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幕間 記録院

薄曇りの午後。


ヴァルディス記録院、第二閲覧棟。


高窓から落ちる光は白く、室内の影を薄く引き延ばしている。

書架は高く、整然と並び、埃一つ落ちていない。


人の気配はある。

だが、話し声はない。


紙を繰る音だけが、一定の間隔で続いていた。


「……以上が、連邦側の現状です」


静かな声が、部屋に落ちる。


応じたのは、壮年の男だった。

派手な装束でも、権威を示す装飾でもない。

だが、自然と視線が集まる位置に立っている。


「商務調整局本部は、現在も閉鎖的。出入りの人員、航路、通信はすべて管理下にあります」


淡々とした報告。


「対象者――エルフリーデ・フォン・シュトラールは、公爵家の養子として正式に登録済みです」


その名前が出ても、誰も顔色を変えない。


書記が一人、さらりと補足する。


「保護体制は厚く、直接的な接触は困難かと」


男は、少しだけ首を傾けた。


「……“困難”」


その言葉を、ゆっくり反芻する。


「不可能、ではないのですね」


「はい」


即答だった。


「ただし、当院が動くと痕跡が残ります」


男は、納得したように頷く。


「それは、望ましくありません」


視線が、机上の記録へと落ちる。


そこには、連邦王国の紋章と、旧王宮の名が並んでいた。


「――王宮は、まだ動いていない?」


「はい。先日の使節団が門前で退けられて以降、沈黙しています」


「沈黙は、良い兆候ではありませんね」


誰かが、控えめに息を吐いた。


男は、軽く微笑む。


「焦りが溜まっている証拠です」


それは分析でも、予測でもない。

経験則だ。


「王家というものは、“奪われた”と感じた瞬間に、必ず取り返そうとします」


机の上に、指が触れる。


そこに置かれているのは、古い系譜図だった。


「王女が生きている。他国に囲われている。しかも、本人がそれを選んだ」


一つ一つ、静かに言葉を置く。


「――耐えられるはずがない」


誰も反論しない。


「連邦が守るなら、正面からは無理です。我々が手を出せば、記録が汚れます。それは、この国にとって最も避けるべき事態です」


そこで、男は顔を上げた。


「……ならば」


視線が、王宮の名へ戻る。


「“正当な権利”を信じている者に、任せましょう」


柔らかな言い方だった。


「誘導、ですか?」


書記が、確認する。


「助言です」


即座に訂正される。


「彼らは、元々そう考えています。我々は、背中を押すだけでいい」


沈黙。


「万一、成功すれば?」


「回収を検討します」


淡々と。


「失敗すれば?」


「……その時は」


男は、少しだけ考えてから答えた。


「記録に残す価値がない、というだけです」


誰も、驚かない。


その程度の話だった。


「なお」


書記が、別の書類を差し出す。


「連邦側の連合商務調整局統括官についてですが」


一瞬、空気が変わる。

男は、目を伏せたまま頷いた。


「ええ。彼は……触らない方がいい」


断定だった。


「今回は?」


「対象ではありません」


きっぱりと。


「彼が動くなら、それは“事故”になります」


事故。


その言葉の意味を、全員が理解している。


「ですから」


男は、穏やかに締めくくる。


「王宮が、動く前提で進めなさい。我々は、見ているだけでいい」


立ち上がる。


「優秀な人材は、国家資源です」


それは、理念ではない。


日常会話のような、事実確認だった。


「――壊さず、残す」


「それだけです」


書類が閉じられる。


記録院の時計が、静かに時を刻む。


この国は、今日も何もしていない。

ただ、必要な未来を、静かに待っているだけだ。


――誰かが、壊すまで。

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― 新着の感想 ―
国とか組織とか 色々出てくると 関係性が ちょっと解りずらくなって ただ、流して読んでしまう…。
こわー((( ;゜Д゜)))こわー でも面白い♡♡♡
第二王女は出てこないのかな?
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