イツキ、修業を始める
翌日の朝、カイ正教会全員の見送りを受けながら、俺とイツキは、目的地ミノス正教会へと向かうことになった。
もともとトーマ様に、挨拶しようと立ち寄ったカイ正教会だったが、思わず事件に巻き込まれ、出発が1日遅れてしまった。
しかしそのお陰で、イツキの能力が確認できたことは、大きな収穫だったと言えるだろう。
「イツキ、ミノスの街は綺麗だぞ。水路や噴水や街路樹など、これまで過ごしたどの街より整備されているから、きっとお前も気に入ると思う」
俺はミノスの風景を思い出しながら、これから向かう街について、馬車の中であれこれと教えていく。
「ねえねえ、ミノスに着いたらミノス正教会で暮らすの?」
「いや、ミノス正教会には、既にモーリスのエダリオ様がいらっしゃるから、俺達は正教会の近くに家を借りて住むんだ。マキさんと言うお世話してくれる人が一緒だ」
俺はミノス正教会に、どんな人たちがいるのか、簡単に説明することにした。
まず、ファリスのエダリオ様は45歳。カルート国出身で、ご家族はカルートにいらっしゃる。手のひらに羽根の印があって、動物を使う能力者だ。ハヤマ(通信鳥)を育てて、大陸中に通信網を確立された凄い人だ。
次がモーリスのダヤンさん35歳。奥さんと中級学校に行ってる息子がいて、正教会に住んでいる。主に警備や揉め事担当だな。
他には、一般神父4人、警備2人、学生が2人、管理人夫婦、他に使用人が数人働いている。確か番犬とハヤマもいるはずだから、カイ正教会よりも賑やかだ。
それから、一般神父の1人はイツキに勉強を教えてくれる予定だから、頑張ってリーバ様の課題をこなしていこうな。
イツキは、楽しそうに俺の話を聞きながら、質問もしてくる。
「犬がいるの?楽しみだなぁ。中級学校に行ってるお兄さんは、遊んでくれるかな?」
「犬の名前はバウだ。小さいけど頭の良い奴だから、嫌いな人間の命令は聞こえない振りをするし、触られるのが嫌いな変わり者だが、番犬としては優秀だとダヤンさんが言ってたな。それから、ダヤンさんの息子と一緒に、剣術と体術を習う予定だ」
途中の町で昼食を取り、午後は馬車の中で退屈しないように、先日ミリダ国で買ったおもちゃで遊びながら盛り上がった。
ミノス正教会に到着したのは、ちょうど夕食の時間だった。
カイ正教会から飛ばしたハヤマ(通信鳥)が、俺たちの到着をミノス正教会に先に伝えてあったので、きちんと夕食も用意してあり、暖かく出迎えて貰えた。
「はじめましてイツキです。これからお世話になります。どうぞよろしくお願いします」
いつもの笑顔で挨拶すると、当然のことながら、皆が笑顔になった。
何度見てもイツキの癒しパワーは凄い。いつもはその可愛い笑顔だけで充分だが、今日は金色のオーラまでちょっぴり出している。
今夜は、食堂で俺たちの歓迎会をして貰えると言うことで、それぞれ自己紹介などしながら、楽しい会話が弾んだ。
夕食後借家に着いたら、マキさんが風呂の用意をしていてくれたので、イツキとゆっくり湯に浸かり、旅の疲れを取った。そして湯船で寝てしまいそうだったイツキを、ベッドに寝かせた。
俺は、自分の部屋に置いてあった、座り心地の良さそうな椅子に腰を下ろし、フーッとひと息く。
明日から、イツキにとって厳しい修業の日々が始まる。それは俺にとっても試練の始まりだと言っていいだろう。
こんなに可愛いイツキを、5年後にはレガート軍に入隊させなければならないのだ。
いくら《予言の書》に書いてあったとしても、俺にとっては『何故軍隊なんだ?』と、納得出来ない思いが強い。
《予言の子》は、軍隊に入ってもケガをしないのか?それもたった9歳でだ・・・
イツキに与えられた課題は、大きく分けて3つあった。
(1)9歳までに6カ国語の基本をマスターさせること。
(2)軍隊に入るまでに、剣と体術を使えるようにすること。
(3)9歳までに中級学校の勉強を終えること。
6カ国語はまだ分かる。既に本教会で3か国語は基本ができている。
剣と体術は、いくらなんでも体格ができてない。まだ剣を持つことさえ無理だ。
本教会でシーリスのマーサ様から、護身術の基本は習っていたが、まだ幼児なんだ・・・
中級学校は、普通10歳から行くもんだろう?いくらイツキが天才的だと言われていても、遊ぶ時間は何処にある?
確か「普通の子供と遊ばせて、世間一般的な経験をさせることが大切だ!」とか言ってたはずのリーバ様が、《予言の書》を解読してから、「イツキならきっと大丈夫。私だって血の涙を流しながら、お前に任せるんだぞ」に、変わってしまった。
イツキの将来のために、ミノス正教会に赴任させられたのは、ファリスのエダリオ様、モーリスのダヤンさん、神父のパルの3人で、エダリオ様以外はその事を知らない。
エダリオ様がミノス正教会に呼ばれたのは、大陸一の伝達手段の持ち主であり、何かあれば直ぐに本教会と連絡が取れるし、動物の持つ察知能力を使って、教会の安全とイツキの安全を守れるからだ。
ダヤンさんは、ブルーノア教が主催する教会関係者の武道大会で、優勝経験もある猛者で、最強と言われているシーリスのマーサ様が、是非にと言って推薦した人物なのだ。
神父のパルは、イントラ連合の高学院で、医学と薬学を学び、昨年の暮れに優秀な成績で卒業したばかりである。パルは17歳の時、リースのエルドラ様からその才能を見出だされ、教会で働くことを条件に、高学院入学を果たし、学びたい欲求を叶えられた人物である。
は~っ……正直気が重い。本来ならダヤンさんは、ダヤン様と呼びたいところだが、俺がファリスなばかりに(さん)呼びしなければならない。せめて、会話は普通にして貰えたらいいのだが……
パル神父だって、まさか4歳のイツキを教育するとは思っていないだろう……
しかもエダリオ様でさえ、レガート軍入りの為の修業期間だとは、ご存じではない。
「おはようございます。マキさん」
イツキが元気良く挨拶して、朝食が始まる。今朝はイツキの大好きなオムレツだ。
昨夜マキさんから、イツキの好きな食べ物や、嫌いなもの、気を付けるべき健康について、生活習慣など細かいことまで質問された。
さすが、首都ラミルのサイリス様が、推薦されただけの女性だ。掃除も料理も完璧で、言葉遣いや行動は、少し前まで子爵婦人だったらしいので、スマートで美しい。
ここに来た詳しい事情は、おいおい聞けば良いだろう。
「さあイツキ、今日から修業が始まる。何をどう学ぶかは、それぞれの先生と話し合って決めるから、お前は教会に着いたら、まず先に犬のバウと仲良くなるように。できるか?」
「やったー!バウに会えるんだ。僕、絶対に仲良くなるよ!」
ミノス正教会までは、徒歩10分くらいで到着できる。町外れにある教会までの道すがら、ポツポツある家と畑を眺めながら、川沿いの道を毎日イツキと歩いて通えることは、俺にとって至福の時間である。
明日以降も、こうしてイツキが笑顔でいてくれるのか心配でならないが、そうなれるよう手配し、気を配るのが俺の役目なのだ。俺が弱音を吐くわけにはいかない。
『イツキが、悲しい時も涙の時も、苦しい時も辛い時も、俺が絶対に笑顔にしてやろう。時には厳しく、時には優しく、何があってもお前を守ってみせる』俺は歩きながら、改めて自分に誓った。
「おはようございます。ではこれからリーバ様からの指令を伝えます」
教会に到着した俺は、早速目の前の2人、エダリオ様とダヤンさんに、それぞれがイツキに教育すべきことを伝える。
「それでは私は、カルート語と動物についての知識を、教えれば良いのだな?」
「はい。エダリオ様はファリスの仕事があるので、合間で良いとのことでした」
エダリオ様は直ぐに了承され、自分の執務室に置いてある動物についての資料を、嬉しそうに引っ張り出している。
「俺はダルーン語と、剣と体術を教えれば良いのだな。それで、どのくらいのレベルまで教えたら良いんだ?」
「はい。出来れば息子さんのペーター君と同レベルくらいには・・・」
「はぁ?ペーターと同じって、あいつは11歳で、かなり上の訓練をしているが、イツキはまだ4歳だろう?剣はまだ無理だぞ」
ダヤンさんに、何言ってんだ?と呆れた顔をされたが、まあ予想通りの反応だ。
「それでも9歳までに、剣も使えるようにしてください」
「何のためだ?イツキが教会にとって大事な子だとは聞いているが、そこまで厳しくする理由は何だ?何故9歳なんだ」
ダヤンさんは俺の言う訓練内容の無茶ぶりに、机をバンッと叩きながら迫まってくる。
「そ、それは、9歳になったら、イツキをレガート軍に入隊させるためです」
「はあ?レガート軍?」
ここまで来たら真実を話して、協力して貰うしか方法はないのかも知れない。
「いやいや、ちょと待て……イツキは《予言の子》ではないのか?私はリーバ様からそう聞いたが・・・」
「えーっ!?イツキは《予言の子》なのですか?」
エダリオ様は、しまった!という顔をされたが、どの道ダヤンさんにも話さなければ、納得して貰えそうにはなかったから、ここは良しとしとこう。
「確かにイツキは《予言の子》です。それと、リーバ様の許可は頂いてませんが、俺の独断で、お話ししておきたいことがあります。聞きますか?止めときますか?」
エダリオ様とダヤンさんは、ゴクリと唾を飲み、う~んと考え始める。
「俺は聞くことにする!」
ダヤンさんは覚悟を決めたようで、迷いは無さそうだ。さすが武闘派だな。
「うーん……リーバ様の許可なしなあ……」
「じゃあ、俺だけ聞いときますからファリス様」
ダヤンさんは、煮え切らないエダリオ様に、急かすかのように言う。
「分かった。仕方ない、私も同罪だな……」
エダリオ様も結局聞きたかったようで、ようやくダヤンさんに同意する。でも別に罪を犯す程でも無いんだけどな……
「罪なら私にだけあるので・・・でもこれは、最高機密事項です。イツキは《予言の子》であると同時に、《六聖人》のひとり、《裁きの聖人》でもあります」
暫く2人は沈黙し、ダヤンさんが先に重い口を開いた。
「と言うことは、リ、リース様なのか?」
「そうです。イツキはリーバ様に次ぐ地位です」
「「…………」」
エダリオ様は、まだ固まったままなので、管理人のモーリー夫人にお茶でも頼もう。
大人たちがファリスの執務室で話をしていた頃、イツキは番犬バウと対峙していた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
なかなかイツキが大きくなりません・・・
でもそろそろ成長してくれるはずです。
誤字、脱字等見つけたら、教えてください。




