イツキ、事件を解決する〈1〉
2人の当事者から事情を聴いたトーマ様が、何だか困ったなという顔をして、礼拝堂から出て来た。もう結論は出たのだろうか。
「最終的な結論をこれから審議するので、皆は外のベンチに座って待つように。警備の者はよろしく頼む。ああ、それからハビテは来てくれ」
トーマ様は、そう指示を出して、一緒に来るよう俺を手招きをした。
2人で礼拝堂に向かいながら、中での様子を聴く。
「それでどうなんですかトーマ様。クロノスは盗ったと認めたのですか?」
「いや、お互い主張を変えてはいないよ」
どうしたものかという感じで、トーマ様は首を横に振って、溜め息をついた。
「お前はどう観た?」と尋ねながら、広い礼拝堂の一番後ろの椅子に座り、トーマ様は問題のペンダントを俺の前に出して見せてくれた。
「俺は、クロノスが嘘を言っているようには思えません。罪人や悪人特有の、ずる賢さや擦れた感じがしませんし、何より本当に悔しそうでした」
俺なりに観察して、感じたことを伝えながら、問題のペンダントをじっと見る。
何の石だろう?掌にすっぽり収まる大きさの、青く美しい石である。
「私もそう感じるんだが、このペンダントの持ち主が、クロノスであったと証明するのは難しい。例え家に帰って、家族がクロノスの物だと証言しても、それはクロノスの嘘を、家族が庇っていると言われたら、どうにもならないだろう」
「しかし、それは同様にバラモにも言えるのでは?」
俺はクロノスを助ける方法が何かないものかと、浅知恵を働かせるが、トーマ様に「それは違う」と言われてしまった。
トーマ様の話によると、あの男、バラモは仕入れ明細書を持っていたらしい。そこには、青いナルキ石のペンダント1万エバー(エバーはランドル大陸共通通貨)と、きちんと書いてあったそうだ。
したがって、バラモの物ではないと証明出来ない限り、クロノスの無実は証明出来ないことになる。
2人して、深く長い息を吐きながら、頭を抱える。
そうこうしている間に、バラモに付いて来ていた警備隊の男が、このままではらちが明かないだろうと踏んで、上官を呼びに町へ戻ってしまった。
実はこういう揉め事はしばしばあり、教会と警備隊の間で協議(言い合い)するのは、日常茶飯事であった。
大概双方が納得のいく解決となるのだが、貧しい者・子供・高齢者・病人が当事者の場合、教会側が慎重に調査することを要求するので、解決迄に時間が掛かることが多いらしい。
今回、商人であるバラモが急ぎの旅の途中であると訴えているので、解決に時間が掛けられない。そういう時は、上官か副隊長または隊長を呼んで来ないと、早期解決しないことを隊員達はよく知っていたのである。
礼拝堂の中でトーマ様と2人、ペンダントを見詰めて途方に暮れていると、祭壇の方からカタンと音がした。何だろうと見ると、イツキが嬉しそうに可愛い小さな手を振っている。
「イツキー、そこにいたのか?こっちにおいでー」
俺は早速イツキに癒されながら、重い気持ちが軽くなる。
「ねえねえ、さっきのおじちゃんは、嘘を言ってたよ」
俺達の前に来るなり、イツキはそんなことを言い出した。
「嘘?どうして嘘だと判ったんだ?」
「だって、あのおじちゃんの体の回りに、黒いもやもやみたいなのがずっと出てたよ」
俺の問いに、不思議な答えを返して来た。黒いもやもやって何だ?
「イツキ、その黒いもやもやって、嘘をついた人に出る特徴みたいなものなのか?」
「特徴?特徴って判んないけど、この前、本教会の病院に現れた悪い人にも、黒いのが出てたよ。だから僕、リーズに言ってやっつけて貰ったんだ」
そう言えば、リーズが不審者を一撃で倒したと聞いた気がする。あれは、イツキの指示で倒したのか……
「イツキ、黒いもやもやって、レイとかメルダに出ている、七色の光みたいな感じで見えるのかぁ?」
もしかしたら、バラモは俺には見えないオーラを持った、能力者ということだろうか?それとも、悪い人間を判別出来る能力を、イツキが持っているということなのか・・・
「ううん違うよ。少し悪いことを考えたり、したりすると、顔の回りが黒いもやもやに包まれて、それで、もっと悪いことを言ったり、したりすると、その黒いもやもやが、段々下に降りてきて、体中が黒くなるんだよ」
「・・・?」
俺はトーマ様と顔を見合わせて、お互い首を捻って少し考えた後、同時にあるキーワードを思い出した。
《裁きの聖人》!《予言の子》であるイツキが持つ、もう一つの名前を。
そうか!銀色のオーラの能力について、三聖(天聖・聖人・教聖)でも結論が出せなかったが、これだ!この悪人を見分ける能力。これこそがイツキの持つ、もう一つの能力なんじゃないのか?
これまでにイツキが使った銀色のオーラは、赤ん坊の時に、ギラ新教徒に人質にされた時と、乳母採用試験の時に毒殺されそうになった時だ。
あくまで、三聖と俺が確認出来ている事例は、この2つだけだが、あの時見えた黒い煙のようなものは、赤ん坊だったイツキが、悪人を判別して我々に見せたもの……そう考えれば、辻褄が合うような気がする。
「ハビテ、もう一度イツキの前で、双方の言い分を聴いてみよう。そうしてお前は、イツキが本当に銀色のオーラを放っているか確認すればいい」
「そうですね、分かりました。事件の解決には役立てなくても、我々には大きな収穫になります」
俺とトーマ様は、お互いの顔を見て頷き合い、イツキの能力を確認することにする。
この時俺は、新たに判ったであろうイツキの能力に興奮するあまり、クロノスを守る方法を考えることを、すっかり失念していた。
俺は、外で待たせてあった者達を、礼拝堂の中に入って来るよう伝えるため、扉を開けて外に出た。
するとバラモの側には、先程までは居なかった、警備隊の上官服を着た男が2人立っていた。
そして、クロノスは下を向いて、両手を握りしめ、泣きながら項垂れていた。
「こんにちは。カイ警備隊副隊長ハックです。あなたは?教会の方かな?」
怪しげな者を見るように、少し見下した感じでそう言いながら、ハックと名乗る30歳位の色黒でがっしりした副隊長が、俺の方に向かって歩いて来た。
「こんにちは。私はハビテと言います。あちらの方は?」
俺は挨拶をして、もう一人の上官とおぼしき人物の方を見て尋ねる。
「あちらは、隊長のブルークです。ファリス様はどちらでしょうか?」
しまった!いつの間に隊長まで呼んで来たんだ?これじゃあ、ゆっくり審議出来ないじゃないか……
きっとこちらの意見など聞かず、警備隊まで連行し、大人にとって都合の良い理由と力で、解決するつもりなんだろう。
外の声を聞いて、トーマ様とイツキが礼拝堂から出て来た。
「これは副隊長お久し振りです。おや、今日は隊長まで御一緒ですか。ここまでお2人が来られるということは、カイの街が平和であるということですな。これも警備隊の皆さんの、日頃の働きのお蔭。感謝いたします」
トーマ様が頭を下げながら丁寧な挨拶をされたので、相手は強権的に出れなくなった。さすがトーマ様だ。経験と貫禄勝ちだな。俺は感心しながらイツキの側に行き手を繋ぐ。
「事情は大体聞きました。警備隊としては、バラモさんの言い分の方が、正しいのではと考えていますが、教会の方では、如何な結論になったのでしょうか?」
50歳位で長身、赤髪の隊長ブルークが、穏やかに質問してくる。既に戦いはスタートしているようだ。
そんな2人のトップが、一見穏やかに火花を散らしていると、イツキが俺の服の裾を引っ張りながら話し掛けてきた。
「ねえねえハビテ、僕にさっきのペンダントを見せて?」
俺は手に持っていたペンダントを、イツキの目線の高さまでしゃがんで見せる。
イツキはそのペンダントを、黒く大きな瞳で見ながら「あれ?これは」と目を見開き、空にかざして「やっぱりそうだ」と独り言を呟きながら、嬉しそうに目をキラキラさせる。
「ちょっとあんた!人の大事な売り物を、そんなガキに持たせるなよ。無くしたらどうするんだ!」
バラモが小太りの体を揺すりながら、イツキを睨み付け大声で噛みついてきた。
「バラモさん、この若い男、今は平服を着ているが、こう見えてミノス正教会のファリスなんだがね」
トーマ様がそう言うと、教会警備隊の2人が俺とイツキを守るように前に立つ。それを見たバラモと副隊長が顔色を悪くする。
「これは失礼しました。それでペンダントはどうされるのでしょうか?」
少し不遜な態度だが、どうやら隊長は早く解決して、この場を去りたいようだ。
カイの街の警備隊は、ファリスに対してあまり敬意を払わないのが気になるが、トーマ様への対抗心が強いのかも知れない。ミノスの街では考えられない態度だが、これがシーリス様又はリース様だったら、さすがに礼をとるのだろうか……?
「教会としては、クロノスの言い分を信じたいと思います」
トーマ様がはっきりと、クロノス側に付くことを伝える。
イツキはクロノスを手招きする。するとクロノスは立ち上がって、俺達の方へフラフラしながら歩いて来る。自分を信じて貰えたことが嬉しかったようで、少しだけ瞳に希望の光が射したようだ。
「分かりました。それではそのペンダントが、クロノスの物である証明をしてください」
勝ちを確信したような隊長の物言いに、歯軋りする思いだが、ここで俺が狼狽える訳にはいかない。
「ねえねえハビテ、僕があのおじちゃんと話をしてもいい?」
俺を見上げながら、真剣な顔をしてイツキが訊いてきた。
どのみち俺とトーマ様では、ペンダントがクロノスの物であると証明出来ない。
ならいっそ、イツキの《裁きの聖人》の能力に、託してみる方が良いのかもしれないと俺は考えた。
そしてこの機会に、イツキの能力が確かめられるなら、好都合ではないか……
「イツキの好きにしていいぞ」と、トーマ様がイツキに小声で伝え、ニコニコしながら警備隊長に向かって告げた。
「分かった。最後の確認をさせて貰おう。私の代理人としてこの子を指名する。バラモさん、あなたがこの子に真実のみを語ってくれることを期待する」
トーマ様はイツキを自分の前に出しそう言うと、最終確認、いや真実を探るため全員礼拝堂の中に入るよう指示した。
とうとう打つ手が無くなったのだと、バラモ、隊長、副隊長は、ニヤニヤしながら礼拝堂の中に入って行く。
クロノスと教会警備隊の2人は、不安な気持ちと何故幼児が?という思いを抱きながら、後ろに続いて入って行く。
トーマ様はそれではこちらへどうぞと、礼拝堂の一番前の席まで一同を連れて行き、祭壇から向かって右側の席にバラモと支持者を、左側にクロノスと支持者を座らせ、俺は祭壇横の椅子に座った。
イツキは、とことこと歩きながら祭壇に上がって、大きく深呼吸をする。
『がんばれイツキ!俺はここから応援してるぞ。深呼吸する姿も可愛いぞ』
「これから僕は、このペンダントが、そのおじさんの物では無いことを証明しましゅ」
語尾を噛んでしまい恥ずかしそうにモジモジするが、口をギュッと結んでシャキンと前を向く。
「ぼくー。そうじゃなくて、クロノスの物だと証明して欲しいんだけどなあ・・・」
副隊長は、こんな茶番はやってられないという口調で、明らかにバカにしている。
「えーと、ハック副隊長。このペンダントがおじさんの物でなければ、それすなわち、クロノスの物だよね?分かるかなぁ?」
そんなことが分からないの?というやや憐れみの混じった、いや純粋なイツキのことだから、優しく説明してあげるね的な、そんな感じで言ったに違いない。でもイツキ、それすなわちって、じーじーことジーク様の口癖だよな……
「では質問を始めます」
イツキは、バラモの前に立つと、銀色のオーラを身に纏い始めた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次話は遂に、イツキがばしばし活躍していく予定です。
かわ、カッコいいイツキに、応援お願いします。




