【27】海デート#9 大人びた親友
あとちょっと!よろしくお願いいたします
鳥のさえずりが耳の手前で聞こえる。
「...っ」
重たく閉じていた瞼を開けて、遠い天井をまっすぐ見た。
布団の上、横には丸まった彼の姿があった。
「...ねぇ」
目の前のやるべき課題に取り組む。
「大丈夫なの?その...なに、これ...」
共有リビングに四人。
久弥さん、愛弘さんの女子チームと...
僕と、加月くんの男子チーム...。
「か、加月くん」
「...何」
愛弘さんと勉強していた久弥さんが言う。
「こ、茲...どうしたんだよ」
「なんでもないよ、気にしないで」
心配そうに見てくる愛弘さんに軽く微笑んで、また手元に視線を戻した。
彼との距離は端と端。
僕はベランダのテーブルに、彼はおじさまが貸してくれた書斎に。
「...。」
だめだ、気にするな。
あんな男、こっちからごめんだ。
手元の問題へ集中する。
「加月、茲...っどうしたんだよお前ら」
「なんかあったわねこれは...」
久弥さんの聞こえない耳打ちに、愛弘さんが小刻みに頷いたのが分かった。
きっと彼女らは、僕達のこの距離に、気づいたのかもしれない。
でも...僕は許す気は無い。
「茲くん」
向かいの椅子に座ったのは、久弥さんだった。
「どうしたの?」
「ここ、分からないんだけど教えてくれる?」
「え、あぁ、うん」
比較的分かりやすいように指で指しながら、教えていく。
途中ちらりと横へ視線を動かすと、彼の元には愛弘さんが居た。
「気になる?」
「え...」
口の端をきゅっと噤んで、キョトンとした表情の彼女は真っ直ぐな目をしている。
「何でそんなこと聞くの?」
それで続きは、と久弥さんの視線を誘導する。
「何かあったでしょ」
しかし、差し出した手は閉じられた教科書に挟まれてしまった。
「...。」
真っ直ぐな彼女の視線が、まるで僕の心を読み取るかのように透き通ってくる。
「なんでもないよ」
「いいよ隠さなくて。分かるもん、私」
垂れた髪を耳にかけて、彼女はまた視線を落とす。
「誰だって付き合いたてはそんなんだって」
「...なんの事」
すると彼女はふふっと笑って、またページをめくった。
***
その日、結局勉強だけして一日の幕が閉じた。
まあ元々、勉強会をするつもりで今日を迎えたわけだけど、なんか...もやもやする。
「帰って...来ない...。いや、もういいよそんなの」
彼の鞄だけ。
昨日の夜、僕と彼はあの窓際で抱き合った。
いやイチャついた、のほうが正しいか。
でもそんなの、どうだっていい。
「...っ」
脳内に、リピート再生される。
『責任、取ってくれる?』
彼の、1度しか触れたことのない、彼のモノ。
「責任って...」
僕がいつ、そんな素振りをした?
あのまま僕は、彼のそれを、しゃぶれば良かったのか?
「こうやっ...っ」
思わず伸ばした手を叩いた。
赤く染まって、血の気が強くなって、染みる。
ヒリヒリと、染みる。
「...茲?」
その時、ドアの向こうから声がして振り返った。
コンコン、とノック音も聞こえる。
「いるなら、ちょっと出てきて」
優しいトーンの彼女の声。
ドアをそっと開けると、そこにはパジャマ姿の蘭が立っていた。
「今、時間ある?」
「...うん」
こんな時間になんの用事だろう。
僕はそのまま、蘭の後ろをついて行った。
***
「ココアでいいかしら」
「ありがとう」
上品な女性らしさの溢れる部屋は、蘭香の好きなもので埋め尽くされていた。
初めて入る、彼女の部屋。
薄ピンクの壁紙に、緩く照らされた丸いシャンデリア。
「意外でしょ。でもここだけは許してくれるの」
「そっか...」
彼女は昔、アニメが大好きだった。
家にあがらせてもらって、家族がいない間はテレビにDVDを読み込んで、画面に移ったヒーローたちを前に、よく2人で踊ったものだ。
すっかり変わってしまった彼女だけれど、唯一ここは彼女のフリースペースなのかもしれない。
「この別荘ね、毎年おじい様と2人でくるから本当はとても退屈だったの。でも、みんなが来てくれた。茲のおかげよ、ありがとう」
「え...、いや僕は別に何もしてないよ」
置かれたココアに口を付ける。
「美味しいね、これ」
「でしょ?ふふ、私これが1番好き。」
両手で律儀にココアを包んで飲んでいる。
夏場だというのに、ココアを出してくる彼女が何だか可愛く思えた。
「...お風呂」
「えっ」
突然の言葉に手元が狂いそうになる。
「大浴場、入ってくれた?」
カチャ、とカップを置いたところで蘭が言った。
「うん、昨日入ったけど...あ、すごく広くてびっくりしたよ」
タジタジと少し強張る声が出る。
その僕の様子に、蘭が少し間を置いてから口を開いた。
「久弥から聞いた」
「えっ?」
傍らに置かれたテディベアを抱いて、彼女は続ける。
「今日、お勉強会の時、なんかあったんでしょ?」
「...別に。」
「やっぱり」
すると彼女はそっと手を肩に置いて、真っ直ぐ目を見た。
「一昨日の晩でしょ、本当は」
「えっ...」
次第にその目線はまたココアに移り、彼女はそのカップに手を添えた。
「実はね、あたし見たの。茲が男湯の入口から走って出ていく姿を。」
「...っ」
「まだシャンプーが付いたままだったから、なんか変だなとは思ってたのよ。でも...」
「...でも?」
「泣いてたから。なんかあったんでしょ、彼と」
カチャ、とまた持ち上げてココアを口にする。
彼女は気づいていた。あの状況に気づいていた。
「...蘭、心配させてごめん。でも大丈夫だから」
「大丈夫、ふふ。嘘つくの下手ね、相変わらず」
その大人びた雰囲気に顔を上げる。
蘭は僕が思ってる以上に、ずっと大人だ。
「私は味方だよ?だからそんな顔、しないで」
そっとまた優しい手が目元に触れた。
濡れた指をそのままに、彼女は肩を貸してくれる。
「親友じゃん。頼ってよっ」
「...蘭」
夏なのに暖かいと感じてしまうのは、何故だろう。
つづく
最後までお読みいただきありがとうございます!
次話もぜひ!




