小さな妖精
やっと見つけた。
あの小さな花の上。淡いピンクの花弁にちょこんと座って、足をぶらぶらとさせている。背中からは蝶のような、だが水晶のように透き通っている羽が伸びていて、機嫌がいいのか、それをハタンハタンと優しく前後に揺らしている。太陽のように七色の光を放つ粒子が、そのたびに宙に舞った。
そう、正真正銘の妖精だ。そして可愛いらしい。捕まえるのさえも躊躇われるほどに。だが俺は捕まえなければならない。あの光る粉に、俺の妹の命がかかっているのだ。
あれは一ヶ月前。市場に出て野草を売っていた時に、ある噂を耳にした。
諸国を巡り歩いていた旅人が、旅の途中のどこか遠くの山の中で高熱を出して倒れてしまった。一人旅で水も食料も乏しく、もうダメだと悟った時、目の前に突如として妖精が現れた。その妖精は旅人の体の上を飛び回って光る粉を振りまくと、すぐに姿を消してしまった。すると途端に旅人の熱は下がり、さらに不思議なことに体力も回復していた。
もしそれが本当なら、生まれつき病弱な妹も助かるかもしれない。そうすれば本人の望むような自由な生活をさせてやることができる。だから俺は妖精の粉を手に入れることにした。
そしてその光る粉が目の前にある。失敗は許されない。頭の中に苦労を重ねたこの三ヶ月が去来するが、今はこの一瞬に集中するしかない。鼓動は早まり、息は荒れ、手から溢れる汗は虫取り網を伝って地面を濡らした。
「よし、行くぞ」
そう心の中で呟いた、その時だった。
網の違和感が右手から伝わってきた。最初は網が何かに引っかかっているのかと思った。だがどうも違う。こんな時に、と愚痴をこぼしそうになりながら網に目を向けると、どうやら中に何か入っているようだった。きっと木の葉か枝でも入ったのだろう。さっさと取ってしまおうと、網の奥を覗きこんだ。だがそれは葉でもなければ枝でもなかった。光り輝く小瓶だったのである。
「まさか」
慌てて小瓶を人差し指と親指で摘まみ上げ、目の前に掲げる。瓶の傾きを変え、視点を変え、光の当たり方を調節する。さらさらと流れる中身。穏やかな虹色の乱反射。間違いない。妖精の粉である。一体誰が? それはもう決まっている。妖精が俺に与えたのだ。
気付くと俺は手にしていた網をへし折っていた。二つに折り、さらにそれを二つに折った。折って、折って、折った。
帰路、ささやかに走る川を見つけた。気分転換にはちょうどよい。川縁まで歩いて行って、清い流水を両手ですくおうとした。だができなかった。それはなぜなのか、分からない。ゆっくりと頭の中に自然の空気を吹きこんでから、ようやく両手に網の残骸を握っているせいだということに気が付いた。そして投げ入れた。遅くもなく早くもなく川下へ流されていくそれを、俺は川原に枯れ木のように立ちながら眺めていた。だが川は期待していたものを流してはくれず、それは根っこのように俺の足元で笑っていた。
妹の体が治ったら、妹を連れてまたここに来よう。その時にはせめて喜んでもらえそうな土産物を考えないといけないな。