イツキ、入隊試験を受ける
1093年1月14日、明日の少年兵入隊試験を受験するため、僕は初めて王都ラミルに来ていた。
僕の引率をしてくれているのは、モーリス(中位神父)のダヤン様だ。
当然ハビテも来るのかと思ったら、軍のことはダヤン様の方が専門だからと、今回は留守番しておくらしい。
でも今年になってから、毎日のように入隊試験での心得を復唱させられていたので、今でもハビテの心得5か条の声が聞こえる気がする。
《入隊試験の心得》
1つ、本気で剣を振るわないこと。
2つ、体術は真面目に組まずに、上手くかわすか逃げること。
3つ、筆記試験は、分かっていても答えを4分の1書かないこと。
4つ、面接の時、普通の子供のレベルで話すこと。
5つ、ラール(イツキの犬)の賢さをしっかりアピールすること。
復唱し過ぎて、だんだん面倒臭い感じになってきた今日この頃。
頑張らないって・・・結構難しい。
ラミルの街は、さすがに王都だけあって凄い人混みだ。美しさから言えばミノスの街の方が上だけど、ラミルの街には活気がある。歩いてる人のスピードも速いし、服装も華やかだ。大きな建物の数も半端ない。
「イツキ、迷子になるなよ!まあラールがいるから大丈夫だとは思うが」
「はい、ダヤン様了解であります!ラールも踏まれないように気を付けてね」
「わん!」
こんな感じでラミル見学をしていたら、何故かちょとした事件に巻き込まれてしまった。
「泥棒だー!誰かあの男を捕まえてー」
2人の子供が大声で叫びながら、前を走る若い男を追いかけている。
逃げている若い男の手には、2つの鞄が握られている。
叫び声を聞いた街の人が捕まえようとするが、走るのが早くて捕まえられない。殆どの人が叫び声を聞いた時には、自分の横を通り抜けられた後なので、どうすることもできない状態だ。
男はヒョイヒョイと器用に身を交わして、慣れた感じで逃げている。一方の子供たちも走るのは早かったが、残念ながら差が開いていくようだ。
「やれやれ、わしの出番だな。イツキ、ケガしないように下がっておけ!」
そう言うと、ダヤン様は腕捲りをして泥棒目掛けて走っていった。さすが武闘派、血が騒ぐのかな?
僕は念のため、ラールにいつでも命令できるように待機しておく。
ダヤン様は、泥棒の腕を取ることに成功した。だが、手に持っていた鞄で顔を逆に殴られてしまった。
思わぬ反撃にダヤン様が怯むと、「ざまあみろ!!バーカ!」と捨て台詞を吐いて、僕の方へ走ってきた。
『やだなぁ・・・黒いオーラに包まれて、仕方ないか』
「ラール行け!」
僕はラールに指示を出し、その場で泥棒が来るのを待った。
「ワンワン!!」
ラールは姿勢を低くして、左右に移動しながら泥棒の前に立ちはだかった。
泥棒は一瞬驚いてスピードを落とし立ち止まる。そして鞄でラールを追い払おうとする。
ラールは中型犬よりも、やや小さい体つきなので、大抵の人間は油断する。
『こんな仔犬なんて』とバカにしてしまう。
大変残念なことだ。ラールは軍隊でも通用するよう、僕と訓練を重ねてきたんだけどね。
顔がめちゃめちゃ可愛いから、全然恐く感じさせないところも、ラールの特技?みたいなものかな・・・
ラールはジャンプして、泥棒の右手首に噛みついた。
「うわー!!やめろ!こいつ離れろ!」
泥棒は痛みのあまり、持っていた鞄を放り投げた。
しかしラールは、まだ泥棒の手首に噛みついたままだ。どんなに腕を振られても、ぶら下がったまま頑張っている。
「ラールよし!」
僕が叫ぶと、ラールは口を離し振り回される勢いのまま、華麗に1回転してスタッと着地した。
良くやったラール!僕は心の中でそう叫びながらも、泥棒がこちらを見ているのを見逃さない。
「このガキよくも!!」
と叫びながら、怒りの形相で走って向かってくる。僕は泥棒に対し、余裕でただ立っていた。
泥棒はそんな僕を、恐怖で動けないのだと勘違いしているのだろう、走りながら掴み掛かってくる。
掴み掛かられる寸前で、僕はしゃがんで足を掛けた。すると〔ズサッー〕と勢いよくこけてしまった。
何が起こったのか分からない様子で立ち上がった泥棒は、ズボンの膝は破れ、右手首からダラダラ血を流しながら、凄く怖い悪魔のような顔で僕を見る。
「もう許さん!死ね!!」
そう叫んで、また僕の方に向かってきた。
回りのお姉さんや、おばさんたちが「逃げてー!」と心配して叫んでいるけど、たぶん大丈夫。
「えいっ!」
僕は血が付かないように左手首を掴むと、体重差とスピードを利用して投げ飛ばした。
ドーン。今度は仰向けになって倒れる。
辺りは一瞬の静寂の後、「わーっ!!!」と大歓声に包まれた。
「凄いなチビ、格好いいぞ!」
「なんだ今の?」
とか、大騒ぎになってしまった。
泥棒は倒れたまま、大人たちに取り押さえられている。もう戦う気力はないみたいだ。良かった。
僕は飛び付いてきたラールの頭を、「よしよし偉かったぞ」と言いながら、たくさん撫でてやる。
「おいイツキ、ケガは無いか?大丈夫だったか?」
ダヤン様が、僕の回りにできた人垣の外から、心配して声を掛けてくれる。
「はい、大丈夫です」
元気に返事して、人垣の隙間からダヤン様の顔を見ると、なんだか困った顔になっている。
『あっ!しまった。ハビテから絶対目立つことをするなと言われていた……』
僕は慌てて人垣を掻き分けて、ダヤン様の所へ行き、早足でその場から逃げるように歩き始めた。
「オーイ!待ってくれー」
誰かが叫びながら追いかけてくる。よく見ると、鞄を盗られた2人の少年だった。
「ありがとう!鞄を取り返してくれて」
そう言いながら、僕に握手を求めてきた。
「僕はエルビス12歳、中級学校の生徒だよろしく」
エルビスは金髪に緑の瞳、僕よりもかなり大きい。なんだか誰かに似ているような気がする・・・
「僕はヤン11歳、同じく中級学校の生徒だよろしくな」
ヤンはグレーの髪にグレーの瞳、背は僕より5センチ位高そうだ。育ちが良さそうなので、きっと貴族の子息だろう。
「僕はイツキ9歳。えっと・・・もうすぐ少年兵になる予定」
そう言いながらダヤン様の顔色を伺うと、叱られる様子はない。良かった。
「少年兵?そ、そうなんだ。中級学校の生徒じゃないんだ・・・でも、あんなに強いんなら軍隊でもやっていけそうだよね」
エルビスは少しガッカリしたようだったけど、にっこり笑って僕の手をしっかり握ってきた。
僕たちは少しだけ話をして別れた。その時、少年兵になれたら軍学校で働きたいんだって告げると、「じゃあ、きっとまた会えるね」とヤンに言われた。どうしてかなぁ?と不思議に思ったけど、また会える理由は暫くして分かった。
でも、再会したことによって、僕の運命が大きく変わっていくとは、思ってもみなかった。
翌日は朝早く起きて軍学校に向かった。
少年兵入隊試験は、どこの街で受けても良かったけど、普通は働きたい場所で受けるらしい。
軍学校で受験する者は、本部か軍学校を希望する者が殆どで、国内で1番希望者の多い受験会場となっている。
受付を1番に終えた僕たちは、ラールの散歩も兼ねて、軍学校の回りを歩いてみることにした。
軍学校の敷地には、校舎が2棟、教員棟に武道場、宿舎、グラウンド、倉庫があった。思っていたよりも広く感じる。
軍学校の生徒は1月20日が入校日なので、今は誰もいない。だからとても静かだ。
受付に戻ると、たくさんの人がいた。今年は本部の希望者が20人で、軍学校の希望者は15人らしい。
受験の説明書には、今年の採用者は本部が2名、軍学校が1名と書いてある。
僕とダヤン様はちょと困った。例年なら軍学校希望者は3名くらいだと聞いていたのだ。
「イツキ、ちょっとだけ武術も頑張った方がいいかもしれんな・・・」
ダヤン様は、他の受験者を見ながら僕にそう言った。
他の14人は、僕より体格も良く鍛えてる感じだった。皆13歳前後くらいで、それなりに自信がありそうな者ばかりに見える。
「ちょっとだけって難しいけど、どのくらいですか?勝った方が良いの?負けた方が良いの?」
「そうだなぁ……このメンバーだと勝たないと合格できそうにないが、ハビテがなぁ、怒るよなぁ……」
ダヤン様は頭を抱えてあれこれ考えた結果、とんでもない結論を出した。
「イツキ、お前に任せる!適当にやれ。勝ちたければ勝てばいい」と。
教官が来て、いよいよ試験が始まるようだ。
僕はダヤン様とラールと別れて、1番始めに行われる筆記試験の教室に向かった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




