表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

88/146

公爵家へ行く道

数日後、早朝。


連合商務調整局本部の裏手に、

装飾を抑えた馬車が一台、静かに待っていた。


連邦の紋章はない。

だが、御者の装いと、馬具の質だけで、分かる者には分かる――

「余計な詮索を許さない手配」だ。


エルフリーデは、一歩遅れて現れた。


深い青を基調にした外套。

先日の店で整えた服に合わせて、線は簡素だが、布地は上等。

宝石は、首元に一つだけ。耳元には、控えめな耳飾り。


歩き方は、普段と変わらない。

だが、その足取りには、わずかな緊張があった。


「準備は、できた?」


先に待っていたルーカスが、そう声をかける。


今日の彼は、執務室の姿に近い。

だが、細部――外套の留め方や、剣帯の位置が、「交渉の場に出る男」のそれになっている。


「はい」


短く、即答。


言葉はそれだけだった。


馬車に乗り込むと、扉が閉まる。

外の音が、一気に遠のいた。


しばらく、馬蹄の音だけが続く。


エルフリーデは、膝の上で手を組み、窓の外を見ていた。


街並みが、少しずつ変わっていく。

商人の声が減り、建物の間隔が広がる。


(……とうとう、ここまで来たのね)


口には出さない。

出す必要もない。


「……緊張してる?」


不意に、ルーカスが尋ねた。


視線は、前を向いたままだ。


「少しだけ」


正直な返答だった。


「でも、不安ではありません」


それも、本当だった。


ルーカスは、小さく息を吐く。


「公爵家は、噂ほど怖くないよ」


慰めではない。

事実確認に近い。


「ただし――」


一拍。


「曖昧なままにしてくれる相手でもない」


「……はい」


エルフリーデは、頷く。


「それは、理解しています」


沈黙。


だが、その沈黙は重くない。


「今日の席では、君は“判断を示す側”だ」


ルーカスは、静かに続ける。


「誰かに従うために呼ばれているわけじゃない」


エルフリーデは、視線を上げる。


「選ばれるのではなく?」


「違う」


即答だった。


「立つ位置を、確認しに行くだけだ」


その言葉が、胸に落ちる。


エルフリーデは、ゆっくりと息を吐いた。


「……それなら、大丈夫です」


覚悟を誇る声ではない。

ただ、腹が決まっているだけの声。


馬車が、わずかに速度を落とす。


窓の外に、連邦の境界を示す標が見えた。


(……境界、か)


気づけば、手の甲に視線を落としていた。


首元の宝石が、揺れない。


あの日、選ばれた“最低限”。


それが、今はやけに重い。


「エルフリーデ」


名前を呼ばれる。


「今日は、何があっても、僕が隣にいる」


言質ではない。

命令でもない。


ただの、事実確認だ。


「それだけは、忘れなくていい」


彼女は、視線を戻す。


「……はい」


馬車が、止まる。


外から、御者の低い声がした。


「――到着いたしました」


扉の向こうには、

もう、調整局も、日常もない。


あるのは、次の盤面だけだ。


ルーカスは、先に降りる。


そして、ごく自然に、手を差し出した。


エルフリーデは、一瞬だけ迷い――

その手を、取った。


それは、庇護ではない。

誓約でもない。


ただ。


同じ場所に立つための、合図だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ