もうそこにはない 〜約600文字で訪れる、男女の青春に関する意外な結末〜
掲載日:2026/08/12
「夏、嫌いなんだよね。暑いから」
彼は口を尖らせてそう言っていた。たしかにそうだ。でも、私は正直冬のほうがヤバいと思う。なにせ、最近の冬は寒すぎて死ねるぐらい寒い。彼が海に行こうと行ったのも、せめて夏の暑さを紛らわせたかったからなのだろうか。水平線をじっと見つめる彼の瞳からは、何も読み取れない。
「分かるけど、冬のほうが私はヤバいと思うな」
それに、あなたといられる夏は嫌いじゃない。私はそう言おうとして、口を噤んだ。
「まあ、それもそうか」
彼はそう言って笑った。そんな彼が死んだのは、それからちょうど三ヶ月後という頃だった。死因は落下死。高速道路を歩いていたところ、急に床が抜け落ちてそのまま地面に叩きつけられたのだ。あまりにあっけなかった。他に人っ子一人見当たらないこの世界で出会い、共に過ごした二年間は、短かったけれども私にとって大切なものだった。なのに、彼は私を置いていってしまった。
床のシミになった彼のことを直視したくなくて、天を仰いだ。鳥が空を飛び、ビルの上にとまるのが見えた。ビルは植物に覆われて久しく、自分の重さを支える術を忘れ、眠るように地面に倒れ込んでいた。私もいつかああいう風にくずおれてしまうのだろうか。ひとりとなった今思うと、そうなる未来はあまり遠くないもののように感じた。




