえ。先ずは校長室に行ってハース校長に挨拶しよう」

「はい、教頭先生」

 僕はワートル教頭と一緒に、隣の校長室のドアをノックした。


「はーいどうぞ」と明るい声が中から聞こえてきた。

 僕とワートル教頭が部屋に入ると、校長先生はニコニコ笑顔で僕に握手を求めてきたので、直ぐに手を差し出して握手をした。


「ギニ副司令官から聞いたよ。イツキ君の剣の指導にレガート軍のソウタ副指揮官と、王宮警備隊のヨム副指揮官が時々やって来るそうだね。この2人は私の教え子なんだが、剣の腕は一流だと保証するよ。マハト教官などは凄く羨ましがって、自分も稽古に参加したいと志願したが、ギニ副司令官からイツキに勝てたらと条件を出されていたよ。はっはっはっ!今度マハト教官と手合わせしてやってくれ」


 校長先生の弾丸トークに、僕は少し引いてしまったけど、剣の修行も認めてもらえたようで良かった。

 僕は持ってきた書類を渡して、これからの予定や計画について話し合った。

 その結果、〈教官〉としての仕事と、〈研究者〉としての仕事を分けて考えることになった。


〈研究者〉としての仕事は、僕が計画表を作り、それを担当教官・校長・教頭が考査してオッケイなら進めていき、随時必要な物があれば用意して貰えることに決定した。

〈教官〉としての仕事は2つ。

 1つ目は、マハト教官に犬の訓練方法を教えること。状況によっては学生たちを参加させることもある。

 2つ目は、武術以外の勉強で、補助教諭として勉強を教える。(自分より小さな子供に教えられるのは、恥ずかしいだろうから頑張るはず・・・らしい)


 因みに、僕を指導する担当教官はレポル教官だった。なんでも自ら希望したのだと校長先生が言っていた。

 校長室を出て教官室に戻ると、マハト教官がグラウンドの体育の授業から帰ってきていた。


「イツキ先生、お帰りなさい!お待ちしてました。私が軍用犬担当になれたので訓練をお願いします。今日からですか?明日から始めますか?ああ!それから剣の手合わせをお願いします」


もの凄く嬉しそうに詰め寄ってくるので、思わず後ろに倒れそうになってしまった。

 まるで久しぶりに会ったミノス正教会の番犬バウのようだ。(僕の姿を発見してダッシュで走ってきて飛び付いてくる。そしてちぎれんばかりに尻尾を振り、ペロペロ顔を舐めてくる)


『なんか・・・今マハト教官の後ろに尻尾が見えたような気がする……』


「マハト教官、イツキ君は長旅から到着したばかりだ。そんな疲れることを言うな!本当にお前はイツキ君より子供だな・・・もう少し落ち着け!」

同じく授業から戻ってきていたレポル教官が注意を与えている。


「え~っ、残念。でも昼食なら一緒でも大丈夫ですよね。さあ食堂に行きましょう。分からないことはなんでも訊いてくださいね。あっ、それからラールが学生たちに囲まれてましたよ」

「えっ!囲まれてる?」

僕はマハト教官の話に驚くと共にラールが心配になって、食堂に行く前にグラウンドの端で待っているラールの元に寄ることにした。


 グラウンドに出ると確かに人垣ができている。もしかして虐められているのではと心配になり走って近付くと、「可愛い~!」とか「癒される~」とか「部屋に連れて行きたい」などと声が聞こえてきた。

 どうやら虐められてはいないようでひと安心。良かったー。


「ラール!」僕は大きな声で呼んでみた。

「ワンワン!」ラールは返事をして僕の方に走ってくる。そして僕の前できちんと座った。その様子を見ていた学生たちから「「オーっ!!!」」と声が上がった。


 先に食堂に行ったマハト教官が、「ラールのことは学生たちに伝えてありますから大丈夫」ってそう言ってたけれど、さっき部屋に連れて行きたいとか聞こえたんだけど・・・


「ねえねえ、この犬は君の犬なの?可愛いね」

「軍用犬もこんなに可愛かったら良いよな・・・ところでボク、軍学校に何の用事かなぁ?」

「君の黒髪に黒い瞳って凄く珍しいね、で、犬の散歩かな?」

みんながラールを撫でにやって来た。以外と優しそうな学生さんたちだ。犬好きで良かったな。でも・・・あれ?マハト教官が伝えてあるって、言ってはずなのにラールを軍用犬だと認識していないようだけど・・・


「ガキが来てんじゃねえよ!」

柄の悪そうな大男が、ラールを睨みながら近付いてきた。今にも蹴りつけそうな感じだ。


「ラール」

僕の掛け声でラールは立ち上がり、その大男の方に向き直った。そして姿勢を低くして身構える。

「おい、カジャク止めろよ!子供と子犬に手を出すな。連帯責任になるんだぞ」

ラールの頭を撫でていた、優しそうな学生さんが注意する。


「うるさい!ちょっと成績が良いからってリーダー気取りかよベルガ」

そう言いながら、カジャクと呼ばれた大男は、ラールを蹴ろうと足を後ろに下げ、そのまま前に足を振り抜いた。

 ラールはサッと横に避け、何事もなかったかのように僕の隣に座った。


「ラール、どうする?僕はご飯を食べに行くから、この人と遊んであげてても良いよ。後でピータがご飯を運んでくれるから軽く運動しとく?」

そう言うと、ラールは嬉しそうに「ワンワン!」と吠えて尻尾を振った。


「じゃあねラール、ケガさせないようにね」

僕はラールにバイバイと手を振って、学生たちの方を見てにっこり笑って食堂に向かった。

「え~っ!?おーい、犬はどうするのー?」

学生さんたちの叫ぶ声が聞こえたけど、振り向かずさっさと歩いて行く。


「なんだあのガキー!無視なのか?この犬が死んでもいいんだな!」

ますます怒りの形相に変わった大男は、今度こそ外すまいと蹴りを繰り出した。しかし結果は同じで当たらない。それどころか、子犬は余裕で自分を見ている。

「くそー!腹が立つ。後悔するなよ!」

今度は石を投げ始めた。ラールはひょいひょいと石をかわし、また余裕でこっちを見ている。とうとう追い掛けて走り出した。


 しかし、足で犬に、ましてやラールに勝てる筈もなく、5分も走ったらへばってしまった。

 そして気付けばグラウンドには誰も残っていなかった。

「・・・あいつら俺を舐めてんのか!!」

空腹からか怒りはマックスだったが、食事を抜く程の意地もなく食堂に向かった。



 イツキが食堂に着くとマハト教官が入口で待っていた。

「何か問題でもありましたか?遅かったですね」

「学生たちがラールの頭を撫でていましたが、何故か軍用犬だと気付いてないみたいでした」


そこへバタバタと走る足音が聞こえてきた。目をやると、さっきの優しい方の学生さんたちだった。

「教官大変です!カジャクが子犬を殺そうとしています。子供が連れてきた子犬・・・あれ?君はさっきの子犬の飼い主じゃないか。どうしてあの可愛い犬を助けないんだ?」

ベルガと呼ばれていた学生が、僕を見付けて質問してきた。


「なんだって!!ラ、ラールを殺そうとしている?!た、大変だ。イツキ先生すみません、直ぐに助けに行きます」

走り出そうとするマハト教官の服を引っ張って止める。

「大丈夫ですよ。全然問題ありません。ラールは軍用犬ですから、むしろ学生の方を心配すべきです。馬車での長旅で運動不足だったから、遊んでもらえて喜んでると思いますよ」

僕はそう流すと、笑いながら食堂に入って行った。

 マハト教官とベルガたちは、ポカンと口を開けて僕を見た後、お腹の鳴った音で我に返り食堂に入ってきた。



「なあ、今マハト教官がイツキ先生って呼ばなかったか?」

そう友人5人に訊ねるベルガだった。

 

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