出会い
2016年12月、【予言の紅星】シリーズ化に伴い、タイトルを【予言の紅星2 予言の子】と変更しました。
初めて読まれる方は、【予言の紅星1 言い伝えの石板】と【予言の紅星 外伝】も読んで頂けたら嬉しいです。
ストーリー的には、ここから読んでも問題ないです。
【言い伝えの石板】と【外伝】の4話までは、主人公のイツキが生まれる前の物語が中心です。
平成29年12月15日から、文章に加筆・訂正をかけています。
なかなか終了しませんが、気長にお待ちください。
1084年1月、レガート国最長のヒミ川の辺りを、俺ハビテ・エス・クラウ20歳は、ミノス正教会を目指し歩いていた。
冬のヒミ川は、水位も低く水量もそう多くはない。ランドル山脈を水源とする水は、積もった雪が少しづつ解け始めているので、かなり冷たい。
この流れはこれから、水の都ミノス、王都ラミルを通り、海沿いの街ヤマノで海に辿り着くまで、長い長い旅を続ける。
まだ上流なので、川幅は河原も含めて30メートル位だろうか。
水筒の水を補給すべく、俺は川原に下りる。
大岩の多い場所を避け、少し開けた場所まで来ると、澄んで美味しいと評判の水を早速水筒に汲むと、ゴクゴクと飲み、空になった水筒にまた補給した。
「やっぱりヒミ川の水は旨いな」と呟きながら口元を拭く。
そして自分のがっしりした身体にみあった、近くの岩に腰掛けた。
これからの旅と任務のことを考えると、せっかくの美しい川の流れを見ても、思わず溜め息をついてしまう。
そもそも雲を掴むような《予言の子》探しで、レガート国に派遣されたことに納得がいかなかった。
しかもモーリス(中位神父)から、たった2年でファリス(高位神父)に任命されてだ。
先日の任命式と、達成不可能に近い任務を、何故自分が背負い込んでしまったのか・・・そんな諸々を思い出すと、つい途方に暮れてしまう。
ヒミ川の流れをボーッと眺めて10分くらい経った頃、何処からか赤子の泣き声が聞こえたような気がした。
辺りを見回すが、姿は見えない。気のせいかと思いながらも、立って歩き出すとまた聞こえてきた。
今度はよく目を凝らし、注意深く耳を澄まして回りを探ってみる。
こんな何もない川原に、子供など居るはずは無いのだがと思いながらも。
少し上流に歩いて行くと、「ほわーん、あーん」と今度ははっきりと声が聞こえた。
なんとその声は、川の流れの中央から聴こえて来るではないか!
声のする方に近付くと、人らしい物が浮木の上に覆い被さり流れてくる。
ちょうど大きな岩の所で浮木が引っ掛かり、川岸の方に動きを変え流れてきて止まった。
俺は慌ててコートとズボンを脱ぐと、川の中にざぶざぶと歩いて入って行く。水は凍える程に冷たいが、命を助ける為なら考えている時間などない。
水が腰下の辺りまできた所で、浮木の上のそれは女性であると分かった。
「大丈夫ですか?しっかりして」と声を掛けるが反応がない。
全身氷のように冷たい女性を、浮木から離し抱き抱えると、上着の胸の中から赤子らしき頭が覗いていてビックリした。
この子の声だったのか!?
2人をそのまま抱えて川岸まで行き、草の繁った場所で寝かせる。
「あーっ、あん」と消え入りそうな声で赤子が泣き、こんな状態の中で生きていたことに驚きながら、神に感謝する。
やっと声を出せた赤子を、急いで母親の上着の中から取り出し抱いてみる。
まだ産まれて間もないのだろか、首も据わっていないし、俺の両掌にスッポリ入るかと思うくらいに小さい。
直ぐに服を脱がせて、冷えた身体を暖めてやらねば死んでしまうだろう。
どうしようか?……考えている暇はないぞと、自分の荷物の中を見ても、新品の肌着1枚くらいしかないし、タオルは今赤子の身体を拭いて濡れている。
母親を見ながら、あれしかないなと決め、自分の上着を全て脱ぎ、新品の肌着の胴の部分を、無理矢理に破って赤子を包み、腕の部分を首に巻き、自分の胸元にぶら下げる。そしてもう一度上着を着直す。シャツのボタンはほぼ留められないが、裾をズボンに入れれば、落とすことはないだろう。
俺の体温で温めるしか、救う方法は無いのだ。
『神よ、この子をお救いください』
母親の方は、まだ息があるものの意識が回復しない。
とりあえず辺りの枯れ木を集め、熱鉱石を使って枯れ草に火を付けた。
ちょうど近くに岩と岩に囲まれた、風を避けられるスペースがあったのは幸運だった。
できるだけ火の側に母親を寝かせ、コートを母親に掛け、濡れたタオルと赤子の服を火の側の岩に載せる。
水に入る前にコートやズボンを脱いでおいて、本当に良かったと安堵する。
俺は火の側に寄り、赤子の為にも自分の体を暖め、気を失ったままの母親?の手足をさすって暖めてみる。
体が少し暖まった頃、横たわる母親の様子を見ていろいろ考えてみる。
横向きに寝かせた母親の背中には、折れた矢が刺さったままである。
もしも抜いていたら出血多量で既に命は無かっただろう。背中ということは、後ろから射られたことになる。
事故?刺客?誰かから逃げて川へ?でも何故、産まれたばかりの子を連れていたのだろう?
いや、赤子が狙われていた?
そもそも、本当の親子なのだろうか?
あれこれ考えていると、赤子が泣き出した。お腹が空いたのだろうか……母親の乳を遣るわけにもいかないしなぁ……不憫だが、村に着くまで辛抱してくれよと、赤子の背をトントンしてあやす。
先程よりも身体が温まり、少し声にも元気が出てきた気がして、俺はほっと息を吐く。
赤子の泣き声が聞こえたのか、母親の意識が戻り、うっすらと目を開けた。
「わ、私のキ、キアフ。キアフは……ど、どこ?あ、あなたは誰?」
母親は寒さでガチガチと震えながら、子どもを探すように辺りを見る。
「赤子はここに、私の胸元にいる。安心せよ。私は神に仕える者。いったいどうしたのだ?」
俺は自分の胸元の子を、両手で優しく持ち上げるように示しながら、母親の顔を覗く。
母親は少し戸惑い、しかし意を決して力を振り絞るように話し始めた。
「この子は刺客に命を狙われています。どうぞこの子を、キ・・を助けてくだ・・。生きていると知ら・・・、また命を……」
呼吸が乱れて、また意識を失いそうになる。
「しっかりせよ。この子の名は?何故命を狙われるのだ?」
失いそうになる意識を、揺さぶって引き戻し、少しでも事情を聞き出そうと声を掛ける。
「あ、あなた様のお名前は?」
神に仕える者だと言ったのに、事情を話すことをためらっているのか?
「私はハビテと申す者で、ブルーノア教会のファリス(高位神父)だ」
「ああっ!ファリスのハビテ様……」
母親は、神にでも会ったような安堵の表情になって、細く長い息を吐いた。
「私は少し前まで、カイの……【教会の離れ】にいました。3日前にファリスのトーマ様……名前を、お……お聞きして……」
カイ正教会のトーマ様は、俺にモーリス(中位神父)の仕事を指導してくれた人で、ミノスの街に行く前に、寄ってお会いする予定だった。確かにトーマ様は、俺がファリスになったことを知っている。
あの慎重なトーマ様が、俺の名前まで話すとは……余程信用できる人物なのだろうか?
「それで、この子の名は?あなたの名は?」
今にも事切れそうになる母親を抱き起こし問う。
こんな乳飲み子を残して逝くには、まだあまりにも若いじゃないか。たぶん俺と同じ歳くらいだ。美しい顔は血の気が失せ青くなっているが、長い黒髪は大変珍しい。
抱き起こしたことで、母親の視界に赤子が映る。
我が子に触れようと、最後の力を振り絞り、母親は震える手を伸ばした。
「この子の名は、キアフ……キアフ・ル・……レガート」
苦しい息で、泣きながら我が子の名を呼び、愛しい子の顔に、震える指が触れる。
そして、かすかに微笑んで自分の名を言った。
「私は、……カシア……・ファヌ・……ビ……」
最後までは言葉にならずに、赤子に触れていた手が、パタリと滑り落ちた。
何故だ?どうしてこの母親は死なねばならなかったのだ・・・
こんなに可愛い子を残して、逝かねばならなかった母親の無念を思うと、胸が張り裂けそうになる。
己の命をかけて守った母親のためにも、この赤子を、俺は死なせる訳にはいかない。
俺は母親の背に、刺さったままだった矢を抜く。そして衣服を整え、両手を胸の上で組ませ、魂を送るための祈りを捧げる。俺は神父なのだ。
祈りを捧げた後、『んっ?』と、大変なことを思い出した。
「キアフ・ル・レガート・・・レガート!?」
俺はつい、大声で叫んでしまった。
しかも『ル』を名前の後ろに持つ子だと言うのか!!
俺は一瞬、自分の耳を疑い、もう一度母親の顔を見た。
このレガート国の王家の名は、レガートである。
そして名前の後ろに『ラ』を戴くのは王女、『ル』は王子にしか付けることができない決まりだ。
昨年(1083年)5月、レガート国は、クーデターにより国王アナク・レガート(50歳)が暗殺され、分家していた弟のクエナ・ルジ・レガート(47歳)が国王になった。
皇太子だったアナク王の息子バルファー(25歳)は、運良く国外に逃れていたが、昨年12月に蜂起し、首都ラミルを包囲したはずだ。
間もなく政権を完全に奪還するだろうと、ブルーノア本教会は読んでいる。
クエナ王には、マヌル(26歳)、ハキル(20歳)という2人の王子がいる。ハキル王子は、イントラ連合国の学校に入学しているはずだ。
この赤子、キアフの父親はいったい誰なのだろう?
母親は20歳位だろうから、3人の王子は誰でも父親の可能性がある。
しかし、この混乱の時に産まれて来るとは・・・確かに命を狙われてもおかしくはない。
だから、カイ正教会の【教会の離れ】に匿われていたのだろうか?
【教会の離れ】は、訳あり貴族や、教会の保護対象者などが宿泊する施設だから、あり得ない話ではない。
いや、その前に本当にこのキアフが、レガート王家の血を引いているのか?
この赤子との出会いが、俺の人生を決めることになるとは、この時はまだ気付いていなかった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
これからも、よろしくお願いいたします。