イツキ、癒しのパワー
加筆と訂正で、長い文章になっています。
ー◇ハビテ◇ー
俺は、倒れていた少年を連れて、来た道を戻ることになった。
少し戻った方が町も大きいので、病院や薬屋も確実にある。
それに、この少年が居たと思われる町に、連れて行くのは危険かもしれない。
「ハビテ、私はこの先の町で様子を探ってくる。この子の身元が分かれば、事情も分かるだろう」
「了解しましたエルドラ様、私もこの子から、出来るだけ話を聞いておきます」
リースエルドラ様と俺は、二手に別れて目的地に向かって歩き出した。
少年が目覚めたのは、病院のベッドの上だった。随分目覚めなかったので心配したが、どうやら命に危険は無いようで安堵する。
医者からは、栄養失調と疲れが原因だろうと言われた。
目覚めてからはパンをスープに浸した軽い食事を与え、しばらく様子を見ることにする。
落ち着いたらいろいろ話を聞こうと付き添っていたが、固く口を閉ざして話し始める様子はない。視線さえ合わせようとしない。
「俺はハビテという神に仕える者だ。心配しなくても良いから、何があったのか話してごらん」
出来るだけ優しく話したつもりだが、神に仕える者だと言ってから、より脅えるようになってしまった。下を向いて、絶望的な表情で、声を出さずに泣いている。
「とても辛いことがあったんだろう?」
「・・・」
「何か力になれることがあったら、言ってごらん。僕は君の味方だよ」
「ご、ごめんなさい・・・僕は死ななきゃ・・・みんなが不幸に・・・僕は・・・」
それだけ話したら、布団に突っ伏して、今度は少しだけ声を出して泣き出した。
「急がなくて良いから、もう少し元気になってから、話せば良いよ」
俺がそう話し掛けると、クビを振って「ダメなんだ。僕は悪魔の……」と言って、気を失うように眠ってしまった。
いったい何が、少年を追い詰めるのだろう……?死を口にするなんて……
次の日、少年は食事を食べようとしなかった。
「食べて元気にならないと、お母さんが心配するよ。授かった命を粗末にしてはいけないんだ」
なんとか食事させようと、いろいろ声を掛けていたが、お母さんという言葉に反応して、しぶしぶ食事を取ってくれた。
その日の夜、リースエルドラ様が隣町から帰って来て、少年の名前と、悪魔の子として教会からも追い出されたこと、本妻の仕打ち、町の住民たちが何をしたのか等を聞いた。
俺は怒りと理不尽さと、かわいそう過ぎて、涙が出てしまった。
「ハビテ、泣いている場合ではない。この子を追い詰めたのは教会だ。私たちは償う立場なのだ」
エルドラ様はそう言いながら、辛そうに肩を落とされた。
エルドラ様と遅めの夕飯を食べながら、俺は少年レイに関する、ある仮説を話していた。
「レイは能力者ではないでしょうか?それも予知能力では……」
エルドラ様は、自分もそう思うが、そうではないかも知れない、だから確かめる必要があるのだと、俺の方を見てニヤリと笑う。
「お前がオーラを確認出来れば間違いない。そのためには、辛い質問をすることになり、レイをまた苦しめることになるだろう」
能力者は、常時オーラを出している者と、力を使う時だけ出す者の、2つのタイプに分かれている。
今のレイからはオーラを感じられない。ならば、方法は1つしかない。
翌朝、エルドラ様はレイに尋ねられた。
「レイ、お願いがあるんだ。私はこれからハキ神国の、本教会に帰るのだが、道中危険なことがないか教えて欲しいんだ」
レイは恐怖で凍りついたような表情でエルドラ様の顔を見て、「ウワー!」と叫びながら、窓から飛び降りようとした。
そこまで追い詰めるつもりはなかったが、レイにとっては、堪えられないショック、いや、恐怖だったのだろう。
俺は嫌がって暴れるレイを、落ち着くまで無理矢理に抱き締めていた。
「レイ、お前は何も悪くない。悪くないんだ。お前は能力者で、人の役に立つことが出来る人間なんだ」
一段と強く抱き締めて、背中を優しく撫でながら言ってやる。そしてエルドラ様を見て頷き、オーラが確認出来たことを伝えた。
しかし、レイは心を開かなかった。
『悪魔の子である自分が、人に必要とされることなんて、有りはしないんだ……』
それ以来一言も言葉を発せず、食事は取るものの、どこか遠くを見詰めて、決して視線を合わせようとしなくなったのだ。
俺達3人は、至急馬車で本教会に向かうことにした。その目的は2つ。
(1)、このままではレイの心が崩壊してしまうので、なんとか助けるため。
(2)、レイの能力が、本当に予知能力であれば、その特異性から《六聖人》の可能性がある。オーラの色が判らないので、リーバ(天聖)の判断を仰ぐため。
ハキ神国の首都シバに到着して、俺は先に本教会に向かい、リーバ様に報告することになった。
エルドラ様は、本教会に行くことに恐怖を募らせるレイのため、シバの街を観光し、少し気持ちを解してから向かうよう決められた。
ーリーバ様の執務室にてー
「私が直ぐに面会するより、暫く様子を見よう。自分を悪魔の子だと思い込んでいる様なので、時間を掛けて心を開かせよう。母親の元を離れて寂しいだろうから、ここはチーフコックで世話役の、ミユナに任せた方がいいだろう。他の世話係の女性にも伝えてくれ」
「はい、承知しました」
俺はリーバ様の指示に従い、ミユナさんに事情を話して、レイを預けることにした。
ミユナさんは、俺の話を聞いて暫く黙った。そして涙を拭いてからこう聴いた。
「それで、レイ君を追い出した神父はどうなったんだい?」と。
「それはもう、エルドラ様が怒り心頭で、カルート国ヘサ正教会のサイリス(教導神父)様に、その神父の資格を永久剥奪をするよう命じられたよ」
「それなら良いが、それから?」
「それから、レイの居た町には、ヘサ正教会指導不足の責任もあるからと、正教会のファリス(高位神父)が、正しい教えをするため向かわされたらしい」
「それは仕方ないね!そんな神父がまだ居たなんて……」と言いながら、ミユナさんは俺のご飯を作り始めた。
◇◇ レイとイツキ ◇◇
半日後、レイは本教会の中庭のベンチで、色とりどりに咲く花々を見ながら、ポツリと座って風に吹かれていた。
「ねえねえ、おにいたんだーれ?」
イツキはレイの側に行き、いつもの『ねえねえ』攻撃・・・いや質問を投げ掛けていた。
レイは一瞬びくりとしたが、声を掛けたのが小さなイツキだと判ると、安心したように息を吐いた。
しかしイツキの問いには答えず、視線を反らした。
「僕はいちゅき、ここに居るの。どこか痛いの?さみしーの?」
イツキは、レイの顔を覗いて心配そうに首を傾げる。
レイは、イツキのキラキラした瞳が眩しくて、辛く申し訳なくなって泣を零した。
『僕は悪魔の子なんだ。こんなかわいい子と話をしてはいけない』
「あっちへ行って・・・」
絞り出すような声でイツキに言った。
「どちて?・・・おにいたんの涙はきれーだね。キラキラしてるよ」
そう言いながら、イツキはレイの右手を、両手でそっと包むようにして握った。
レイは涙に濡れた顔で、イツキを見る。そして、自分の右手が小さな手に握られているのを見て、声を上げて泣き出した。
少し前まで、顔を見ただけで石を投げられ、近付いたら死ねと言われていた。そんな僕に、天使のような可愛い子が手を握って、話し掛けてくれている。
『僕の、僕の涙を綺麗だと言ってくれた・・・』
風が優しい花の香りを運んで来て、通り過ぎて行く。
「おにいたん、いい子いい子」
イツキはベンチに登り上に立って、今度はレイの頭を撫でていた。
レイはおそるおそる、そしてそっとイツキを抱き締めてみた。
すると不思議なことに、どんどん体が軽くなっていく。カチカチだった体が解されていく。
そして心の中に暖かい何かが入って来る。
「君は天使なの?」
そっとイツキを抱き締めたまま、少し上にあるイツキの顔を見て聞いてみた。
「僕は、いちゅき。友達だよ」
イツキの笑顔が眩しい。そして友達だと・・・友達だと生まれて初めて言ってくれた。
レイは、ずっと考えないようにしていた神様に『ありがとうございます』と感謝した。
自分は悪魔の子だから、神様のことを考えてはいけないんだと、我慢していたのに。
「あのね、おにいたんの回りにねぇ、虹の色が見えるよ。それはねぇ、僕のお友だちの印なんだよー」
そう言うと、イツキはレイの隣にポスンと座った。
その時、誰かの足音が近付いて来てこう言った。
「この子、イツキはね、大きくなったら、ランドル大陸を災いから救うという、使命を持って生まれて来たんだ。その大変な運命を背負っているイツキを、助けてやって欲しいんだレイ君」
誰だろう?とレイは少し警戒しながらも、その人物を見詰めることが出来た。
「リーバ様こんにちは」イツキは元気よく挨拶する。
『リーバ様?・・・えーっと、リーバ様って・・・あっ!!』
レイは慌ててベンチから立ち上がり、側に平伏した。
「レイ君、大変辛い思いをさせてしまったようだね。君は何も悪くないんだ。君はね、開祖ブルーノア様が選ばれた尊い能力の持ち主だったんだよ。さあ、立ってもう一度ベンチに座りなさい」
リーバ様は、レイの両腕を軽く掴んで、立ち上がらせる。
「・・・」
レイは何も言えず、まだ現実に付いて行けてない様子だ。
「イツキ、レイの回りに虹色が見えるのかい?」
「はい!きれーな七色の光が見えまちゅ。それからね、お首の横に鐘の印があるんだよ」
リーバ様の問いに、イツキは嬉しそうに、はっきりと答えた。
「首に鐘?」と言いながら、リーバ様がレイの首を見てみると、そこには《青い鐘の印》があった。
「レイ君、いつから鐘の印があったの?」
「えっ?僕に印?そんな印なんて、ありませんでした」
リーバ様の問いに、レイは自分では見えない、印があると言われた場所を触りながら答えた。
『僕は印の持ち主だったの?』
それからリーバ様は、自分の執務室にイツキとレイを連れて行った。
ー◇リーバ様◇ー
「改めて、紹介しよう。リース(聖人)エルドラと、ファリス(高位神父)ハビテだ」
レイは2人が凄く偉い人だったと知って、その場に平伏そうとしたが、もう何が何だか分からなくなり、へたり込んでしまった。
「驚かしたかな?すまんすまん」エルドラが謝りながら、レイを椅子に座らせる。
「レイ君、さっきも話したが、我々には君が、そして君の力が必要なんだ」
「僕が必要?」
「そう、必要だ!」
僕からの思わぬ言葉に、まだレイは困惑している様子だ。
「ハビテ、イツキがレイのオーラは虹色、つまり七色だと言っている。そして、この《青い鐘の印》を見てくれ」
エルドラとハビテが、私の笑顔を見て、レイが《六聖人》の1人だったと理解して、手を取り合って喜んでいる。
そしてレイの首の横にある《青い鐘の印》を見て、「えーっ!」っと、驚きの声を上げた。昨日までは無かった印があったのだ。
「どうやら、イツキの能力が発動したようだ」
私はニコニコしてイツキの方を見ながら言う。
エルドラとハビテは、イツキと仲良く手を繋いで嬉しそうにしているレイを見て、イツキがレイの心を開いてくれたのだと分かったようだ。手を組んで天を仰いでいる。神とイツキに感謝しているのだろう。
「イツキ偉いぞ。今日もいい子だったな!」
ハビテがそう言うと、イツキは大好きなハビテの腕に飛び込んで行き、抱っこされた。
「さあレイ、いや、将来のリース(聖人)レイに、改めて使命を与える」
その場に居た全員が、ピシリと姿勢を正し礼をとる。
「我々と共にイツキを助け、ランドル大陸を守るように」
「あ、あり、ありがとうございます。力いっぱい努力し、必ず使命を果たします」
レイは涙を流しながら、笑顔で礼をとった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次も新しい出会いがイツキに訪れます。




