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一章

 あのお店を知ったのは、地域情報誌「NANO 七月号」の「意外と知らない隠れ雑貨屋さん」の特集だった。ページの端の方にちょこんと掲載されていた。


 そして、実際にあのお店を見たのは、翌月の蒸し暑い日の午後だった。偶然、本当に偶然だった。

 ちょうど、小学校の夏休みのプールの後。なんとなく、いつもと違う道を通って帰りたくなって、遠回りをしてしまった。


住宅街の中、大きな木々に囲まれてそのお店は建っていた。民家をちょっと改造したような、素朴な感じのするお店だ。


「土星のわっか」

と、花の模様をあしらった小さな看板に書いてある。


木製の、茶色いドアを押す。カランカランと軽いベルの音が響く。

周りに木があるからか、クーラーが効いているのか、中は涼しかった。


中に足を踏み入れた瞬間、


「いらっしゃいませ!」


と、突然、元気な声が物陰から響いてきたので、びっくりして後ずさりしてしまった。心臓がバクバクしている。


アクセサリーの棚の向こうからひょっこり顔を出したのは、二十歳くらいの女の人だった。

くりっとした大きな目に、肩までのこげ茶色のストレートの髪。身長は百六十を超えていると思う。「きれい」というより、「かわいい」がぴったりくる。


冷静に観察しているように見えるかもしれないが、私の顔は驚いて引きつった顔のまま固まっている。


そんな私の表情が見えたのだろう、その人は早口で弁解し始めた。



「いや、あの、そのっ!別に驚かそうって思っていたわけじゃないの。あんまりお客さんが来ないものだから、うれしくってつい、大きな声出しちゃったの。

「NANO」に掲載されたって言っても、地域情報誌だし、枠も小さいし。あんなサイズじゃあ、気づいてくれる人なんて、ほとんどいないよね。

もっと大きく載せてもらえるように交渉しておけばよかったかもしれない。

そうしたらさ、もっとお客さんが来てくれたかもしれないよね。うん、きっとそう!

まあ、でも、ともかく、あなたが来てくれて本当によかった。

さっきはごめんなさいね、いきなり大きな声出しちゃって…全く私ったら…」



呆然と聞いているうちに、なんだか、おかしくなってきた。見ず知らずの人に、こんなにペラペラしゃべっちゃうなんて、本当に不思議な人。笑っちゃだめだと思って、

一生懸命に笑いをかみ殺す。でも、結局抑えられなくなってしまった。突然ケラケラと笑い出した私に驚いて、今度は女の人の方が固まっている。


「キャハハ…あんまりにもっ!お話がっ!キャハハハハ…面白くって!キャハハ…!」


もー、涙まで出てきちゃったじゃない!

目元にたまった涙をグイと指でこする。

一拍おいて、女の人も笑い始めた。


そのままその人とは、打ち解けてしまった。


これが、私、西東(さいとう)利穂(りほ)坂内(さかうち)(たえ)さんの衝撃的な出会いだった。


聞けば、二年くらい前にこのお店を始めたのだという。でも、なかなかお客さんが来なくて、いつ潰れてしまうかわからないそうだ。


「せーっかくNANOに載ったのにね。文章が悪かったのかなあ…」


と、妙さんはため息とともにつぶやいている。


そんな妙さんを横目で見つつ、アクセサリーの棚、ぬいぐるみの棚、実用小物の棚、小さい置物の棚、…と店内を物色する。こぢんまりとした小さな店内は、あまり時間をかけずに見回れた。

ふむ…ナチュラル系のものが多いね。比較的自分好みだと思う。それに、キャラクターものに頼らないところもいい。


小さな、リボンを付けたパンダの置物を手の中で転がしてみる。ふと、いいアイディアが思い浮かんだ。


「そうだ…妙さん。」


「何?」


さっきまでの愚痴が止まる。


「今度、私の友達もつれてきます。雑貨の好きな人なら何人か知っているので。」


「本当!?ありがとう!とっても助かるわ!よろしくね!」


満面の笑みで私の手を握ったまま振り回す。その手をやんわりほどきながら、「じゃあ、今日はこれで」と言って、名残惜しそうな妙さんを残し、その日は家に帰った。






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