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第一話 彼は人形愛好者

「エトヴィン様、そろそろお休みになられた方が」

「黙れ」


 エトヴィンと呼ばれた少年は、部屋の入り口で待機していたメイドの進言をばっさりと切り捨て、呼び止められたことにより中断した読書を再開した。

 その様子に、メイドはため息をつきたい気持ちを必死に押さえ、彼が就寝するまで待機するという一種の拷問にも近い職務を全うすることにした。

 エトヴィンは少年というには少々幼く、八歳の誕生日をつい先日迎えたばかりだった。だが、彼の読んでいる本は絵本のような幼児向けのものではなく、学者が好んで読んでいそうな辞書のように大判で仰々しい装丁が施されているものだった。

 彼は子供の体には不釣り合いなその本をベッドへと置き、うつ伏せに寝転がる形で食い入るように読みふけっている。その光景は、小さな彼の体とはあまりにも不釣り合いで、初めてその光景を目撃したものならば、言いしれぬ不気味さを抱いた事だろう。

 しかし、イェレミース公爵家の当主が住まうこの城では、その不気味な光景を指摘するものは一人もいない。それは彼、イェレミース公爵家の嫡男であるエトヴィン・ド・イェレミースが、アルドラ王国史上類を見ないほど才気溢れる麒麟児だということが、王国中に知れ渡っているからに他ならない。

 三歳という年齢で言葉と文字を修得し、五歳の頃には成人貴族程度の学力を得て、その上現在では教えられてもいない強力な魔法を既にいくつも修得している彼のことを知らない貴族は一人もいないだろう。

 当然、普通の子供がそのようなことを出来るはずがない。いくら成長が早いと言っても限度というものがある。その成長速度には、彼の誰にも言えぬ秘密が関わっていた。

 それは、彼には前世の記憶――斉藤裕樹としての記憶があるということだった。

 中世のヨーロッパ程度しか発達していないこの世界の文明とは比べものにならないほど発達した、日本での記憶が下地として存在するエトヴィンには、この世界の稚拙な学問を納めることは容易であった。

 そして、記憶が残っているということは、彼の狂おしいほどの人形愛も健在であるということ。彼はあらかた貴族の納めるべき学問を修得すると、人形に命を吹き込むべくその手段の模索を開始した。そして、発見したのが魔法である。

 通常、貴族の子供が魔法を覚え始めるのは、この国の慣習である十歳の誕生日に開かれる盛大なパーティが終わってからだ。そのため、彼の両親も魔法の存在を積極的に教える事はしなかった。

 だが彼は火をつける、水を出す、ものを形作るといった基礎的な魔法を自ら調べ、瞬く間に修得すると、今度は難易度の高いゴーレムについて研究を開始した。無機物に意志を宿らせることの出来るその魔法は、彼にとって理想のものであったからだ。

 寝る間も惜しんで資料を探し、研究に励み、その結果この城に住むメイドたちを困らせる事態になっている。


「あの……エトヴィン様? 睡眠不足ですと旦那様や奥様もご心配になられるので、そろそろお休みになってはいかがでしょうか?」


 控えていたメイドは考え抜いた結果、やはりこのまま起きていれば明日の仕事に支障をきたすと考え、再度睡眠を進言した。

 通常はメイドの雇い主であるエトヴィンの両親が既に就寝している以上、彼女達は眠ってしまっても失礼には当たらないのだが、彼女の役割がエトヴィンの専属メイドな以上、彼より早く眠る事は許されない。

 極めて高度に文明社会が発達していた日本とは違い、この世界では明かりというものが貴重なため就寝時間はとても早く、特に用事がないのなら暗くなったら寝てしまうのが一般的だが、前世の記憶が残っているエトヴィンは夜起きているのに慣れてしまっている。本来は大量の睡眠時間を確保しなければならない子供の体に彼は自身で魔法を掛け、無理矢理起きている状態だ。

 そんな世界で彼が夜遅くまで本を読めているのは、一重に魔法具のおかげだった。彼が枕元に置いているランプの形をした魔法具は、魔力と呼ばれるエネルギーを消費することで、電気スタンド並の強力な明かりを確保していた。


「それに寝不足ですと、エトヴィン様の研究にも差し障るかもしれません」


 エトヴィンはメイドの的確な指摘にうんざりしながら、ちょうど読み終えた本をゆっくりと閉じると、それを枕元に置いた。


「分かった。私はもう寝る。アスカも休んで構わない」


 アスカと呼ばれたメイドの女性は、その一言に思わず安堵の息を微かに漏らすが、エトヴィンがそれを指摘することはなかった。

 彼はランプの魔法具に触れ魔力を操作し明かりを消すと、そのままベッドへ潜り込んだ。

 エトヴィンはベッドに寝転がったまま視線を枕元の本へと移し、今日の乏しい成果について考える。


(これでこの城にあった魔法に関する書籍には全て目を通した。やはり、人形に命を吹き込むのにゴーレム魔法は必須か……)


 彼の両親が本に対してはほとんど興味がなく、典型的な王国貴族であり、本よりも調度品を優先するような人物のため、この城にある書籍の量は決して多くない。

 毎日数冊のペースで本を読み込んでいた彼は、この歳にして既にこの城にある魔法関係の書籍全てに目を通し終えてしまった。

 魔法関係の書物を全て読み切ったため、明日以降はその時間を全て魔法の練習に注ぐことが出来るとエトヴィンは確信していた。しかし、同時に懸念も残されている。それは、おそらくゴーレム魔法のみを鍛錬することは両親が認めないだろうということだ。

 この世界では、貴族の格は爵位で決まるが、優秀さは行使出来る魔法の威力で測られる。そして、優秀な血を残すことを大事に考える貴族が大半だ。エトヴィンの両親も例に漏れず、むしろ貴族の中でも「魔法の使えぬ平民ほど生物として劣等だ」という思考の過激派であった。

 そんな彼の両親が、威力のある攻撃性の魔法を練習せず、普通はあまり日の目を見ないゴーレム魔法ばかり彼が練習するのを許すはずはないのは明白だった。


(さて、どうしたものか)


 前世の彼の思考なら、周囲など気にせずゴーレム魔法の研究に没頭してもおかしくはないが、彼も一度死刑という裁きを経て、社会に逆らって無理矢理目的を遂げようとすることの不毛さを学習していた。

 それでも彼が反省したということはなく、殺人や前世の奇行に対して何も思うことはない。単に社会的に適当な範囲の手段で目標を目指すことを覚えただけである。

 現に彼は自分の両親を、自分を生んだ人間程度にしか認識していない。嫌ってはいないが、特別好いてもいない。その程度の認識だった。

 彼はそんな両親を黙らせるため、破壊力のある魔法を一定期間ごとに見せつつ、その合間にゴーレムの研究をする事に決め、そのまま心地よい眠りに落ちていった。




 翌朝、メイドのアスカに起こされ、エトヴィンは食堂へと向かう。そこで豚の様に肥えた父親と、病的に白い肌を持つ美しい母親と共に脂っこい朝食を済ますと、彼はアスカと共に中庭へと来ていた。魔法の練習をするためである。

 何でも一人でこなすことの出来るエトヴィンに対して、両親は放って置いても勝手に成長すると内心考えており、彼の両親は基本的に彼の行動を制限しない。というより、毎回のように天才としか言いようのない成果を上げて来るのだから文句の付けようもないのだが……。


「アスカ、兵士の人達が使っている的を借りてきてくれるか? 出来れば一番頑丈な奴を」

「かしこまりました」


 エトヴィンの指示に従い、アスカは一礼してこの場を後にする。

 中庭とはいえここは城であり、通常の屋敷の中庭とは比べものにならないほど広い。そして先ほどまで兵士たちが早朝の基礎訓練に使用していたほどだ。

 多少大きな威力の魔法を使っても問題にならないだろうと判断した彼は、これからどういった魔法を使おうか考える。

 この世界の魔法は、彼の前世で存在したゲームのように属性などで分類されていない。言葉に魔力を乗せ、世界の一部に命令することで通常は起こりえない現象を具現化するのがこの世界の魔法だ。

 世界に対する命令権。それこそが、貴族と平民の間の絶対に越えられない壁であり、圧倒的な権力の背景となっている。

 一部宗教では、神の力を借りて奇跡を起こすのが魔法だともしているが、幸いこの国ではそういった宗教は広まっていない。

 ただ、属性やタイプはなくとも、威力や難易度に基づくランク分けはされている。

 第一の魔法は、火を起こす事や、水を生成するなどの極めて単純な魔法である。これが第二の魔法になると、火を放つ魔法や、水を勢いよく放出する魔法が分類され、第三の魔法になると、小規模な爆発や、水を鞭の様にして操るなど、殺傷性の高いものか、極めて高度な魔法が分類される。

 難易度の低い順でランク分けされてはいるが、人には当然向き不向きがあり、火関係の魔法は第三の魔法まで使えるが、水関係は第一の魔法しか使えないといった人は多くいる。

 そのため、貴族社会では基本的に何か一つでもそのランクの魔法が使えれば、それだけの実力があると見なされる。

 エトヴィンはそんな事情も考慮し、これからどの魔法を披露しようか考える。

 彼は自身の魔力が同年代の子供よりも高いことが既に分かっていた。それは第一の魔法を初めて使ったときに確認済みである。

 通常八歳にも満たない子供が第一の魔法を使うと、十回も使えば魔力が枯渇する。しかし、当時の彼は優に三十回は行使出来ていた。

 彼はこの魔法練習で自身の魔力限界も把握しようと考えていたので、使用魔力が多くなるように出来るだけ複雑で派手な魔法を使うことに決めた。

 そこで丁度アスカが戻ってきた。彼女の後ろにはプレートアーマーの兵士が二人おり、実寸大の鎧を着込んだ案山子を担いでいる。

 兵士達はそのまま中庭の中央に鎧の案山子を設置し始めた。


「ただいま戻りました」

「ご苦労。ところで彼らは?」

「あの案山子はさすがに私では運べないので、手伝って頂きました」


 アスカの言葉にエトヴィンは視線を兵士たちに移すと、彼らはエトヴィン達の方を見つめていた。正確には、アスカのことを見つめていた。

 アスカは美人である。太陽に照らされ輝くような金髪に、日焼けを知らず、透き通るような白い肌。さらに、切れ目ではあるが極端に細いわけでもなく、それが彼女の凛々しい印象を後押ししている。

 齢十四歳とは思えぬその美貌に、普通の男性ならば鼻の下を伸ばしても仕方がない。

 そもそも、彼女は元々エトヴィンの父親、アルフレート・ユーレンゲルン・ド・イェレミースの雇ったメイドである。熟練のメイドならともかく、彼が醜く若いメイドなど雇うはずもないため、この城にいるメイド達は皆容姿の優れたものばかりである。

 連日訓練に励む男所帯の兵士達にはさぞ目に毒だろう。

「アスカ、手伝ってもらった礼に、彼らにここで見学する許可を与えると伝えてきてくれないか?」

「……かしこまりました」


 その命令の意図が掴めないのか、アスカは首を捻りながらもそのことを彼らに伝えに向かった。

 エトヴィンは時々、自分の作業に付き合わせるという名目で兵士やメイドに休憩を与えることがある。そうやって、少しずつこの城に仕えている者の心を掴んでいるのだ。

 エトヴィンの父であるアルフレートは、何か癇癪を起こす度に平民出の兵士やメイドに当たり散らすため、彼らからの忠誠心は他の温厚な貴族に比べてかなり低い。それでもこの城に彼らが文句も言わず仕えているのは、単にエトヴィンという将来性に富み、自分たちに対しても優しく接してくれる次期当主がいるからだ。

 エトヴィンが生まれその異常性を発揮するまでは、アルフレートの癇癪で止めるメイドも多かったと彼自身聞いていた。

 平民からの信頼がなくなり、もし反乱など起こされてしまえば、エトヴィンは貴族ではいられない。彼自身は貴族に対しての執着心はないが、それでも貴族でなければ入手の難しいものも多くある。彼が制覇したこの城に保管されている魔法関係の書籍もその一つだ。

 それらが意志を持つ人形を作る事へと繋がるのだったらと、エトヴィンはアルフレートの敵にならない範囲で、平民の味方をするように立ち回っていた。

 二人の兵士はエトヴィンに礼を言うと、そのままアスカと共に彼の後ろに控えた。


(さて、それでは始めようか)


 エトヴィンは右手を案山子へと翳し、魔法を唱える。


「『重力を以て我が敵を押しつぶせ』」


 魔力を込めたその言葉は、使用者のイメージに影響された形で現実となって作用する。

 短く鈍い地鳴りの様な音と共に、鉄の案山子を中心とした半径三メートルの地面が円形に押しつぶされた。その跡地から土煙が少し舞い、エトヴィン達からはその半円形にへこんだ場所の中心は見えないが、そこには叩き潰された案山子の残骸が埋まっている。

 後ろで控えているアスカと兵士二人は、その光景に声を上げる事すら出来ず、ただ息を飲むことしかできなかった。

 アスカはただ目の前の出来事に驚愕したに過ぎないが、兵士二人はそうではない。

 新人ならともかく、公爵家の城に仕える彼らは戦闘のエキスパートだ。彼らは魔法が使えない故に、魔法を使う相手に対しての訓練も多く積んでいる。そんな彼らですら、何の予備動作もなく、無条件に相手を押しつぶす魔法など寡聞にして聞いたことがないのだ。

 そして、彼らは戦闘のエキスパート故に、この魔法が実践においてどれほどの力を発揮するのか直感的に理解出来てしまう。

 この世界には、未だに重力という概念が知られていない。

 そして、いくら彼の詠唱を真似ようとも、重力という概念が理解出来ずイメージ出来なければ、この魔法を使うことは出来ない。

 彼は誰にも真似できない魔法を、僅か八歳にして開発したのだ。その偉業はこの場にいた二人の兵士の目にも明らかであった。さらに、彼が行使した呪文が最低でも第三の魔法、下手をすれば第四の魔法に相当する威力なのがそれに拍車を掛けている。

 だが、彼が目指しているものはこれではない。


「ふむ、こんなものか。では……『土塊を以て人型を形成し意思を与えよ』」


 エトヴィンが二つ目の呪文を唱えると、彼の魔法で出来たクレーターの手前――彼の目前の地面が盛り上がり始めた。

 その盛り上がりが成人男性ほどの大きさになると、それが土だとは思えないほど変幻自在に形を変えていった。そして出来上がったのは、人の形をした土塊のゴーレム。

 しかし、それは一般的な埴輪のようなゴーレムとは一線を画する精巧な形状をしていた。

 そのゴーレムは女性の体を模しており、髪の一本一本まで精巧に形作られている。全てが乾いた土の様に明るい土器色をしているため分かりづらいが、眼球や唇までしっかりと再現されており、さらには胸部から腰、臀部に至るまでの女性の曲線美も再現されている。そこには無機物とは思えない妖艶さすら感じられた。

 さすがに話すことは出来ないのか、そのゴーレムはその場に跪いて家臣のような礼をするのみであった。

 エトヴィンはその様子に興奮を隠せなかったが、内心は落胆もしていた。この魔法で人と見分けのつかぬほどのドールを作り出しても、話せないのではスムーズな意志疎通が出来ないからだ。

 ゴーレムの発声再現は今後の最大の課題になると考えながら、彼はもう一体同じゴーレムを作り出すと、そのゴーレム達に命令を下した。


「お前達に命ず。互いに動かなくなるまで戦え」


 その命に受け、二体のゴーレムは干満な動きで立ち上がると、お互いに殴り合い始めた。しかし、それは彼の期待していた戦闘とはかけ離れとても幼稚なものだった。

戦術も策略もない、ただ殴る蹴るをするだけの原始的な戦闘。

 彼はその戦闘をしばらく眺めると、見るに耐えないといった様子で首を横に振りながら先ほどより込める魔力を少なくした重力魔法で叩き潰し、文字通り土へと帰した。


「よし、今日のところはこの位にしておこう。考えたい事もあるしな。お前達も訓練に戻って構わ……どうした?」


 今日の実験は終了すると決めたエトヴィンが、付き合わせた兵士達へ声を掛けながら振り返ると、そこには呆然と佇む兵士二人と、力なくへたり込むアスカがいた。

 兵士達とは違い、エトヴィンの直ぐ後ろで控えていたアスカは、眼前で使われた重力魔法に恐怖し、腰を抜かしてしまっていたのだ。

 案山子のような的相手ならばともかく、意志を持って動く人型を模したものが眼前で潰される光景は、アスカに死という原初的な恐怖を与えるには十分であった。

 そこまで考え状況を把握したエトヴィンは、アスカのスカートの股下部分に出来ている染みからが出来ているのを見なかったことにしたのだった。

今日中にもう一話投稿します。恐らく一時間後。

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