表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

Episode 5 私の友人×私の敵






レンゲ……。


たしかにそう聞こえた。

私は、その手に置いてあった剣を握り、乃羽が扉を開けようとする前に駆けだす。奴は倒さなくてはいけない。そうしなければ、この世界も、私がいた世界のように荒廃し破滅に向かう。それは絶対に避けなくてはいけない。この世界のため……、そして、乃羽のためにも。


「どけ、乃羽」

「ノヴァ!?おい、そんな物騒なものを持ってなにしているんだ!?お前がいることがばれちゃうだろ!!」


 乃羽は声を抑えながら私にと告げる。私は、握った剣を持ちながら、扉の前でそれを力を込めて突き立てた。扉ごとつき破るつもりだったが、この世界の扉は頑丈だったようで、穴を空けることしかできなかった。乃羽は、私を制止するために伸ばした腕が、私の胸元にと触れている。


「ノヴァっ!!!」


 乃羽の声が聞こえたが、私は止まらなかった。大きく息を吐きながら、剣を引き抜く。その鉄の扉にはまっすぐ剣が突き刺さったあとが残されている。私は、乃羽の腕を振り払い、扉を開けようとした。そんな私に、乃羽が背中を強くつかむ。


「おい!!ノヴァ!?お前なんてことするんだ!!?レンゲにもしものことがあったら……」


 乃羽は、慌てて私から離れて扉を開けた。

 開かれた扉の先、光が、部屋にと差し込まれる中、逆光になりながら、影が立っていた。私は剣を握りながら、その影を見る。



「……随分な挨拶だね?乃……羽?あれ?乃羽が2人?」



 私の前に現れた女。

 それは間違いなく、あの魔女の顔。

 妖艶な美貌を武器にして世界を荒廃させた悪魔、レンゲ・シュタイン。

彼女が今、私の眼の前にと現れた。





リアル・ファンタジー


Episode 5 私の友人×私の敵





Side 綾菜乃羽


 ノヴァの表情がいつもと違っていたのは言うまでもない。目を細め、殺気立つ雰囲気を隠そうともせずに、彼女は、切り裂かれた扉の前、蓮華と対峙していた。彼女は、片手で握っていた剣を握りしめ、その剣を大きく、振り上げる。蓮華は、目を丸くしながら突然のことに、判断が出来ず、身動きが取れないでいる。私は、ノヴァを背後から強く抱きしめる。ノヴァは明らかにおかしくなっていた。正常じゃない……。私は、ノヴァを力いっぱい抑えつける。


「やめろ!ノヴァ!!」


 ノヴァは、私の言葉など聞こえないかのように、剣を蓮華に目掛け振り下ろそうとする。


「どけ、乃羽!こいつは……こいつは、私達すべての仇だ!」

「の、乃羽、一体……どうなってるの?」


 小さな声で、震えながら蓮華は告げる。私は、ノヴァの両腕を抑えつけながら、ノヴァの動きを封じようとする。同じ力である保証はない。少なくとも、こいつは私よりも戦闘経験がある。でも、だからといって、ここで蓮華に危害を与える訳にはいかない。それは、蓮華も、ノヴァも……。この場にいる誰もを傷つける訳にはいかなかったからだ。


「くそっ……逃げろ!蓮華!」


 私の叫び声に、蓮華は、何度もうなずきながら廊下を慌てて走っていく。蓮華の背中を見ながら、ノヴァは悲鳴のような声をあげて、私を引きはがさんとばかりに身体を揺する。私は、必死になってノヴァにしがみつき、離されないようにすることが精いっぱいだった。私は、何度も何度もノヴァの名前を呼んだ。戻ってこい……そう思って。さっきまでのお前に戻ってほしいと、強く願って。



「……」



蓮華の姿が見えなくなり数分。

あれだけ暴れていたノヴァの動きは収まり、そのまま膝をつき、その場に崩れ落ちる。私は、ノヴァの背中を抱きしめたまま、同じように膝を床につけた。ノヴァの肩に、顔を乗せて大きく息を吐いた。


「少しは落ち着いたか?」


 床の冷たい感触を感じながら、私は、乃羽を抱いたまま、小さく彼女にと告げる。ノヴァは、しっかりと抱きしめる、私の腕を両手で握った。ノヴァの身体は……震えていた。ノヴァが、こんなに怯えている姿を私は初めて見た。ノヴァは、肩に乗せた私の顔に自分の顔を寄せる。重なり合う私達。


「……暫く、こうしていてくれ。今は、まだ自分を抑えられる自信がない」

「わかった。大丈夫になったら言ってくれ」

「……聞かないのか?私がどうして、あんな風になったのか」


 ノヴァの問いかけに、私は、ノヴァを包み込んだまま、少しの間を開けて口を開く。


「わざわざ、言いたくないことを言わせるつもりはない」

「……。なあ。乃羽、彼女は……お前のなんだ?」

「私にとっては、唯一の友人……とよべるものかもしれないな」

「友人はいないんじゃなかったのか?」

「だから、呼べるものかもしれないといっているだろう?」

「そうか……すまなかった」


 ノヴァは自分が切り捨てようとしたことに対して謝る。私は、ノヴァが元に戻っていたことに対して安堵する。しかし、彼女の並々ならぬ、蓮華に対しての憎悪が感じ取られた。ノヴァと蓮華は会わしてはいけない。そして、蓮華にしっかりと状況を伝えておかなければいけないだろう。


「乃羽……もう、大丈夫だ」


 ノヴァの言葉に、私は、ゆっくりと彼女を離す。床に倒れてしまっていたので、汚れが付いただろう。私は、ノヴァから体を離して立ち上がると、彼女の手を掴み、起き上がるのを手伝ってやる。ノヴァは、足に力が入っていなかったのか……そのまま私の胸に包み込まれるように立ち上がる。私の胸元に顔を埋めるノヴァ。私はどうしていいのかわからずに、ノヴァを見る。


「柔らかい」

「……ノヴァ」


 ノヴァの言葉に、私はふざけたことをいうノヴァに対して拳を握る。

 私の言葉に、ノヴァはゆっくりと顔を上げて私を見つめた。

彼女は、小さく口をあける。


「……暫く、一人になりたい」


 ノヴァはそういって部屋から出ていこうとする。

そんなノヴァの手をつかむ私。


「私が出ていく。お前は部屋にいろ」

「そんなわけにはいかない!私は」

「いいから……。どっちにしろ、買い物もするつもりだった。部屋の掃除でもして、留守番してろ」


 私はそういって、ノヴァを部屋にと留守番させて穴があいた扉を開ける。振り返った私を心配そうに見つめるノヴァ。


「私が帰ってくるまでしっかりと留守番してろよ?」

「……ああ。今日はなんの飯だ?」

「おたのしみだ」


 私は笑みを浮かべ、ノヴァに告げると扉をしめた。

 そして、私は小さく息を吐く。

彼女を部屋にいさせた理由。それは、彼女が出て行ってしまえば、もう戻ってこない……そんな気がしたからだ。自分に迷惑をかけた、それを理由にして、私から距離を取ろうと、そんなバカなことを考えていそうだったから。いや……もし、私がノヴァと同じ立場だったら、考えてしまうだろう。同じ私同士だからわかることだ。私は、閉まった扉にと振り返りながら、口をあける。


「……一人になんかさせるか」


 私は小さくつぶやく。

 そして、私は、廊下を歩きながら、携帯を取り出す。少ない携帯のアドレスから、私は蓮華の名前を見つけ出す。


「蓮華、私だ」

『乃羽から電話なんて珍しいね?』

「……さっきはすまない」

『ううん、こっちこそ……良く事情がつかめなくて、嫌なことでもしちゃったかな?』


 いつも明るい蓮華の声が少し今日はトーンダウンしている。あんなことがあったのだ。当たり前だろう。私が二人いて、そして剣を振い殺されかけたのだ。


「大丈夫だ。いろいろあって混乱してしまって。事情を話したいんだが、もう少し待ってほしい。まだ色々と整理しないと行けなくて」

『そっか……わかったよ。私からも……伝えたいことがあって』

「ん?なにかあったのか?」

『乃羽が休みの間にいろいろとあってね。男子が、今日の朝、駐車場の下で全身をバラバラにされて死んでたの』


 その蓮華の言葉に、乃羽は、背筋に冷たい汗が流れた。

私は、蓮華の言葉を待つ。


『それが、うちのクラスの男子だったんだ……何か知っているかと思って』


 蓮華は、ノヴァを見ている。

 疑いか…当然と言えば当然のことだ。切り裂き魔はさっきみたばかりだろうから。私は、携帯を握りながら、少しの間をあける。


『ごめん、変なこと聞いて……気にしないで』

「……お前らしくないな。話すよ、全部。お前がいつもと違って人に気を使っているのはどうにも気持ちが悪いからな」


 蓮華のしおらしい言葉を聞きながら、私は大きくため息をつき答える。本当のことを話すのは、ノヴァにとっては都合が悪いだろう。でも、このまま、ノヴァを殺人鬼呼ばわりされるのは、私は許せなかった。だから、蓮華になら……信用できる。これでも、私にとって彼女は唯一、私に接してくれた奴だ。こんな風に心配されて、黙っている訳にもいかない。


「待ち合わせをしよう」


 私は蓮華に電話口にそう告げた。





Side ノヴァ・インフィニティ




 乃羽のベッドに横になりながら、私は蓮華の姿を思い出していた。あの容姿・風貌は間違いなく、レンゲそのものだ。自分と、乃羽が同じ存在というのならば、きっとあの蓮華も、レンゲと同じ存在であるに違いないだろう。奴は、私の世界を破滅にと追いやった悪魔。だからこそ、奴は打ち倒さなくてはいけない。そして、そのために、この世界にと私はやってきた。


だが、その悪魔が、もう一人の私と友人。


 フ……運命の悪戯にしても笑えない。できれば、奴を切り裂きたい、バラバラにして灰も残さず燃やし尽くす。それぐらいでなければ、済まされない。奴はそれだけのことを私の世界でやってきた。だが、それをしたとき、あいつは……乃羽は、どういう顔をするだろうか。きっと、悲しむだろう。きっと怒るだろう。きっと……私のことを嫌いになるだろう。


乃羽に……

嫌われたく……ない。


「!」


バカな……私は常に孤独だ。常に一人だ。

今更、誰に嫌われてもそんなことは関係ない。

だれかを大切に思うことは、自分の弱みにつながる。魔女につけこまれ、最終的には負ける。だから、私は一人でいるようにしたのだ。今までも、これからも……。嫌われようが関係ない。私は……。


『ノヴァは、私と一緒にいたくないのか』

『私も……いたい』


 この間、告げた互いの言葉が脳裏に浮かぶ。胸が締め付けられるような痛みが走り、私は思わず胸を抑える。心臓が痛いほど高鳴っている。脳裏によみがえるのは、乃羽の姿。鏡に映ったお互いを見つめる私達。一緒に眠ったベッド。乃羽の寝顔……。一緒になってアイスを舐めあったりもした。乃羽の顔ばかり、私の心に浮かんでくる。そうするたびに、私の胸は痛くなってしまう。


乃羽……。


「……バカな。あってまだそこまで期間が長いわけではないというのに」


 私は、乃羽のことを強く思ってしまっている自分に、思わず言葉を口に出した。自分は、何を考えているんだ。乃羽と一緒にいるのなんて、まだ一週間もたっていない。なのに……、たったこれだけの期間で。戦士として育てられてきて、生きてきた自分が動揺し、自分の感情を整理できない。乃羽と一緒にいると私は……いつもの私ではいられなくなってしまう。私は目を開けて、天井を眺める。腕をおでこに当てて、私は、自分の気持ちを落ち着かせようとする。


「やはり、距離をとったほうがいいのか……これ以上、一緒にいれば、乃羽にも迷惑がかかる」


『留守番してろ!』


 乃羽の言葉が再度、頭に響く。

 私は、乃羽がよく自分のことをわかっていることを知る。乃羽は優しい、優しく、私のことを分かってくれる。それもそうだ。アイツはもう一人の私なのだから。そんなもう一人の私だからこそ、私は自分の気持ちをここまでストレートにだせるのだろう。そして、それが結果的に、乃羽に対して、私は気持ちを依存させた。乃羽と一緒にいることで、私は……乃羽と一緒にいたいと思ってしまっているんだ。このまま……このままじゃ、私は。


「乃羽……、私たちは本当に一緒にいていいのか」


 目の前にある道は過酷であり、そして、それは確実に私たちを傷つける茨の道。そんな道を私たちは、弱みにつけこむ魔女を前にして戦っていけるのか。以前のように、乃羽を人質にされたら、そしてもし、私が人質になったとして。魔女に脅されたら、あいつは、私は……戦えるのだろうか。


「……私は」


 顔を横に向けると等身大の鏡がそこにはあった。

 昨日、一緒に並んだ私たちの姿が、浮かび上がる。

 そこに映る私たちの姿は、今まで見たことがないほど、楽しそうな姿だ。私は、そんな昨日の自分たちを見つめながら、口をあける。


「……お前たちは、幸せそうだな」


 私は、幸せとは無縁の世界で生きてきた。

 そして、そんなものは訪れないとも思っていた。私の手は血で汚れ、私の後ろには幾多の戦場で死んでいったものたちの屍がある。だから、私には幸せなど訪れない。訪れるはずがないのだ。なのに……今、私の目の前にいる彼女たちは……そんなこと、まるで知らないかのように笑っている


「乃羽……、私は……お前といると、おかしくなってしまうんだ」


 ……胸が痛い。

 苦しい。

 辛い。



 寂しい……。



 乃羽。




 Side 綾菜乃羽




 昼間の駅前は、人通りが多く、私たちと同じように多くの人が待ち合わせをしている。ロータリーには多くのバスや車など止まっており、会社員やら、子供やら、主婦やらが慌ただしく乗り下ろしている。そんな中、私を待っていたのだろう。一際目立つ女…それは、彼女が芸能人並みの美貌を持ち得ているからだろう。制服姿の彼女が、私にと視線を向ける。


「待ってたよ、乃羽」

「……すまない」


 私はうつむきながら、蓮華にと告げる。蓮華はそんな私の手を引き、歩きだす。


「もう~、乃羽が遅かったから、5,6人の男の人に声をかけられちゃった」

「お前が誰彼かまわずいい顔をするからだ」

「演技だよ、演技。本当の顔は乃羽にしかみせないから」


 蓮華はそういって私にと笑みを向ける。彼女の嫌味のない笑みは、孤独である私を明るく照らし出した。ノヴァと出会う前から……私のことをいつもかまってくれた彼女は、私にとって、いつしか友人となっていた。こいつの屈託のない笑みはどこからくるのだろうか。誰彼かまわず、彼女は愛想よく……。私と正反対であり、憧れでもある。とはいっても、私には永遠にできないことだろうが。


「乃羽……聞いていい?」

「ああ」


 蓮華は私の手を引きながら、駅と直結しているデパートにと足を踏み入れて、声をかけた。私は、彼女の耳に消え入りそうな声で頷く。


「あれは……乃羽のせいじゃないんだよね?」

「あれ……」


 私の問いかけに、蓮華は言葉を続ける。


「……この間の教師行方不明。私達の体育担当であった米永理沙はいまだ行方不明。それも、乃羽を捜しに行った直後。そして、駐車場で私達の学年の生徒であった円谷修二がバラバラに切り裂かれて惨殺されていた。昨日は……ホームレス男が体を真っ二つにされて死んでいるわ」


 相次ぐ事件。

 それが、私やノヴァのせいで起きた場所と同じだ……。正直にいえばわからない。教師は、怪物が擬態をしていた。既に教師自身は殺されていた可能性がある。駐車場で言えば、あの戦いの前、怪物に運悪く襲われてしまっただけかもしれない。ホームレスの男だってそうだ。私やノヴァが、犠牲にしてしまったとはいえない。それは、まるで私自身を納得させるかのような考え方だった。


「わからない……いや、たぶん……違う」


 私は曖昧に答えた。

 蓮華は黙って私の言葉を聞いている。


「あの子が悪いの?」


 蓮華が問いかける。


「……あの子?」

「乃羽とそっくりな子だよ。あの子は、私を殺そうとした。あの子が、乃羽と一緒にいて、クラスメイトを殺したの?」


 ノヴァが悪い……蓮華はそう言おうとしているのか。確かに、ノヴァがきたことで、私の平凡な人生は大きく変わったと言っていい。魔女と戦っている自分と出会ったことで、私はいやおうなく、戦いに巻きこまれ、命を狙われた。彼女と離れれば、また、普通の学校生活にと戻れる。


「もし、そうだとしたのなら、離れたほうがいい。なんなら私が庇う。あの子は乃羽そっくりだけど、私が乃羽は無実だって証人になるし、彼女を捕まえたっていい。乃羽が傷つく姿を私は見たくない」


 いつだってそうだ。

 蓮華、お前の回答は正しい。

 お前の回答は、常に私の先を行っていて、きっと私が選ばなくてはいけない回答を事前に用意をしている。でも、それは……まるで、お前の掌で踊らされているような、そんな感覚に陥るときがあるんだ。


「……」

「乃羽?」


 私の手を掴んでいた蓮華が振り返り私を見る。

 場所は、駅の改札口前……中央改札となっているそこは、多くの人々が行き交っている。この駅が、多くの電車の乗り換え口でもあるからだろう。その中心部、駅でよく人々が待ち合わせに使っている時計台を前にして、私と、蓮華は立ち止る。


 ノヴァといることで、私は……周りを不幸にしているのか。


彼女と私は同じ存在……、言葉をかわさなくたって、私とあいつの気持は通じている。

彼女といることで、私は命を狙われ……これからも安息の時はなく戦いを繰り返す。最初は、ただ巻き込まれていただけだった。でも、今の私は違う。今の私は、ノヴァといたいと願ってしまっている。彼女の隣に立ちたいって、そう思ってしまっている。それは結果的に、私達の周りにいる人間たちを戦いにと巻き込んでしまっていく。


「……私は」


 つぶやいた私の視線の先。

多くの人々が通り過ぎる中、立っている女子がいる。それは私達と同じクラスメイトの橋崎真美。普段からおとなしい女子だ。私の視線を感じ取ったのか、蓮華が背後を見る。蓮華も、真美を見つける。蓮華は手を振りながら、いつもと変わらない笑みを浮かべている。


「あ、真美じゃない。こんなところでどうしたのかな?」



ドクン……。



 私の頭に痛みが走る。

 頭の中で、警報音が鳴るようなそんな音が聞こえた。私は、頭を片手で押えながら、倒れそうになる体をなんとか抑え込む。私たちと50Mほどだろうか距離を離した場所で立っている真美を見た。その顔は無表情であり、目は座っており、瞳に光はない。彼女は、生気がなく、まるで死人のようだ。彼女の姿を見て、私は、今まで戦ってきたそれぞれの人間たちを思い出す。ホームレスの男、教師、皆……バケモノになる前は皆、あんな顔つきだった。私は、周りを行き交う大勢の人間たちを見た。何も知らずに、携帯を握り、何も知らずに友人や恋人と話をしている。時計を見て待ち合わせをしている。私は、周りを見渡しながら、頭を片手で抱えた状態で、大きく息を吐き、前を見る。


「……嘘だろう。ここには多くの人がいるんだぞ」


 思わず言葉が漏れる。

 蓮華は、私の言葉に気が付かなかったのか、手を振りながら真美の様子を見ている。だが、真美はまったく無反応であり、蓮華に気が付かないどころか、とおりすがる人にぶつかってもまったく無反応である。口をあけて、虚ろな目で、彼女はどこを見ているのか判別できない。


「おーい、真美~」

「蓮華」


 手を振る蓮華の手を掴み、私は彼女を私の背後にと引いた。


「乃羽?」

「……逃げろ、今すぐに…出来るだけ騒いで多くの人と一緒に」

「なにをいっているの?乃羽」

「……お願いだ、蓮華」


 私が見ている前、人が真美の前を通り過ぎていく。通り過ぎた後、無表情だった真美は笑みを浮かべていた。口を開けて、さらに人が通り過ぎる。すると口を開けてさらに笑っている。真美の口は徐々に裂けていく。耳元まで、いや、口がどんどんでかくなり、首からそして身体まで牙がむき出しになった化け物と化していく。さらに人が通り過ぎる。もう、そこにいるのは真美ではなくなっていた。


「きゃああああああああ!!」


周りから悲鳴があがり、一斉に、駅の人々が、彼女にと視線をやった。大きく口を広げた真美は、周りで慌てふためき逃げ惑う客達に、手を伸ばす。その手は、異様に伸び、客たちにと襲い掛る。


「う、うわあああああ!!!」


 悲鳴が上がる中、彼女の手は口になっていた。そして、そのまま、化け物となった真美は、客たちを食い始める。客の悲鳴と共に、床にと飛び散る肉片と、血。それらが噴水のように上がる中で、私は、前を見つめ大きく息を吐く。この状況で、私がやることは決まっている。


「ここでやるしかないのか……」


 私は、逃げ惑う人々の中、その場で立ちながら、何か武器がないかを捜す。声が響き渡る中、目の前の真美だったものは、体中を口にしながら、その身体を巨大化させ、四つん這いになって、こちらにと迫ってくる。


「シャアアアアアアアアアアアアアアア」


 大声を上げながら、全身口だらけの怪物は、周りの人間を食べ漁る。大声を上げながら、そのバケモノは私にと迫ってくる。隣にいる蓮華は、震えながら、私の腕を掴む。


「に、逃げよう……ねえ、乃羽」

「……二人で一緒に逃げれば、それこそ纏めてやられる。私が囮になるから、先に逃げてくれ」

「嫌だよ、そんなの……」


 蓮華の悲痛な声に、私は蓮華を見る。


「私を誰だと思っている?こんなところでくたばるような人生を歩んでいるつもりはない」

「……信じている」

「当たり前だ」


 蓮華はそう言って、私から離れていく。

 ああでもいわなければ、蓮華のことだ、離れはしなかっただろう。蓮華は私を私以上に知っている。だから、私が一度言い出したら聞かないこともわかっているだろう。私は、蓮華が走って逃げていくのを横目で見つつ、怪物との差を維持しながら、回り込むようにして、動いていく。出来る限り、注意を自分に引き寄せる必要がある。蓮華だけじゃない、周りの逃げている無関係なものたちにも被害を与える訳にはいかない。


「こっちだ。こっち」


 私は額から流れる汗を拭いながら、緊張をしつつも、自分が冷静でいられることに気が付いた。こんな経験をもう何度も繰り返しているからだろうか。次の瞬間、怪物の腕が動く。


「!!」


私は、転げながら敵の攻撃を回避する。私が先ほどまでいたコンクリートの床は、砕け散っている。一撃でも致命傷になりかねない。


「はぁ……はぁ……」


 床に穴をあけた、バケモノの腕が引きぬかれると、その口からはコンクリートの砕けたガレキを吐きだす。私は、目の前に現れる全身を口にし、人間を食うバケモノと対峙する。武器もない絶対的な不利な状況下……。


「ノヴァ……」


 私は、無意識に彼女の名前を呟いた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ