イツキ、運動する
◇◇◇ パル ◇◇◇
パルは我が目を疑った。もう一度イツキのノートを見て、ほぼ完璧に書かれた3か国語の質問を読み、己の見識の浅さを恥じた。
4歳の子どもが書ける文章力、視点、そして語学力。どれを取っても予想外、いや信じられない現実を突き付けられ、しばし呆然とする。
「ねえねえパル、足のガクガクは、バウの頭をよしよしってしたら直ったんだよ。足なのに手を使ったら直るって不思議だよね?」
キラキラした瞳で、僕からの答えを待っている……。自分にはこれ程の語学力があるんだと、自慢するでも誇らしげでもない。
『何なんだこの子は・・・』
「それは、あとになって恐怖心が出たからだよ。走っている時は、泥棒を知らせることだけを一生懸命に考えていた。でもその後で、警備隊の人が泥棒を捕まえたり、バウが吠えたりしている様子を見て、本当はとても怖いことだったんだと分かって、足がガクガクしたんだよ」
答え方が少し難しい表現だったかもしれない。そう思いながらイツキを見る。理解できただろうか?
「そうか!人は怖い時もガクガク震えることがあるんだね」
イツキは疑問が解決できて嬉しそうに、ノートに答えを書き込んでいる。
「あ、ああイツキ君、これからはレガート語だけで良いよ」
3か国語で書いていたら、時間が掛かってしょうがない。
その後、いくつかの質問を受けては答え、納得できない時は絵図を描いたりして、時間は過ぎていった。
本教会の病院で見聞きしたことの中で、ずっと疑問だったことを質問してきた時には、その内容が、最先端の医学に関することで驚いた。
『た、楽しい!何なんだこの充実感は・・・』
自分はこれまで己の才を誇っていた。努力は人の何倍もした。高学院でも常にトップだった。子どもの頃から秀才、天才と言われてきた。
でも……でも本物の天才に出会ってしまった。嫉妬するでもなく、失望するでもなく、出会えたことに感動した。
ハビテ様がイツキを託してくださったのは、自分がそれに足る人間だと思われたからだ。それなのに、なんて恥ずかしいことを言ってしまったのだろう……
イツキとの勉強を終えた僕は、自分の失言を2人のファリスに謝り、明日からの学習計画書を作成した。
こうして、本人の全く意図しないところで、1人の青年が改心し、またファン(味方)を増やしたイツキである。
◇◇◇ ダヤン ◇◇◇
午後4時、息子のペーターが中級学校から帰ったので、イツキにも武術を教える。
ただし、今日は見学にして、明日から少しずつ体術を教えようと思う。
「イツキ、ペーターの動きを良く見ておくんだ。自己流で会得するより、優れた者の技を盗む方が、早く上達できるし無駄がない。分かったか?」
最初が肝心だから厳しくいこう。まだ小さくても、軍隊に入隊して危険な目に遭うのはイツキなのだ。甘やかしては本人の為にならない。
「はい分かりました!」イツキは手を上げて、元気良く返事を返す。
「イツキ、明日からは僕の動きを真似すれば良いから」
ペーターは、弟ができたみたいで喜んでいる。ずっと一人っ子で育ったので、お兄ちゃんぶって教えられるのを、楽しみにしていたのだろう。
教会の裏庭には、警備隊の詰所と、少し狭いが訓練場があり、体術の訓練は芝の上で行われる。
夕陽が沈むまで、毎日続けられる訓練には、途中で警備隊の2人も加わってくる。
「おっイツキ、今日はお手柄だったな!いつの日か、自分で泥棒を捕まえられるように、頑張って練習しような!」
警備隊のビンダルが、イツキに声を掛けながら、練習用の剣をペーターに渡す。
「よし、今日は突きのかわし方をやるぞ。ビンダル頼む」
「さあ、ペーター坊っちゃん行きますよ!」
イツキは2人の手合わせを見ながら、近くに落ちていた小枝を剣にして「えいっ!」と真似をしている。5分に1度は転んでしまい、また起き上がっては転んでいる。運動神経は・・・まあ、これからだな。
次の日から、簡単な体術を教えて、剣の時間は体力作りに充てた。簡単な水汲みをしたり、教会の周りをバウと走ったりさせた。
課題の体力作りが終わると、何やらノートに書き込んだりしている。
決してさぼらず、一生懸命に課題をこなすイツキの姿に、ペーターが刺激されて練習熱心になったのは、親として喜ばしい限りだ。
半年くらいすると、少しずつ体力もついてきて、体術の基本の型がとれるようになっていた。
「よしイツキ、今日はペーターと組んで練習だ!」
「やったー!ペーターよろしくね」
初めての組み練習に、大喜びのイツキだ。
投げられたり倒されたりしながら、受け身の基本をマスターするのに3ヶ月、攻めの基本に3ヶ月、いつの間にか1年が過ぎていた。
5歳になったイツキは、敏捷性が増し、攻めより上手な、逃げが得意になっていた。
毎日バウと走り回り、下半身が鍛えられたので、軸がぶれず身をかわすことができるのだ。軍に入隊して下手に攻めるより、子どもであるイツキは、かわせる方が安全である。
6歳になった時、初めて剣を持たせてみた。そして、その才能に驚愕してしまった。
体術は、普通より少しできるくらいだったのに、剣は全く違っていたのだ。
驚いた俺は、ハビテに家で剣の練習をしているのかと尋ねたが、家では全くしていないと返答された。
「イツキ、剣はどうして得意なんだ?」
「だって剣は、相手の次の動きが判りやすいでしょう?体術は、頭で判っていても、体格差とか握力差とか、組んでしまうと見えにくいけど、剣は距離がある分、足の動きとか、剣の構え方で予測が立てやすいからかなぁ……」
動体視力が優れていることは間違いない。しかしもっと凄いのが分析力だった。
イツキがいつも書いていたノートには、剣の型、構え、踏み込み、腕と足の長さ、間合い、個人の癖、速さと到達点や、俺にはよく理解できない図などが書いてあった。
戦いの流れが、暗号の様な走り書きで記録してあり、様々な傾向と対策、最良の剣運びと読みが、細かく分析してあり、その全てのパターンが頭の中にも記録されていたのだ。
1度その人間の戦いを見たら、特徴を捕らえて、最良の戦い方を導き出す。それがイツキの剣での戦い方だった。
『これに体格と力が加わったら、俺でも勝てないかもしれない・・・』
剣の稽古を初めて3日目、ペーターはイツキに負けた。経験と体格差を持ってしても、読み負けてしまうのだ。
初めて剣を交える相手とは、不利な部分もあるが、きっと瞬時に分析してしまうのだろう。
恐ろしい才能だ。剣術における一般的な天賦の才能とは種類が違うが。
こうして、達人と呼ばれているダヤンを唸らせ、イツキに勝てない悔しさから、ペーターの将来を〈大剣豪〉にしてしまうイツキであった。
◇◇◇ エダリオ ◇◇◇
最近バウは、番犬以外にイツキの護衛をしているようだ。あれだけ可愛いげのない犬と言われていたのに、イツキの隣に居る時だけ喜怒哀楽を表に出す。
他の動物や鳥にしても、直ぐにイツキになついてしまう。これもイツキの持つ能力の影響なのか、それとも動物に寄り添おうとする、イツキの優しさが伝わるからなのか・・・
どこかに出掛けると、なにがしかの動物を連れ帰ってしまうのには、正直困るのだが、それも動物が勝手に付いて来てしまうのだから、イツキのせいではない。
教会まで来たところで、私の動物を操る能力で「帰れ」と命じれば、問題は無いのだが、先日雌犬が付いて来た時だけ、「この子はバウのお嫁さんだよ」とイツキが言うので、番犬が増えてしまった。
春には、子犬が生まれるだろう。
イツキは生き物が大好きで、集めた図鑑や、私の作成した資料を、それは楽しそうに見たり調べたりして、つい最近全てを読破してしまった。
来月くる7歳の誕生日に、ハヤマ(通信鳥)の育て方を記した本をプレゼントするため、現在執筆作業に追われている。
私の教えるカルート語は、ほぼ基本をマスターし、普通に会話もできる。元々レガート国とカルート国はひとつの国だったので、共通点も多く覚え易かったのだろう。
パルの教えるイントラ連合語も、ダヤンの教えるダルーン語も、ほぼ基本をマスターしたと聞いた。でも、カルート語を一番早くマスターしたのは間違いない。
『ふっふ、私の勝ちだな』
イツキには、動物に好かれる能力があるように思う。私の研究を引き継げるのは、イツキしかいないのかもしれない・・・
軍隊から帰ってきたら、ハヤマ以外の鳥を使った通信や、犬を使った警備隊を作る計画を、イツキと実現させよう。
こうして、勝手にイツキを後継者として、人生設計を立ててしまうエダリオであった。
何か忘れてますよ!
イツキは《予言の子》でしたよね?
平和な暮らしが3年続き、修行も順調に進んでいるが、ランドル大陸の混乱の影は、もうすぐイツキたちにも迫ろうとしていた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次話から新章に入ります。
なんだか理屈っぽい文章が多いですかね・・・?
日々勉強です。




