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名探偵 無月小五郎の迷推理

作者: key@holder
掲載日:2026/03/20

 夕暮れが街を橙に染めるころ、雑踏のはずれにひとりの男が立っていた。無月小五郎――左胸に付けたバッジには「所長」とあるが、その実、どこか頼りなく、しかし妙に勘だけは鋭い“迷”探偵である。


 待ち合わせの相手は、ほどなく現れた。


 黒いコートに身を包み、顔の大半をサングラスで隠した女。それでもなお、隠しきれない気配があった。通りすがりの視線が一瞬だけ引き寄せられるような、そんな類の美しさだ。


 小五郎は思わず目を細めた。


(妙だな……)


 美しい、というだけでは片付かない違和感。年齢も、素性も、何もかもが霧の中にあるようだった。


「――それで、ご依頼の内容は?」


 軽く肩をすくめ、いつもの調子で切り出す。


 女はわずかに逡巡し、低くかすれた声で言った。


「夫の浮気の証拠を、掴んでほしいんです」


 その声は、耳に残る。小五郎は、言葉よりもむしろその響きに意識を奪われた。


「なるほど。浮気調査、というわけですね」


「はい」


 短い返答。余計な感情を削ぎ落としたような言い方だった。


(若い……な)


 小五郎は内心で首を傾げる。仕草も、声も、どこか不自然なほどに若い。


(若妻か……いや、それにしては――)


 違和感は、確信に近づきつつあった。


「ちなみに、おいくつで?」


 何気ない風を装って尋ねる。


「……え? それ、夫の浮気と関係ありますか?」


 女の声に、わずかな棘が混じる。


「いえいえ。ただ、あまりにもお綺麗だったので」


 へらり、と軽薄な笑み。だがその裏で、小五郎の目だけは笑っていなかった。


 女は露骨に眉をひそめる。


「関係ないなら答えませんけど?」


 ぴしゃり、と拒絶。


「答えては、もらえませんか?」


「なぜ?」


「私のやる気が下がります」


 一瞬、沈黙が落ちた。


「……は?」


「答えて下さい」


「嫌です」


 即答だった。


「答えて下さい」


「嫌です」


 空気がじわじわと張り詰めていく。


「答えて下さい」


「嫌です」


 三度目の拒絶。その声に、ほんのわずかだが、揺らぎが混じった。


 小五郎は、そこでようやくため息をついた。


「……強情な人だ」


「何なんですかさっきから! 一体、何の押し問答を――」


 女の言葉を、静かな声が遮る。


「勘ですよ」


 夕暮れの光が、二人の間に長い影を落とす。


「あなたは――まだ、未成年だ」


 その一言で、空気が凍りついた。


「は? 何を――」


 女は一瞬、言葉を失う。


「もういいです! 帰ります!」


 踵を返し、足早に去っていく背中。引き止める声は、わずかに遅れた。


「あっ、ちょっと! まだ年齢を――」


 人混みに紛れて、その姿はすぐに消えた。


 しばらくして、小五郎は小さく笑う。


「……フフ」


 逃げた。それが何よりの答えだった。


 橙色の街の中で、迷探偵は満足げに目を細めた。


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