問答
静かに、椅子が引かれる音。
公爵が先に腰を下ろした。
それを合図に、エルフリーデとルーカスも席に着く。
卓上に置かれるのは、茶だけだ。
酒も、菓子もない。
――判断前の席。
公爵は、カップに手を伸ばさない。
ただ、エルフリーデを見て、口を開いた。
「まず、確認しておきたいことがある」
声は穏やかだ。
だが、逃げ道を与えない種類の落ち着き。
「あなたは、ここに“保護”を求めて来たわけではない」
疑問ではない。
断定でもない。
確認だ。
エルフリーデは、一瞬だけ呼吸を整えた。
「はい」
短く、はっきり。
「保護を望むなら、別の選択肢を選んでいました」
公爵は、わずかに目を細める。
「理由を」
「判断を、他者の裁量に委ねることになるからです」
即答だった。
「それは、私がここまでしてきた仕事と、相容れません」
エルフリーデは、一度言葉を切り、視線を正面に戻した。
「守られる立場になるのは構いません」
言葉を選ぶ。
「ただし、“決める側”でいられないなら、意味がありません」
ルーカスは、視線を落としたまま動かない。
口も出さない。
公爵は、その様子を横目で見てから、再びエルフリーデに視線を戻す。
「……なるほど」
低く、納得の響きを含んだ声。
「では、次だ」
指先で、卓を軽く叩く。
「養子縁組は、あなたを守る制度ではない」
ここで、はっきりと言う。
「当家にとっても、あなたは“負うべき責任”になる」
逃げ場を削る言葉。
「判断を誤れば、当家が矢面に立つ。あなたが傷を負えば、それは我々の失点だ」
沈黙。
「それでも、あなたは――この席に座る覚悟があるか」
エルフリーデは、目を逸らさない。
「あります」
即答だった。
「責任が伴わない判断には、価値がありません」
一瞬、場の空気が張り詰める。
公爵の視線が、深くなる。
だが、それは圧ではない。
確認が、終わった目だ。
「……良い」
短く言う。
そして、初めてカップに手を伸ばした。
「もう一つ、聞こう」
茶を一口含み、続ける。
「あなたは、当家の名を使うことになる」
当然の前提として。
「その名を、盾にも、刃にもできる立場だ」
公爵の視線が、わずかに鋭くなる。
「――躊躇するか」
この問いは、試験だ。
エルフリーデは、ほんのわずかだけ考えた。
だが、すぐに答える。
「必要なら、使います」
淡々と。
「名を出さずに済む場では、使いません。ですが、出すべき場で躊躇すれば、かえって信用を損ないます。名を借りる以上、その重さも引き受けます」
公爵は、ふっと息を吐いた。
笑みではない。
だが、明らかに機嫌が良くなった気配。
「……結構」
二度目のその言葉は、意味が違った。
「あなたは、“駒”ではない」
はっきりと言う。
「盤に立ち、状況を動かす側だ」
そこで、初めて。
公爵は、ルーカスを見る。
「この位置に連れてきた理由も、理解できる」
一瞬の沈黙。
ルーカスは、視線を上げないまま答えた。
「彼女自身が、ここに立つと判断しました」
余計なことは言わない。
功績を主張もしない。
公爵は、満足そうに頷く。
「そうでなくては困る」
そして、エルフリーデに視線を戻す。
「当家は、あなたを迎える」
宣言だった。
「だが、あなたを“囲う”気はない。代わりに――」
声を低くする。
「逃げ場は、用意しない」
エルフリーデは、小さく息を吸い、吐いた。
「承知しています」
それだけで、十分だった。
公爵は、ゆっくりと立ち上がる。
「では」
視線を巡らせる。
「これより、具体の話に入ろう」
それは、歓迎でも儀礼でもない。
――同じ盤に駒を置いた者同士の、最初の合図だった。




