三章
ぐるりと店内を見回してみる。昨日と変わったところが全然ない。
やっぱりそんなものかな…と思い、二人を案内しようとした瞬間、ふと、視線を感じた。
変に思ってきょろきょろしてみたが、私と妙さん、百華と莉愛の他に誰もいない。
おかしいなあ…
「何?何かおかしいの?」
鋭い莉愛の声。どうやら考えたことをそのまま口にしていたようだ。
「えー何かおかしいの?変なところなんてないよ。」
と、言いながら百華もきょろきょろしている。
こうなったら仕方ない。赤面しながら誰かの視線を感じたことを話した。
「考えすぎだよ。気にしなくていいって。」
気楽に言ってくれる百華に対し、莉愛がいきなりあっと声を上げた。
「ひょっとして、あれ?向こうに、いすに座っている人がいない?」
え、そうなの?あそこに?
よく見てみたら、確かに人がいる。周りの雑貨に溶け込んでいるけど、確かにいる。
妙さんによく似た髪型で、私たちと同じくらいの年齢じゃないかな。シンプルな白いブラウスに、プリーツの入ったミモレ丈の黒いスカートをはいている。
そこまで見て、妙な事に気が付いた。この人…動かないどころか、まばたきすら全然しない。
百華と莉愛も同じことに気が付いたのか、首をひねっている。
そこに、上から妙さんの声が降ってきた。
「あら、どうしたの?気に入りそうなものでも見つかった?」
声のした方を見ると、3段梯子に載って高いところの商品を並べなおしていた。
「あ、あそこに座っている人が全然動かなくて変だねって、なんだろうねって、話していたんです…」
困惑したままの表情で百華が答える。
「ん?ああ、あれね。人形よ。」
え?
妙さんは軽く言っているけど、人形になんて全然見えない。何でこんなところにあるんだろう?昨日見たときはなかったのに。
不思議に思っていると、妙さんが梯子から降りてきた。
「昨日ね、物置を整理したら大きな箱が出てきたの。
ダンボールじゃなくて、木でできている箱ね。開けてみたら、あの人形が入ってたわけ。
一緒に入ってたトリセツにはからくり人形って書いてあったから、ねじを巻けば動くんじゃない?
まあ、ねじまきが見つかってないからどうしようもないんだけど。せっかくだし、お店の中に飾ってみたの。」
そういうことね…
「あ、でも、そもそも何でこんな人形を持っているんですか?ふつう持ってないですよね?」
もっともな莉愛の疑問。すると、妙さんはちょっと自慢気な顔になった。
「私のおじいさんが作ったみたいなの。木箱に名前が書いてあったし、おじいさんは大工さんだったからね。手がすいた時に作っていたんじゃない?ここだって元々はおじいさんの作業小屋だったわけだし。」
え、ここって元作業小屋?改造してお店にした妙さんもすごいけど、人形を作ったおじいさんはもっとすごい。
「あれ、じゃあ大工のおじいさんは今どうしているんですか?」
作業小屋がなかったら仕事にならないじゃない。
「亡くなったわ。私が小学校に上がってすぐくらいに。優しい、いいおじいさんだったんだけどね…。」
ちょっと寂しそうに妙さんが言う。よけいなことを訊いちゃった気がして、うつむいた私に妙さんは、
「いいのよ。昔のことなんだから。…ほら、それよりも、ちゃんとお店の中まだ見てないでしょ。一回りしてくれば?」
「そうだね、そうしよう!」
「うん。いこう!」
妙さんの言ってくれた意見に乗って、三人で店内を一回りすることにした。
このリーフ柄のタオルがきれいとか、猫の定規がかわいいとか、このミニライトが面白いとか、和柄物が少ないとか…
きゃあきゃあ話しているうちに、あの人形のところまできた。
人形だとわかっていても、やっぱり怖い。
ちょっと触ってみると、硬い、木の感触がした。
「あのさ…考えたんだけど、聞いてくれる?」
莉愛がちょっと遠慮しながら訊いてきた。
「この人形を動かすねじまきを探してあげるのってどう?」
「えっ…勝手に探すのは、やめた方がいいよ。そういうのを、シチューの栗を拾うっていうんだよ。」
「それを言うなら火中でしょ。使い方までなんか違うよ?って、おもしろそうじゃん?やろうよ!ちゃんと許可を取ってすればいいんでしょ?」
慣れないことわざまで使って止めようとしたけど、強気な二人に負けて、妙さんのところに相談しに行った。
ねじまきを探したいことを莉愛が妙さんにいうと、意外に喜んでくれた。
「いいアイディアじゃない。みんなで探せば見つかるかもしれないわね。―で、どこから探すの?」