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コイノボリ  作者:
2/3

「鯉のぼり奪取作戦」


・・・なんで俺が。

「し、失礼します」

ノックの後掛ける声は、やましいことを考えているせいか少しうわずった。

「塚原?どうしたいきなり」

・・・なんで俺が囮役なんだッ・・・!

無駄にガタイの良い体育教師を前に若干ひるむ。日頃から授業で散々しごかれてきている相手なのであまり積極的に話したい相手ではない。

―向こうの棟ってベランダが全部つながってるから、他の教室からでも出られるじゃない?だから、一人が囮になって先生の注意を引き付けて、その隙にもう一人が鯉のぼりを取るの。どう?

どうもなにも、その方法が一番手っ取り早いのは分かっていた。だが、

―じゃ、お願いね、アルト☆

勝手に決めてんじゃねぇッ!

反論する間もなくさっさと行ってしまった枝葉の後姿を思い出して再び怒りを覚える。

この状況、明らかに俺の方が危険だ。

「あ、あの蒔田先生。ちょっとその・・・そう、相談がありまして」

今頃枝葉が、四つ隣の空き教室からベランダに出ているはずだ。

「おおそうか、まあ座れ。ええとこっちに―」

先生が椅子の向きを変えて座ろうとする。そのままだと丁度窓の外が見える姿勢に―

「ちょ、ちょっと待ってください先生!お、俺いや僕こっちに座りたいです!」

「はあ?まあ別に構わんが・・・?でも」

まずい、怪しまれてる!

「しぇ、しぇんしぇ!」

「なんだ、ちゅきゃはらぁ!」

いかん噛んでしまった。“滑らかボーイ”と謳われた俺の滑舌よ、今こそその力を見せるときだ!

「先生眩しくないですか眩しいですよねそうですよね!?カーテンを閉めましょうかぁ!いやぁ、夕日が射しこんで目が痛いなぁ!」

「・・・いや、ここは向かいの棟の陰になっているから日は当たらないんだが・・・」

・・・塚原有斗大ピーンチ☆

これは本当にまずい。このまま窓際で固まっていれば、向こうからやってくる枝葉の姿が先生の視界に入ってしまう。

っていうかいくらあいつでもそのくらいの空気は察してくれるよな・・・?

しかし、今までそういう信頼をことごとく裏切ってきたのが枝葉だ。

俺は、横目で窓の外をちらりと盗み見た。

・・・暢気に手なんか振ってんじゃねーッ!

だめだ、やっぱりこいつは頼れそうもない。

先生を見る。座りそびれて立ったまま、こちらの様子を怪訝そうな顔で見ている。これはチャンスだ。

台所辺りの茶色い生命体ばりの素早さで移動し、窓が見える方の椅子へ先に飛び込む。

先生は俺と向き合う形で座るわけだから、当然窓に背を向けることになる。これで枝葉の様子は見られずに済むわけだ。

さて、ここからいかに時間稼ぎをするか。まあ枝葉が鯉のぼりを取るまでだから、そんなに長い話はしなくてもいいだろう。

「そ、それで相談なんですが―」

そこで俺は、鯉のぼりのごとくかぱっと口を開けたまま固まった。

「どうした、塚原?」

・・・しまった。

何を相談するか決めていない。

「おい塚原、何してるんだ?顎でも外れたか?」

今から無難な内容を考えるべきか?相談の定番としては勉強とか恋愛が挙がるのだろうが、どちらも体育教師に訊くことではない気がする。

他には・・・いやもう無理だ。頭が真っ白で思考が鈍っているこの状況ではこれ以上絞り出すのは至難の業だ。

先生の肩越しに枝葉の様子を窺ってみる。

物音を立てないよう気を遣っているのか、動作はひどくのろのろしている。いや、抜き足差し足と言ってやるべきなのか。

ゆっくりと鯉のぼりへ手を伸ばす。

残り10cm、5、4、3、2・・・よし、取った!

ふうっと大きく息を吐く。知らず知らずのうちにこちらまで緊張してしまっていたようだ。

「・・・おい塚原。いつまで黙ってるつもりだ」

先生がしびれを切らしたように訊いてきた。

「あ、すすみません!ええと・・・」

窓の外ではなぜか枝葉が鯉のぼりを上方へ持ち上げ始めている。

・・・何してるんだあいつ?いいからさっさと戻ってくれよ・・・。

「そ、相談したいことと、いうのは・・・」

枝葉の右腕がびしっと伸び、鯉のぼりが完全に頭上へ上がった。

・・・んな暢気なことしてる場合じゃねえんだっつの!

俺は全身から冷たいものが滝のように噴き出すのをひしひしと感じながら、枝葉の動向と先生の眉間の辺りを交互に見比べた。

先生の眉間の皺がどんどん濃くなっていっている。

今頃俺の制服の下は人工ナイアガラの滝と化しているに違いない。

枝葉は相変わらず右手で鯉のぼりを掲げたまま突っ立っている。

早くしろ枝葉・・・いや、待て何か言っている。


“と・っ・た・ど・-”


「アホか―――――――――――ッ!!!」

「はあッ!?いきなり何を言ってる!俺に喧嘩売ってんのか!?」

先生は眉間を更にいからせ、鬼のような形相で椅子を蹴り立ち上がった。

・・・塚原有斗大ピーンチPART2☆

「い、いえ違うんですそうじゃないんです!ええとその、なんだ、そう!先生がせっかく相談にのって下さるというのに、いまだ躊躇している自分に喝を入れたくてですね!その、つい叫んでしまった次第であります!!」

直立不動で敬礼までしてみせた。我ながら完璧な切り返しだ

枝葉が笑いを必死で堪えているような顔で、ごめんとでも言いたげに両手を合わせてそそくさと消えていった。

・・・枝葉の野郎、後で絶対殴る。

先生はまだ肩で息をしていたが、一応納得はしたらしく再び椅子にどっかりと腰を下ろした。ひとまずほっと胸をなでおろす。

「・・・で、結局何の相談なんだ」

「・・・・・・・・・・・・・・」

そうだった―――――ッ!!

まだこれが残っていた。鯉のぼりの奪取には成功したとはいえ、このまま俺が何もせずここを出るのはあまりに不自然だ。というか無理だ。

先生の眉間は再び険しくなっている。

蛇に睨まれた蛙の気分が今なら少しは・・・・・想像してみたがやっぱり分からなかった。俺の脳は蛙と同じには出来ていないということを改めて実感しただけに終わる。

何か・・・何か相談しなければ・・・・・・くそ、やっぱり何も思い付かない。

なんかもう、いっそ本当に悩んでいることを相談してみたらいいんじゃないだろうか。俺は普段そういうことをする人間ではないが、この際そんなことを気にしている場合ではない。

しかし、俺の悩みって一体なんなのだろう?

「あの、先生―」

先生がやっと来たかというように身を乗り出してきた。


「・・・どうしたら、背が伸びるんでしょうか?」


「・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・」

二人分の沈黙。

・・・黙らないでくれ先生!俺もどうしたらいいか分からないんだ・・・!

永遠かと思われるような長く重い沈黙の後、先生はようやく口を開いた。

「・・・その、なんだ、塚原」

「・・・・・・・・・・・・・・はい」

「それは俺に訊くことじゃないと思うんだ・・・」

俺は思い至る。これは体育ではなく保健の先生に訊くべきことで・・・

先生がゆっくりと立ち上がった。やはり無駄にガタイの良い身体ー

「・・・・・・・な?」

「はい・・・・・・・・・・」

確かにガタイは良い。鍛え上げられていることが分かる筋肉質で締まった身体だ。しかし決して身長は・・・・・・高くない。

というか率直に言って低い。枝葉とさして変わらないように思える。

確かにこれは・・・・・・先生に訊いてはいけないことだった。

「俺にも、その答えは見つからなかったんだ・・・。だが経験上一つだけ、言えることがある」

そこでいったん言葉を切り、先生はとても哀しそうな表情をして言った。


「牛乳は、意味が無いんだ・・・・・・・・・・・・・」


それを聞いた瞬間、俺はー

先生と同じように、とても哀しそうな表情をしていたのだろうと思う。


ガラリと扉を開けて、俺は。

「ありがとう、ございました・・・・・・!」

先生に向かって深々と頭を下げた。

「頑張れよ、塚原・・・・・・・!」

最後にそう言った先生は、やはり。

とても哀しそうな表情をしていた。


***


扉を閉めて振り返ると、そこにはとても哀しそうな表情をした枝葉がいた。

・・・・・・ものすごくムカついた。

「てめぇ何だその人を憐れむかのような眼はぁッ!?」

「いや、だってね?アルトも苦労してるんだなぁって思って・・・・・・・・ぷっ」

「笑ってんじゃねえよッ!!つか何なんだよさっきのアレは!」

いうまでもなく鯉のぼりを掲げたアレのことである。

「いやあ、一度やってみたかったのよね、あれ・・・・・・・・・・・・・ぷっ」

もう一度思い出したように吹き出す枝葉に、俺は今度こそ殺意を抱く。

絶対・・・・・・絶対デカくなってやる!!そんでもってコイツを見下す!!

保健の先生にちゃんと相談してみようと決めた。もはや手段など選んでいる場合ではない。

「枝葉」

笑いを堪えながらもこちらに視線を向ける枝葉に言う。

「行くんだろ?美術室」

枝葉は少し驚いたように目を見開いて、それからにっこりと笑った。

「さっすがアルト。それでこそあたしの幼馴染ね」

・・・頭を撫でられてさえいなければ、少しだけドキッとしていたかもしれない。


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