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私的なお誘い

夕方。


連合商務調整局本部の廊下は、昼の喧騒が一段落した頃合いだった。

書類を抱えた職員の姿もまばらになり、足音が、やけに通る。


エルフリーデは、最後の報告を終え、執務室へ戻ろうとしていた。


「……エルフリーデ」


呼ばれて、足を止める。


振り返ると、ルーカスが立っていた。

執務室の前ではない。

廊下で声をかけてくるのは、少し珍しい。


「何か、ありましたか?」


自然にそう尋ねる。

声は、完全に業務の延長だ。


「少し、時間ある?」


問いかけは軽い。

だが、どこか探るような間があった。


エルフリーデは一瞬、予定を思い返す。

残っている仕事。

急ぎの案件。


「急ぎのものは、ありません」


そう答えた瞬間――


ルーカスの呼吸が、ほんのわずかに緩んだ。


ほんの一瞬。

見逃せば気づかない程度。


(……?)


「じゃあ」


短く息を整えてから、続けた。


「食事でも、どうかな」


声音は落ち着いている。

いつも通り、余裕がある。


だが、その言葉を選ぶまでに、

ほんのわずかな慎重さが混じっていた。


「……食事、ですか?」


エルフリーデは、瞬きをする。


「うん」


短く肯定。


「最近、立場も落ち着いたし」


軽く肩をすくめる。


「業務外で、少し話す時間があってもいいかな、って」


業務外。


その言葉が、エルフリーデの中で引っかかる。


(……業務外?)


「打ち合わせ、でしょうか」


真面目に返すと。


ルーカスは、一瞬だけ言葉に詰まり――

すぐに、静かに首を振った。


「いや」


即答だった。


「打ち合わせじゃない」


きっぱり。


「普通に、だよ」


普通に。


その単語は、曖昧で、逃げ道のない言い方だった。


エルフリーデは、判断を急がない。


「公的な席では、ないのですね」


確認する。


「うん」


今度は迷いのない肯定。


「仕事の話をしてもいいし、しなくてもいい」


その言い方は、“どちらでもいい”ではなく、“選ばせる”余地を残している。


(……?)


だが、誘われていること自体は理解できた。


「場所は、こちらで決めますか?」


いつもの段取りで尋ねる。


「いや」


即座に。


「僕が決める」


声は穏やかだが、譲らない。


「堅苦しくないところ。君が、余計なことを考えなくていい場所」


その言葉に、エルフリーデは少し考える。


(……余計なこと)


そんな場所が、彼の中にあるのだろうか。


「……承知しました」


結論を出す。


「では、ご一緒します」


その瞬間。


ルーカスの肩から、目に見えない力が抜けた。


安堵というより、“想定通りに進んだ”という手応えに近い。


(……本当に、何なのでしょう)


不思議に思いながらも、悪い予感はない。


むしろ。


「日時は、いつにしますか?」


そう尋ねると。


「明日」


即答だった。


「……早いですね?」


思わず口にすると。


「だめ、かな」


声は柔らかい。

だが、その一瞬だけ、様子を窺う色が混じる。


エルフリーデは、すぐに首を振った。


「いえ。問題ありません」


「本当?」


念を押すように。


「はい」


そう答えると、ルーカスはようやく、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。


「じゃあ、明日。仕事が終わった後で」


それは確認であり、

同時に、逃げ道を残さない約束だった。


「分かりました」


エルフリーデは一礼する。


「では、また明日」


歩き出そうとして――

ふと、背中に視線を感じる。


振り返ると、

ルーカスは、まだそこに立っていた。


こちらを見ている。


目が合う。


一瞬の沈黙の後。


「楽しみにしてる」


それだけ言って、踵を返した。


エルフリーデは、その背中を見送りながら、しばらく動けなかった。


(……楽しみ、に?)


業務予定に使う言葉ではない。


胸の奥に、小さな違和感が残る。


けれど。


(まあ……)


(変な人では、ありませんし)


そう結論づけて、歩き出す。


その時点では、まだ。


自分が――相手の歩幅に合わせたつもりで、逃げ道のない「誘い」へ足を踏み入れたことに、


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― 新着の感想 ―
年明けから楽しく読ませていただいてます! そして三ヶ日の終わりとともに更新に追いついてしまった… ところで、《逃げ道のない「誘い」へ足を踏み入れたことに、》 で終わってるのが気になるのですが、こちらの…
ぎゃーーー(ノ゜Д゜)ノ逃げてエルフリーデたん 夕食会(デート)と言ぅ名の…ハンティング!!
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