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コイノボリ  作者:
3/3

アルトと枝葉

「さて、この間抜けで間抜けな間抜け鯉のぼりさんを、カッコ良くしちゃいたいと思います」

そういって枝葉はびしっと敬礼した。

・・・やっぱり、言うと思った。

俺の予想は概ね当たっていて、枝葉の言うところの“間抜けで間抜けな間抜け鯉のぼり”(こんなに言って祟られたりしないだろうか)を、どうにか改造しようというという話だった。

昔から枝葉にはそういうところがあって、自分が許容できないデザインのものを見過ごしておけないのだ。

そのセンスは確かに本物だが、少々度が過ぎる部分もある。小学校の頃、図工の時間隣の子が描いていた絵を完全に描きかえて担任にこっぴどくしかられたこともあるくらいだ。

思えばそのときから、俺と枝葉の関係が始まったのだろう。

枝葉が描きかえたその絵に惹かれて、もっとあいつの絵が見たいと思ったその時から。


こうして間近で見てみると、口が開きっぱなしでおまけに寸胴なこの鯉のぼりは確かに間抜けだ。これを奴がどうカッコ良く変えてみせるのか、それを想像しながら待っている時間が一番楽しい。

黙々と筆を走らせている枝葉の方を見やる。

あんなに大げさに筆を動かしているのに、どうしてあんな緻密な線が描けるのだろう?

先程までとはうってかわって真剣な枝葉の表情。

こうして絵を描いているときの枝葉が、多分一番“生きている”。それが分かる。

そしてそんな枝葉を見ているのが、俺は好きで。気付けば10年近くも枝葉と一緒に居て、枝葉の、この姿を見ている。

そしてこれからもきっと、俺はこいつの姿を見続けるのだろう。



「-出来た」

ふと、我に返る。そこにあったのは、

「・・・・・・これがほんとに、あの」

間抜けな鯉のぼりか、と呟く。

どうやったのか寸胴だった鯉のぼりは魚らしいシルエットになっていて、死んだように開いていた口も結ばれている。

全体的にリアリティが増して本物の鯉に近い印象になっているが、内側から何かが透けて見えている。近づいてみるとそれは鯉のぼりの内側に何かがあるわけではなく、それも枝葉の描いた絵だった。

鱗の内側を巡っているそれは、色だった。

赤い色を見て血液かとも思ったが違う。黄や橙、緑や青まで混じっていて、それらの線が入り乱れて描かれているのだ。

・・・・・・そうか。

「“生命”だ」

枝葉が満足げにうなずいた。

鯉のぼりの内側を巡る生命力を、これは表しているのだ。

「どう?」

机の上に座って、枝葉が俺の反応を窺う。不思議に光る瞳が俺を捉える。

どうも、何も。

「いいん、じゃないか?」

「それだけ?」

「・・・・・・・・・カッコ良いよ」

枝葉は満面の笑みを浮かべた。

「よーし、合格だね!満点だ」

「おう」

俺はにっと笑ったが、枝葉は逆に黙りこみ年季の入った上履きのつま先の辺りへ視線を落とした。

「・・・・・・どうした?」

「うん」

枝葉はしばらくつま先を付けたり離したりしていたが、やがて口を開いた。

「あたし、もう絵は描かない」

「・・・・・・・・何言ってんだよお前。満足しすぎちまったか?」

そう言いながらも、なぜ枝葉がそんなことを言い出すのか分からずに鼓動は早まる。

冗談であって欲しいと願う俺の期待をあっさりと裏切って、枝葉は首を横に振った。

「あたしたち、受験生じゃない?勉強しなくちゃ」

「勉強って・・・そりゃそうだけどまだ五月だぞ?今から絵をやめる必要なんて」

「あたし、一高に行くんだ」

その言葉に、動きが止まる。

冗談だろ、と思った。

一高はこの近辺、いや県内でも最難関と言われる進学校で、枝葉の今の成績では入るのは不可能に近い。俺なんてもってのほかだ。

そんな高校を、枝葉は目指しているというのか。

「・・・あそこに受かるために・・・絵を、やめるのか?」

「受験が終わるまで、だけどね。知ってる?一高ってデザイン科があるの」

確かに、何人も美大に行っているという話は聞くけれど。

「でも」

「だからね、これが、この鯉のぼりが最後。あたしのひとまずのゴール」

・・・どうしてなのか。

枝葉が、このまま絵を描かなくなってしまう気がした。この鯉のぼりは最後の、本当の意味でのゴールなのではないかという気がした。

「・・・・・・・・・やめんなよ」

どうしてそんな言葉を発したのかは、自分でもよく分からない。

「・・・・・・何言ってるの?受験が終わったらまた描くって言ってるじゃない」

その通りだ。だけど俺の勘は違うと言っている。

「本当に描くのか?このままやめるんじゃないのか?」

枝葉は押し黙った。

そしてしばらくして、いつものように言った。

「さっすがアルト。・・・・・・だね」

それでこそあたしの幼馴染ね、と微かに微笑む。

隣の机に俺も座るのを見て、枝葉は話し始めた。

「美術の講師にさ、進藤先生っているじゃない?その先生の展覧会を見に行かせてもらったの。そしたら、なんていうのかな?世界観、とかそういう奥行きに圧倒されちゃって。・・・それで、あたしの見てた、描いてた世界はなんてちっぽけだったんだろう、って思った」

それはきっと初めての、枝葉のスランプ。

「前から進藤先生には一高に来ないかって誘われてたんだけど、それで踏んぎりがついて。なによりもっと勉強しなくちゃあんな絵は一生かかっても描けないって思ったから」

とても手の届かない進学校。だが、今から勉強すれば。

「アルトの言うとおりだね。あたしはそれを理由に、描くことから逃げようとしてたんだと思う」

ありがとう、と枝葉は呟く。止めてくれてありがとうと。

・・・・・・感謝されるようなことはしていない。だって俺は、ただ。

「お前の絵を、絵を描く姿を見てたいだけなんだよ。だって俺はー」

・・・俺は、何だっていうんだ。

枝葉の絵が好きで。

枝葉が絵を描く姿を見ているのが好きで。

絵を描いている枝葉の姿が好きで、つまりそれは、


「枝葉のことが好きだから、なのか・・・・・・?」


枝葉の目が見開かれて、しかしすぐにこちらを軽く睨みつけて憮然としたような口調で言う。

「・・・・・・何で疑問形なの」

「や、自分でも何でその結論に至ったのか分からなくて・・・」

よりにもよってこんな振り回すばっかりの面倒臭い幼馴染を好きだなんて。

「-あたしは、アルトのこと好きだよ」

突然不意打ちのように言われたので、俺はきょとん、としてしまった。

「疑問形じゃなくて、好きだよ」

「・・・・・・・・・・・・・・へえ」

思考停止状態に陥っているので、そんな呆けた返事しか出来ない。

「あたしの絵を見てるアルトが好き」

そう言って枝葉は俺の顔を覗き込む。

「・・・・・・ねえ、疑問形は取れない?」

不思議な光を帯びた枝葉の瞳が再び俺を捉える。

そして気付く。

昔からこいつはそうだ。迷っていたり、不安だったりするときの瞳はいつもこんな風に不思議な光を帯びていた。

今不安にさせてるのは・・・俺か。

「・・・・・・・・・・・ああ、取れたよ」

枝葉はようやく微笑んで見せた。

足をぶらぶらとさせながら天井を仰ぐ。

「次は・・・そうだな、アルトの絵が描きたい」

次があるんだ、とそんなことを思った。枝葉の次のスタートを見られることを知って、それがとても嬉しく思えた。

「10年も見続けた顔ですからねぇ~。見なくても描けるかな?」

枝葉は不意に俺の方に向き直り、顔を両手で挟んでしげしげと眺め出した。

その枝葉の顔が段々と近付いて来ていることに気付く。

・・・おい、待て。

これはもしかして・・・もしかすると・・・

などと考えて思わず身構えた時、

「塚原ぁ―――ッ!!どこ行きやがった――――――ッ!」

「・・・・・・やば、バレたみたい」

枝葉は俺から素早く離れると、

「じゃ、アルト。あとよろしく☆」

などという非情な台詞を残しさっさと美術室を出て行ってしまった。

・・・おい、待て。PART2。

この状況を一体どうしろと!?

枝葉は絡んでいることが知られていないので普通に出られる。

しかし俺は現在お尋ね者で、その上ここは廊下の突き当たりだ。

・・・逃げ場は無い。

「塚原―――ッ!ここか!・・・・・・ここか!」

先生が手当たり次第に教室を調べてまわっている。音の響き具合から察するに、あと二部屋ぐらいか。

っていうか、それよりなにより、

「・・・やり逃げかよ、くそ」

唇に手の甲を押し当て、俺は一人赤面した。




―俺達のキューピットは少しだけ特別で。


―そいつは、淡水魚のような間抜けな面をしていた。



深夜のテンションでガーッと書いたので私にしてはかなり短くギャグ要素の多い話です。タイトルは鯉のぼり→恋のぼりというヘタなシャレです。出来れば無視してください。m(_ _)m

本当にもうベタベタな話でごめんなさい。毎度のことで直したいとは思ってるんですが当人がベタ甘大好きなのでどうにもなりません。

家で打ってたらタイプミスが多すぎて泣きたくなりました。何度“枝葉”を“えでゃは”と打ったか知れません。誰だオマエ。


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