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第十話 パーティ

「はぁ……なんだか面倒くさく思えてきたな」

「ご主人様、こんなところでそんなことを仰らないでください。どこに耳があるともわからないのですから」

「ハッハッハッ! まぁ気持ちはわかるが抑えろ、エヴィン」


 王城の一室にて、エトヴィンとアスカ、そしてアルフレートがソファに腰をかけ談笑していた。

 途中の道のりで何事もなく王都へたどり着いた彼らは別邸で数日を過ごした後、王城の一室にてこうして暇をもてあましながら呼ばれるのを待っていた。

 貴族の催すパーティには色々と作法がある。理解出来ないような作法や不要な作法も多いのだが、今回のパーティではそれが顕著だった。

 彼らが待っているのもその作法の一つ。パーティには主賓を除いて、基本的には階級の下の者から会場に入り、より上位の者を迎えなければならないというものだ。

 身内のパーティや、同じ派閥同士のパーティならば無礼講ということでそういった作法に気を使わなくても良い場合が殆どだが、今回はそういうわけには行かない。三番姫とはいえど王族のパーティである上に、王国中の大小様々な派閥の貴族たちが犇めき合うパーティである。

 皆少しの言動から足元をすくわれないように、細心の注意を払っていた。


「私の始めてのパーティデビューが、こんなに礼儀作法に気を使わなければならないものとは……もう領地に篭って魔法の研究だけしていたいですねぇ」

「まぁエヴィンなら何度も社交界に出て色々な派閥と繋がりを築かなくとも、向こうから自然に擦り寄ってくるだろうからそれも可能だろうが、パーティだけじゃなく社交界にも何度か出て経験だけ積んでおけ。礼儀作法がわからぬ者だと嘲られるのも不快だろう」


 そんなありえそうな未来を想像し、エトヴィンは少しげんなりとした。


「確かにそうですね」


 話に一区切り付いた為、彼が紅茶の注がれたカップを口元へ運ぶと、部屋の扉がノックされた。

 アルフレートが入室を許可すると、一人のメイドが入ってきた。


「イェレミース家の皆様、お待たせして大変申し訳ございません。会場の準備が整いましたので、お迎えに上がりました」

「わかった。では行くか」


 アルフレートは息子とそのお付きのメイドを連れて、案内に来たメイドの後を付いていく。

 連れて行かれた会場の扉を開けると、そこには既に多くの貴族たちが集まり、各々歓談をしていた。


「さて、エヴィンよ。私は少し挨拶をしてくるから、あそこの子供達と話してきなさい」


 そういって彼が指差したところには、エトヴィンよりも一回り大きい一人の少年と二人の少女が集まっていた。子供の集団は他にもあるが、その人数は他の集団よりも極端に少ない。

 恐らくあれが王家の派閥なのだろうと当たりをつけたエトヴィンは、父の言葉に快諾しその集団へと足を向けた。その話を聞いていたアスカは、主の邪魔にならぬように壁際へと移動し待機する。周りを見れば、同じように他の貴族のメイド達も待機していた。

 エトヴィンは三人の子供達へ近づくと、直ぐに自己紹介をした。


「始めまして。私はエトヴィン・ド・イェレミース。気軽にエトヴィンと呼んでください」


 近づいてきた子供がイェレミース公爵家の嫡男だとわかると、その場にいた二人は目を丸くした。そして、緊張したように体を硬くしたのに対し、もう一人の少女だけは平然とした様子で挨拶を返した。


「貴方がかの有名な『魔神』ですか。私はコルネリア・ド・バルテン、父は伯爵を賜っています。お会いできて光栄です」


 その少女はその身を包む煌びやかなドレスの裾をそっとつまむと優雅に一礼して見せた。

貴族の令嬢ということでその顔立ちは幼さがあるものの整っており、栗色の髪も珍しくもないありふれた色だがどこか気品を感じさせる。

 その風体は未熟な淑女見習いといったものであり、言葉遣いそのものも淑女そのものではあるが、喋り方は背丈に合い拙いものだった。

 その様子は、大人が見れば背伸びをしているお嬢様といった感じだろう。当然、エトヴィンもそのような感想を内心抱いていた。


「どの様に有名かはわかりませんが、そのように呼ばれているようですね。私としてはその呼ばれ方は遠慮したいのですが……」

「ご謙遜を。私も最近魔法を習い始めましたが、第一の魔法が精々です」

「第一の魔法が使えるなら、それより先は魔力量が足りているのなら難しくはないですよ。少々コツがいりますが……」

「そうなのですか……そのコツというのは教えていただけるものなのでしょうか?」


 目を輝かせるコルネリアを見て、エトヴィンは少しの間思考を巡らせた。


「私個人としては構わないのですが……私の一存では決めかねますね。その話はまたの機会にして、今はそちらのお二人は紹介していただけませんか?」

「そういえばそうでした。私ばかりが話してしまってすいません」


 コルネリアは自らの行いを恥じたように謝罪をすると脇へと避け、他の二人へと場所を譲った。それにより話し出す機会を失い戸惑っていた二人の少年少女は、一歩前へ出て自己紹介を始める。


「は、始めまして。ぼくはゲルラッハ伯爵の息子で、ユンゲル・ド・ゲルラッハといいます!」

「わたしはタイヒミュラー男爵の娘、エルゼ・ド・タイヒミュラーです!」


 先ほどのコルネリアとは打って変わり、彼らの自己紹介は歳相応に拙いものだった。それに対してエトヴィンも嫌な顔をせずに笑顔で応じる。


「はい、始めまして。ユンゲルさんとエルゼさんですね」

「私もいますよ?」

「わかっていますよ。コルネリアさん」


 自分の名前が呼ばれなかったことが不快だったのか、コルネリアは頬を膨らませていたが、エトヴィンに名前を呼ばれた途端に機嫌を良くしたのか笑みを浮かべる。

 そんな彼女の様子に苦笑したエトヴィンは、とりあえず話を繋ぐために適当に話を振ってみた。


「ところで、皆さんは親御さんの縁でお知り合いに?」


 何の益にもならない話は流石に退屈すぎるので、彼はまずこの集団について聞いてみることにした。


「はい……ぼくたちは王家と特に親しくしてもらっている家系なので」

「へぇ」


 最初に話し返してきたのは、驚くことにコルネリアではなくユンゲルだった。そのコルネリアはというと、親に紹介されたのは当然だと言わんばかり首を傾げており、派閥についてはあまりよくわかっていない様子である。


「じゃあ、ここにいるのは特別強力な王家派閥と考えて間違いないのですね」

「は、はい」

「それにしても少なすぎないか? もしかして、王家派閥って先行き不安なのですか?」


 エトヴィンの直球過ぎる物言いに困惑しながらも、ユンゲルは遠慮がちに頷いた。


「でも、それもきっと今日までだってお父様は言っていました。エトヴィンさんが王家の方との繋がりを強くすることで、派閥を乗り換える人も出てくるとか……」


 彼の話を聞きながら、エトヴィンはさりげなく周囲を見渡してみる。すると、一回りや二回り大きい子供達だけではなく、正式に爵位を継承している大人達もこの集団の会話に気を配っているのが分かった。

 だが、爵位どころか社交界すら出たことのないエトヴィンが迂闊なことをいうわけにはいかない。彼は謙遜しつつ無難に話を進めることにした。


「そんなに注目されても困るのですがね。十で神童、十五で才子、しかしながら二十過ぎればただの人と言います」

「あはは、エトヴィンさんがただの人なら、他の人たちはどうなるのですか」


 乾いた笑いをするユンゲルに対し謙遜するエトヴィン。二人だけで談笑し始めると愚痴を言い始めたコルネリア。そんな彼女を控えめに宥め始めるエルゼと、四人は少しの間歓談に耽っていた。


「さて、主賓のお姫様がご登場する頃だと思うから、私はそろそろ父上の下へと戻るとします」


 三人へ一度別れを言うと、エトヴィンはそのままアルフレートの下へと向う。彼の挨拶は一通り済んだようで、一人でワインに舌鼓を打っている最中だった。


「父上、そろそろ主賓がいらっしゃる頃では?」

「いや、先ほど会場入りされたよ」

「特にラッパを鳴らしたりはしないのですね」

「まぁ、王家の方とはいえ所詮誕生記念のパーティだからな。特にそう言ったことはない。ほら、あの方だ」


 エトヴィンはアルフレートが目線で示した先を素直に追ってしまった。その姿を目にした瞬間、彼は目を見開き固まった。

 そこには人形が佇んでいた。

 まず最も目を引くのはその白銀の髪だろう。この世界でもめったに見られぬ白――それも全く他の色が混じって折らず、かつらだとしてもこれほど綺麗な色はあるか疑わしいほどの白銀の髪。

 次に目を引くのはその瞳。ガラスのような黄金と空色の瞳は、室内の光を反射し輝きを持っているが、しかしそこには生物らしい色が全く見えなかった。

 そしてそれらの人工物めいた美しさを、万人に人形のようだと言わしめるまでに引き上げているには、その肌の質感だ。

 この世界の女性の肌は、お世辞にも美しいとは言えない。当然綺麗は綺麗なのだが、それでも地球の科学力を尽くして保護されている肌には遠く及ばない。しかし、彼女の肌は地球基準の美しい肌を凌駕していた。当然、エトヴィンの基準で、ではあるが。

 肌が美しいというより、そもそも人の肌の質感ではないのだ。最も似ているものはシリコンだろうか。痣や日焼け一つないその肌は紛れもなく人の肌のはずなのに、エトヴィンにはシリコンか何かにしか思えなかった。


「――エヴィンッ!」

「ッ……どうしましたか父上?」

「どうしましたかではない。先ほどから呆けていたが……まさかあの姫に見蕩れていたのではあるまい?」

「控えめに言って、見蕩れておりました」


 アルフレートは未だ心ここにあらずといった様子で呟くように答えるエトヴィンに驚きを隠せない。


「――なに?」

「父上、それよりご挨拶には行かなくて宜しいのですか?」

「う、うむ。そうだな」


 アルフレートは息子の狂言を空耳だと自身に言い聞かせ、息子を連れたって第三王女の元へと赴いた。




「ご機嫌麗しゅうお過ごしですか姫様?」


 クレメンティーネが会場に入り、ぼうっとしながら誰かに挨拶されるのを待っていると、最初に話しかけてきたのはイェレミース家の親子だった。


「お陰様で息災に過ごしていますよ。公爵様」


 彼女がアルフレートと会うのはこれが始めてではない。国王テオバルの腹心であるアルフレートは、定期的に王都まで赴いているからだ。


「それで、そちらの方がご子息ですか?」

「ええ、息子のエトヴィンと言います。自慢の息子ですよ」

「初めまして、姫様。エトヴィン・ド・イェレミースと申します」


 そう言ってうやうやしく礼をするエトヴィンを、クレメンティーネは観察するにじっと見つめる。


(確かに、十歳に満たない子供の反応ではありませんね。早熟というだけでは片づけられないくらいに。しかし、外見的に変わったところはない。いえ、むしろ可愛らしいくらいでしょうか)


 彼女自身が早熟だというのもあるだろうが、彼女のエトヴィンに対する第一印象はそれほど悪くはなかった。しかし、どうしてもあの悪魔的な噂が先に立ち、素直に見ることは出来ない。

 しばらくの間、エトヴィンとクレメンティーネは中身のない話をしていた。アルフレートはそれを見て二人にしても大丈夫だと判断する。


「さて、では私は陛下へご挨拶をしてこよう。話が盛り上がっているみたいだから、エヴィンはしばらく姫様と話しているといい」

「わかりました」


 二人は与太話と言ってもいいような中身のない話しかしていなかったのだが、アルフレートも当然それをわかった上で二人にしていた。まだ正式な婚約すらしていないが、それでも二人が結婚するのは、政治的に決まっているようなものだ。


「さて、どういたしましょうか姫様」

「……」


 クレメンティーネはエトヴィンの事が全く理解できずに困惑していた。どうにも、噂のような苛烈な人物像と眼前の彼が一致しないのだ。

 それどころか、彼は時折愛しいものを慈しむような目で見てくるのだ。今まで彼女の外見を気味悪そうな目で見るものはいても、そんな目で見る者は居なかった。

 そんな彼に、クレメンティーネは困惑するしかなかった。


「……姫様?」

「いえ、何でもありません。少し気疲れしてしまったようです」

「でしたら、少し夜風に当たりませんか? 実は私も初めてのパーティで少々疲れてしまっているのです」


 その言葉が嘘であることは、エトヴィンの様子を見れば一目瞭然だった。

 彼と離れ一人になりたい故に発した言葉だったが、それが聞き届けられないことがわかると、クレメンティーネは諦めて彼と一緒にテラスへと向う。


(いえ、これはむしろ好都合というもの。テラスで二人になれば、突っ込んだ話も出来るでしょう)


 テラスへと出たクレメンティーネは、言葉の聞こえそうな範囲に人がいないことを確認すると、早速エトヴィンへ問いただし始めた。


「どういうつもりですか?」

「えっと……どういうつもりとは?」


 クレメンティーネから突然問いつめられ、困惑した様子のエトヴィン。


「言葉通りの意味です。貴方はそうとう過激な人物だと聞いています。今回の婚約の話は、言い方は悪いですが王家の方から懇願したもの。貴方が畏まる必要など何処にもないと思いますが」

「その話は誰から聞いたのですか?」

「風の噂です」


 風の噂という言葉に、エトヴィンの笑みが若干ひきつった。


「『風』ね……そんな者もいるのですか。気づきませんでした。なかなかどうして、やはり一筋縄ではいきませんね」

「……なんのことです?」

「……姫様は『花』もご存じないですか?」

「だからなんの話をしているのですか!」

「いえ、知らなければいいのです。もしお知りになりたいのでしたら、国王陛下にお尋ねすれば宜しいかと。イェレミース家の城で最近『花』が咲き乱れていまして、少々鬱陶しく感じているのですよ」


 本当に何も知らないであろう姫の様子に、エトヴィンは肩をすくめた。


「ああ、そういえば私が過激だという話でしたか。まぁ目的の為ならば手段を選ばないという点については、確かに私は過激でしょう。私付きのメイドを守るためならば、私は盗賊程度皆殺しにします」

「……目的の為ならば、貴方は無垢な者でも殺すというのですか?」

「殺しますよ。私はそういう人間です」


 そう平然と言ってのけるエトヴィンの様子に、クレメンティーネは息を呑む。


「それが貴方の本性ですか」

「はい。貴女は将来私の妻になるであろう方です。特に隠し立てしようと思いません」

「では聞きます。貴女は目的の為ならば己の妻も殺すのですか?」

「殺すでしょうね」

「ッ!」


 将来妻になると自ら言った女に対し、目的の為ならば殺すと言い切る男。そんな男の妻にならねばならないクレメンティーネは、恐怖から体の奥から震えが起こる。


「ですが、貴女が妻なら別です」

「……どういうことですか?」

「貴女が私の妻ならば、貴女を守る事は私の目的の内に入ると言っているのです」


 先ほどとは違う手のひらを返すような話に、クレメンティーネは目を細める。しかし、そんな彼女の様子を気にせずにエトヴィンは続ける。


「貴女のような美しい女性が妻ならば、私には守らないという選択肢が存在しない。私はいかなる手段をもってしても、貴女を守ることでしょう」


 彼は満面の笑みでそう応えた。

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