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第五話 試作型ゴーレム(上)

「また来てるな」

「ああ、ここのところ毎日だ」

「ゴラァッ! 何を休んでいるッ!」


 訓練場と銘打ってはいるがその実ただの開けた広場であるその場所で、今日もイェレミース家に仕える兵士達が鍛錬を積んでいた。

 ペアで打ち込みをしていた二人の兵士は、ここ最近訓練場を絶え間なく訪れるその少年に目を向けて、手を止めているところを監督していた部隊長に怒鳴られ、あわてて打ち込みを再開する。

 部隊長はため息をつき、彼らが訓練をとめてしまった原因の少年へと目を向ける。その少年は横に美しいメイドの少女を侍らせ、壁に寄りかかりながらじっと訓練の様子を眺めている。部隊長の男は今年九歳の誕生日を迎えたとは思えないその落ち着き様を見ると、将来彼がどのような人物になるのか興味深くもあり、また不安にも感じていた。

 その少年――エトヴィンは、そんな彼の内心など知る由もなく、ひたすら訓練の様子を観察していた。


「やはり見ているだけでは分からないことが多いな。この体ではまだ剣を持てないのが悔やまれる」


 エトヴィンは手を見つめながら握ったり開いたりして、自身の未熟な体を再確認する。


「ご主人様、まさか魔法に続き剣術まで極めるおつもりですか?」

「私は魔法を極めているつもりはないのだが……何か問題が?」

「いえ、問題はありません。ご主人様がますます怪物になっていくのを私は嬉しく思います」


 自身を護ってくれる主が強くなるのが嬉しくないはずもなく、アスカは微笑みをエトヴィンへと向ける。


「こんないたいけな少年を捕まえて、言うに事欠いて怪物とは。全く失礼な話だ」


 エトヴィンは心外だといった様子で大げさに方を竦めた。


「ご主人様は最近、『魔法の化身』と呼ばれたり、『魔神』と呼ばれていることをご存知ですか?」

「いや……初耳だな。なんだそれは」


 本当に初めて聞いたのか、彼はその話に眉を顰めた。しかしその話は全て事実で、エトヴィンは一部の知識人からは畏怖の対象となっており、そのような異名が囁かれている。


「意外に的を射ていると私は思いますよ?」

「私も君らと同じ人間だぞ。頭を潰されれば死ぬし、毒を盛られれば死ぬ」

「どうでしょうね。この前の誕生日パーティで毒が盛られているのを事前に察知していましたし、私はご主人様が強力な回復魔法を使えるのを知っていますから。この前の魔法実験で吹き飛んだ奴隷の腕を再生させていたじゃないですか」


「まあ確かにやったが……」

「それに――」


 そう言いながらアスカはエトヴィンに触れようとするが、まるで見えない壁に阻まれたかのようにそこから先に手を伸ばすことが出来なかった。


「この常時展開されている魔法障壁を突破出来る者がいるとは思えません」


 今までは服に魔法紋章を刻み、自身を保護していたエトヴィンだが、ここ最近魔力が飛躍的に増えてきたため、一日中魔法を展開していることが可能になった。

 魔法は言葉に魔力を乗せ、世界の一部に命令することで通常は起こりえない現象を具現化するものだが、継続して効果を発揮する魔法を使うには常に魔力を払い続けなければならない。

 一日中魔法を発動していられるほどの魔力をもっている魔法使いはとても稀少である。そういう魔法使いは大抵国に召抱えられ、一定以上の地位と役職を与えられるほどだ。


「まあ、剣程度ではこの障壁を突破することは出来ないさ。だが一日中発動している関係上、これに注いでいる魔力はごく僅かでね。物理的な攻撃はドラゴンにでも踏まれない限り防げるが、魔法は良くて第二の魔法までしか防げない」

「確か座標を仮定して一定以上進入した攻撃の向きを反対にしているんでしたっけ?」


 アスカは仕事の合間を見てエトヴィンから、彼の使う魔法に使われている理論や考え方を教わっていた。基本的な四則演算から、原子論や情報理論まで様々な知識を与えられている。その殆どは彼が整然読んでいた専門書の受け売りではあるのだが。


「よく覚えていたな。大体その通りだ。少しずつ理解してきたじゃないか」

「いえ、私など無知蒙昧と言われても仕方ありません。教われば教わるほど、ご主人様がどれほどの英知をお持ちなのか想像もつかなくなってきます」


 アスカは自身の無知を恥じたのか俯いた。だが、多くの知識を与えられ必死に学んでいる彼女は、方向性は違えどこの世界の著名な知識人にも匹敵する知識を持っていると言っても過言ではないだろう。


「それでいい。少しずつではあるが君は確実に成長している。何も恥じることはない」

「ありがとうございます」


 そこで話は終わりといった様子で、エトヴィンは再び訓練の観察に戻った。

 しばらくして午前の訓練が終わると、新米の兵士達は地面にへたり込み、熟練の兵士達はいくつかのグループで固まり雑談に興じ始めた。

 エトヴィンはその中心で仁王立ちしている部隊長に近づいて行く。


「これはエトヴィン様。どうなされましたか?」

「ふむ、君はエグモントと言ったか。君に少しばかり魔法の実験に付き合って貰いたくてね。時間はそれほど取らせんよ」


 その尊大な物言いは貴族と言えど九歳児の言葉遣いではないが、彼のことをよく知っているエグモントは特に気にせず彼の用件を受け入れた。


「構いません。それで、私はどうすればよろしいですか?」

「こいつと戦ってほしい。『我が英知に従い土塊を以て人型を形成し、その器に相応しき意思を与えよ』」


 エトヴィンの魔法により、彼の足元の地面が粘土のように盛り上がっていきそれが人型を形成していく。

 それだけみれば、彼が始めてゴーレム魔法を使った時と大差ない。だが、決定的に違う点が一つある。それは外部からは見えない、ゴーレムの中の構造だった。

 前世の人形の知識と、今世の解剖実験の知識を持つ彼はその知識を組み合わせ、ゴーレムが動くのに最適な構造を研究した。彼の目の前にいるゴーレムはその技術の結晶であり、その内部はドールとも人間とも違う骨格が埋め込まれている。

 剣と盾を装備したそのゴーレムは、右手の剣をまるで人間のように滑らかな動きでエグモントの眼前に突きつけた。


「ゴーレムと言えどそれは私の研究成果だ。舐めてかかると痛い目を見るぞ?」

「……確かに、その様です」


 その余りに人間染みた行動と動きの滑らかさに、エグモントは自然と表情を強張らせ緊張していた。

 これはあの『魔神』エトヴィンの研究成果である――それを聞いてエグモントは微塵も油断するつもりはなかった。

 その後、何事かと集まってきた兵士達が観戦客となり、彼らが円形に広がったことによりその中心に簡易的なフィールドが出来る。

 その中心にはゴーレムとエグモント、そして審判のような立ち位置にエトヴィンがいる。普段は彼のそばに控えているアスカは、何かあったときに自身を護る手立てがないため集まった兵士の外側で台に乗りフィールドを覗いていた。


「さて、いつ始めても構わん。エグモントの攻撃が開始の合図だ」


 その言葉に、周りで各々話していた兵士達は一斉に静まり返った。

 エグモントとゴーレムは剣と盾を構え互いに一歩も動かず、ただならぬ緊張感が場を支配する。胃を締め付けるかのような緊張感のなか、ゴーレムを射抜くように睨み付けるその瞳が、彼が本気であることを表していた。

 普通の模擬戦であれば、彼は本気を出せない。刃を潰してあるとはいえ、隊長格の彼が本気で人間を切りつければどうなるか分からない。打ち所が悪ければ容易く死んでしまうこともあるだろう。しかし、ゴーレム相手ならばそんな心配は無用である。

 野外にもかかわらず風はなく、誰かの固唾を呑む音が聞こえてきそうなほど静まり返っている。唯一聞こえるのは、遠くに聞こえる城下町の喧騒だけだ。

 始めに動き出したのは当然エグモントだった。彼はゴーレムとの間を一気に詰めると、その胴目掛けて剣を振るった。ゴーレムはそれを予見していたかのように盾で受け流すと、がら空きになった胴めがけて剣を振るう。


(この動きはッ!?)


 エグモントも負けじとそれを受け流し、彼はそのまま下がりゴーレムと距離をとろうとした。ヘルムに隠れて他人には見えないが、彼は隠し切れない動揺が内心を渦巻いていた。

 ゴーレムの剣筋は、彼が今まで部下に教えてきたものそのものだったのだ。

 彼は動揺を隠せず一旦距離を取ろうと下がったが、ゴーレムは彼に息をつかせる暇を与えさせずすぐさま距離を詰めてきた。

 超近接戦による魔法を阻止する戦闘方法。これも、彼が部下に教えたものだった。


「クソッ!」


 悪態をつきながらも、エグモントはゴーレムの攻撃を流しつつ隙を見ては一撃を入れていく。だが、それはことごとく防がれてしまう。

 十数分間続いたその戦いは決して美しい演舞のようなものではなく、泥沼な戦闘だった。敵に張り付き、剣で攻撃し、盾で押し合い、盾で剣を押さえ、剣を盾で抑えられている状況では足で蹴飛ばし距離をとるが、距離を取ってもすぐさま接近される。

 その迫力は尋常ではなく、周囲の兵士達は一言も喋らず固唾を飲んで見守っていた。彼らは戦闘のエキスパートであるがゆえに、この戦闘の凄さを理解している。

 戦闘が始まってから十数分、超近距離にて全力で戦っているにもかかわらず、相手の攻撃を一度も正面から受けず正確に受け流し、一度のミスもしない。

 一体どれだけ神経をすり減らせばそんなことが可能なのか。兵士達は改めて自分達の隊長が尊敬に値する人物なのだと再確認した。

 だが、そんな激戦もエトヴィンのつぶやきと同時に終わりを迎える。


「そろそろか……。『人になきその力を開放せよ』」


 その瞬間、ゴーレムが右から振るった剣が左へと受け流された。歴戦のエグモントがその隙を見逃すはずもなく、がら空きになったわき腹へ向けて剣を振るおうとする。

 だがその剣が振るわれる前に、ゴーレムの上半身のみが一回転し再度右から高速で剣を振るった。エグモントは何とかその剣を盾で防ぐことに成功するが、彼の体は呆気なく弾き飛ばされる。


「そこまでッ!」


 彼が地面に倒れこんだのを確認してから、エトヴィンは終わりの合図を上げる。そしてエグモントの元まで近づくと、地面に倒れた彼に手を差し伸べる。


「いい戦いだった。部隊長の名は伊達ではないな」

「いやはや、お恥ずかしい」


 エグモントはゴーレムから差し伸べられた手を借りて立ち上がると、被っていたヘルムを取りばつの悪そうに頭を掻いた。


「まさかあんな手を隠していたとは。途中まであれがゴーレムだということを忘れていました」

「ふむ、そうか。ならば研究は成功だと言えるな。協力感謝する」

「いえ、感謝するのはこちらの方です。貴重な経験をさせていただきました。ただ――」


 エグモントは先ほどまで人間のように動き回っていた、直立不動で待機するゴーレムに目を向ける。


「絶対にアレと戦場で剣を交えたくはないですね」

「それほどか?」

「ええ」


 エグモントは最後の一撃を受けるとき、しっかりと盾で防ぐことが出来ていた。だが、人間にはありえない怪力で吹き飛ばされたのだ。


「では私はもう行くよ。『汝、元来の形を取り戻せ』。では、訓練に励んでくれ」


 エトヴィンはエグモントが怪我をしていると後の訓練に支障を来たすと思い、回復魔法をかけてから訓練場を立ち去って行った。不動だったゴーレムは彼に付き従うように斜め後ろを歩いていった。

 エトヴィンが立ち去ると、周りで見ていた兵士達がエグモントの周りに集まってきた。


「大丈夫ですか隊長? かなり吹き飛ばされてましたけど……」

「ああ、問題ない。それよりお前ら、早くしないと昼の休憩時間がなくなるぞッ! 今度は吹き飛ばされないように、たらふく食わなきゃな」


 エグモントはその場にいる兵達を連れ、兵舎に隣接する食堂へと歩いていく。

 その場に放置された盾は、中心が大きくゆがみ今にも突き破れそうになっていた。




 エトヴィンは昼食後、すぐさ自室に戻ってきていた。戦闘に使用したゴーレムは研究室に自分で戻らせ、後ほど戦闘後のデータを取る為に台に寝かせていた。


「さて、実験の第一段階は終了した。続いて第二段階に移行する」


 彼は大げさな動作でアスカの方へ振り返り、演技掛かった口調で独白した。


「ご主人様、いつもに増してご機嫌ですね」

「当然だ。これは私にとって大きな一歩だ。人と同じ動きが出来るようになったのなら、次は人形の素材集めだ」


 彼の目的はあくまで人形作りであり、即席のゴーレムを作ることではない。その為には、ゴーレムのような土くれではなく、人肌に近い素材や、骨や肉の役割を果たす素材も必要である。


「素材……ですか?」

「そうだ。出来るだけ強靭な素体を作りたい。しかし、それには誰かに依頼するか、自力でどうにかするしかない」

「それは……」

「分かっている。冒険者に依頼しようにも、九歳児の依頼などまともに取り合ってはもらえまい。そもそも自由に出来る金もない。そして、自力で集めるなども論外だ。あの人達が許すとは思えん」

「あの、私が冒険者に依頼を出せば良いのでは?」

「それもやめておいたほうがいいだろう。そもそも、ここ最近私を狙う手口が露骨になりつつある。君が狙われないとも限らない」

「ご主人様……」


 アスカは恍惚な表情でエトヴィンを見つめている。彼はそれに気づいていたが、特に触れずに話を続けた。


「まあ、ゴーレムを護衛につけるという手もあるにはあるが、アレは一対一でようやく護りきれる程度の力しか持ち合わせていないからな。実験の段階がもう少し進めばまた話は違うのだがな……」

「では、どうするのですか?」

「さて……どうするか」

「おや、珍しいですね。ご主人様が決めあぐねているなんて」

「私も人間だ。悩みもするさ。せめて私が成人していれば選択肢も広がるんだが……ああ、そうか」


 何かを思いついたのか、エトヴィンは一人で何度もうなずいた。


「何か名案でも?」

「いや、というより私の頭が固かっただけだ。最初から完成系で完成させようとするから悪いんだよ」

「というと?」


 アスカのその問いに、エトヴィンは子供らしからぬしたり顔で言い放った。


「バージョンアップだよ」

「バージョンアップ……ですか?」

「そうだ。最初は適当な素材でゴーレムを作っておき、いい素材が手に入ったらその都度その素材に変えればいい」

「なるほど……しかし、一度魔法を解除してしまうと、ゴーレムが保存していた記憶はリセットされてしまうのではないでしたか?」


 ゴーレムは記憶や経験を保持できる。これは歴代の著名な魔法使い達の研究からすでに知られていることである。しかし、経験や記憶が蓄積されようとも、動きが干満で複雑な思考が出来ないと考えられているゴーレムを実用的なものにしようという研究は行われていない。むしろ、現在の研究者たちの間では、ゴーレム魔法の研究はすでに終わっている分野であると認識されていた。

 事実、エトヴィンが参考にしていたゴーレム魔法が載っている書籍の殆どは、とても昔の偉人が著したものである。


「よく覚えてるな。その通りだ。だから何か核となるものを用意しそこにゴーレム化の魔法刻印を刻む。そうすることにより、核さえ同じならば体を別の素材にしても記憶や経験は保持される」


 要するに彼が言っているのは、人間で言うところの脳にあたる部分をゴーレムに搭載しようというのである。


「ご主人様魔法刻印まで極めていたのですか? 初耳です」

「いや、残念ながら私が使える魔法刻印は一般普及しているものだけだよ。オリジナルの刻印を刻めるほど習熟してはいない。だからしばらくは魔法刻印の研究だな」

「またクリスティーネ様の機嫌が悪くなりますね。最近はご機嫌だったのですが……」

「そこは上手くやるさ。研究そのものを禁止されてもたまらんからな」


 エトヴィンは肩を竦めると、そのまま研究室を出て行く。当然、アスカもその後に付き従った。


「ご主人様、この後のご予定は?」

「今後研究室に篭らなければならないからな。母上のご機嫌取りとゴーレムコアの入手だよ」

「……?」


 彼の言葉の意図するところが分からず、アスカは可愛らしく小首を傾げた。


「まあ、見ていれば分かる。黙って付いて来たまえ」


 彼はアスカを付き従え、自室を後にした。

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